第6話 竜王様、追放される

 悲報。

 魔力無しと判定された私、追放される。

 いや、私としては万々歳な結果なんだけどね。世界が滅ぶこともなかったわけだし。


「い、嫌です! なんでアマネさんが追放されなきゃいけないんですか! 自分達の都合で呼び出しておいて役に立たなきゃ捨てる!? ふざけないで下さい!」


 しかアズサちゃんがここまで怒るとは意外だったなー。

 会ったばかりの私の為に、あそこまで怒ってくれるなんて本当に彼女は優しい人だなぁ。


「……しかしアズサ様、この世界では魔力の無い者は戦う事はおろか、生きていく事すら困難なのですよ。勿論、我々としてもアマネ様を見捨てるつもりはありません。追放とは、あくまでも形式上の扱いで、実際には保護を約束します。そうですよね、ピザーノ大臣?」


「ぬっふっふ、勿論ですよぉ姫様ァ……」


 姫様のフォローに、凄く太った豚みたいな見た目の大臣が頷く。


「人々の希望として召喚した勇者様が魔力無しと公表しては国民も不安になりますからねぇ。勇者はアズサ様一人ということにしましょう。代わりにアマネ様には王都郊外に安全な住居と、生活していくうえで充分な金銭を用意する事にしましょう。ぬっふっふぅ……」


「え、それってつまり……私は何もしなくていいって事……?」


「ええ、そうなりますねぇ。勿論、勇者と口外しない事や色々約束して頂く事はありますが――」


 全てを言いきる前に私は大臣の手を掴んだ。


「い、いいですか……? 勇者として呼ばれたのに、勇者の『仕事』をしなくても……!」


「だ、だからそういってるでしょう? 魔力無しなんて愚図グズ――じゃない。勇者としての務めを果たせないのですから」


「ッ……!」


 仕事を……仕事をしなくてもいい?

 信じられない。一応、召喚に応じた手前、最低限の義理――勇者とやらの務めくらいは果たそうと思ったのに、それすらしなくていいだなんて。

 なんて……なんて素晴らしいんだ! 

 働かなくていい上に、住処や食べ物まで保証してくれるなんて!


「こんな贅沢が許されていいのか……」


「な、何を言っているんですかぁアナタは……?」


 至れり尽くせり過ぎて、夢じゃないかと思ってくる。これは本当に現実なの?


「アナタの名前はなんというんですか?」


「ピザーノ・デブハットと申します」


「ピザーノ・デブハットさん、アナタは素晴らしい人だ。もっと早く、アナタに出会いたかった……」


 竜界での労働とか、労働とか、労働とか。

 全部丸投げしたかった。


「あ、アマネさん、そう簡単に人を信じちゃ駄目ですよ。それにこの人、なんか凄くうさん臭そうですよ? 悪い人かもしれないんですよ?」


「アズサちゃん、人を見た目で判断しちゃいけないよ。私には分かるよ。この人は凄く良い人だよ」


「え、えぇー……」


 だってこの人、やましい心が全然ないもの。

 悪い人って言うのは、竜界で封印された邪神竜アジルのようなヤツの事を言うんだよ。

 私も含め竜は善悪を基本、魔力や魂で判断する。

 確かにアズサちゃんやそっちの姫様に比べれば割と濁ってるけど、アジルのあの悪意や邪気を煮詰めたようなどす黒い魂の色に比べれば全然問題ない。

 だからこの人はきっといい人だ。


「で、でもなんで郊外なんですか? このお城とかでも問題ないでしょう?」


「人目に付くのを避けるためですよぉ。勇者召喚は最重要機密事項ですからねぇ。事情を知っている者は最低限に留めてあります。この城に住まわせては、どこから情報が漏れるか分かりませんからねぇ。ずっと部屋に閉じ込めるわけにもいきませんし。なら、人目のつかない郊外で他国から流れてきた移民として暮らしてもらう方が色々都合が良いんですよぉ。ぬっふっふ……」


「っ……それは貴方達にとっての都合では?」


「当然、アマネ様の安全にも配慮しております。召喚されたお二方には知らぬ事かと思いますが、この国では移民に対し、身分や人権の保証を約束しています。それに郊外とはいえ王都周辺。治安は他所と比べるまでもありませんよ、ぬっふっふ……」


 おお、なんて素晴らしい人なんだ、ピザーノ大臣。

 この人の事はきちんと覚えておこう。

 竜界に戻る時にはスカウトしようかな。通いでいいから仕事を手伝って欲しい。


「アズサちゃん、私は全然気にしてないからさ。……ね?」


「アマネさん……っ。分かりました。少しの間だけ、我慢して下さい」


「……?」


 アズサちゃんは何やら決意を秘めた感じの表情をするが一体何だろう?


「しかし移民として扱うにしても、流石にその服装じゃあんまりですね。すぐにアマネ様の服をご用意しましょう」


「え、いや、私服は別に……」


 なんだったら全裸でも全然構わないと言おうとしたのだが、姫様とアズサちゃんの顔が全く笑っていなかった。


「用意しますから、ちゃんと着て下さい」


「そうですよ!」


「…………はい」


 姫様とアズサちゃんの圧が凄いので私は頷くしかなかった。

 くっ……何故こんな窮屈な物を着なければいけないんだ……!

 こんなんだから竜の間じゃ原始人だって言われるんだよ。いやまあ、私の知識が古かったんだけどさ。

 その後、姫様とピザーノ大臣の話し合いが行われ、私は表向きは他国からの移民という扱いになった。


         


 ――そんな訳で私は今、王都郊外の用意された住居の前に居る。


「えーっと、これ……だよね?」


 提供された住所にやってきてみれば、そこにあったのは今にも崩れそうなボロボロの家屋 だった。

 王都の郊外。確かに町並みが見えなくなるほど森の中だけど郊外には違いない。


「最低限、ね……うん、なるほど 、確かに最低限だ」


 おおかたパトリシアちゃんの側近連中の仕業だろう。

 いちおう彼女からは純粋な謝罪の気配を感じたが、他の連中からはそれが感じられなかった。


「ま、別にいいけどねー」


 アズサちゃんの世界には「住めば都」なんて言葉もあるし。


「お金の方は……はぇ?」


 支度金として渡された袋を開けてみると中には銅貨が三枚入っていた。

 確かアズサちゃんの世界の換算で30円。

 ……確かこの国の一食辺りの平均お値段が500円らしい。


「最低限、ね……うん、なるほど……確かに最低限だ」


 ま、まあ別に構わないしっ。

 竜である私にとって貨幣などコレクション以上の意味はないしっ。

 ……まあ、キラキラしたものは好きだから、金貨とかならめっちゃ欲しいけど。なんなら銀貨や銅貨とかにも興味ありまくりだけど。

 言っておくけど、キラキラしたものが好きなのは竜族全体の一般的価値観であって、決して私が強欲だとか金銭欲の塊だとかそういう訳ではないのだ。……ホントダヨ?


「とりあえず入ってみるかな」


 ベキッ。

 扉を開けようとしたらドアノブが壊れた。


「…………ま、まあドアくらい直せば問題ないか。それじゃあ中を確認――」


 バキャッ。

 足を踏み入れた瞬間、床が抜けた。


「…………」


 ガラガラガッシャーンッ。

 上を見上げた瞬間、屋根が崩れ落ちた。

 一瞬にしてボロボロだった家屋はただのゴミの山へと変貌した。


「…………マ?」


 これ、最低限よりも更に下なのでは?

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