第3話 竜王様、友達が出来る

 人間の常識とは理解しがたいものである。

 そもそも生物には皮膚と鱗、毛という立派な防衛機構が備わっているのに何故わざわざ動きを制限するような衣を纏うのだろうか?それは生物として不完全である証拠だ。故に完成された生物である私には必要ない。

 そう言ったのだけど……。


「これをどうぞ」


「いや、でも私は――」


「ど・う・ぞ」


 姫様と呼ばれていた女性に有無を言わさず服を着せられた。


「うーん、もごもごして落ち着かない……。これ、どうしても着なきゃ駄目?」


「だ、駄目に決まってるじゃないですか!? アナタ、もしかしてヌーディストってやつですか? 一人の時なら別にいいかもしれませんけど、他の人がいる場所ではちゃんと着ないと駄目ですよ!」


 すると同じく召喚された女の子が真っ赤になって否定してくる。

 ヌーディストって言葉の意味は分からなかったが、人前では服を着るのが人間の常識のようだ。

 うーん、これはある程度人間の常識を知っておかないといざって時に困るな……。

 そもそも私が知っている人間とはだいぶ異なってるっぽい。

 私が人ではない事にこの人達は気付いてないのは幸運だが、ふとした拍子にボロが出かねない。

 上手く人間の フリをすることが私の休暇に直結するのだ。


「……」


 先程からチラチラとコチラを見てくる少女。

 私と同じ召喚された身の上であり、おそらくは私達の前を歩く姫様らとは別の世界からやってきた存在。


(……合せるならこっちか)


 この少女と同じ世界からやってきた人間という風に振る舞うのが一番だろう。この世界の人間に合せてしまうと、『召喚された人間』という設定が破綻してしまう。私の休暇にも影響が出てしまうだろう。


「というわけで、ちょっと失礼」


「はい? ……ふわぁ!?」


 私は自分の額を彼女の額にくっつける。


(――記憶読取魔法ヨミコーム


 記憶を読み取る魔法を使い、この子から知識を得る。

 私くらいの腕前になれば、彼女のプライベートな記憶には干渉せずに、彼女の居た世界の知識や常識のみを選別して読み取ることが可能なのだ!

 凄いでしょ? なんたって私、竜王ですから!

 時間にして一秒にも満たない内に読取は完了した。


(ふむ……成程ね。地球という星。国は日本、東京ね……)


 中々に住み心地が良さそうな国だな。治安も良いし、何より美味しそうな食べ物が豊富そうだ。

 このあいすくりーむっていうの絶対、美味しいでしょ。


 というか、お父さんの知識ふっる。古すぎだわ。

 何千年前の情報なのさ、これ。カビが生えて草も生えんじゃないか。

 どうやら私が知っていた人間の知識は、彼らで言うところの『原始人』に当たるらしい。

 でもこれで知識を最新版にアップデート出来た。

 ……使い方合ってるよね、アップデートって言葉。

 人間の言語センスって面白い。もっと知りたいかも。


「あわ……あわわわわ……い、いいいいい、いきなり何するんですか!?」


「ん?」


 少女は何やら顔を真っ赤にしていた。

 私が急に額をくっつけたせいだろう。

 あー、いきなりこんなことしちゃ嫌がられるよね……。反省、反省。

 会ったばかりの相手とは過度なスキンシップは厳禁。まずはお友達から始めるのが人間の常識らしい。


「その……ごめんなさい。えーっと…………アナタがとっても可愛かったからつい……」


「かわ……可愛い? はぅぅ……」


 私の適当な言い訳に、少女はぷしゅーと顔から蒸気を出してたたらを踏む。

 このままでは倒れてしまうと思った私は、彼女の腰の辺りに手を回してぐいっと引き寄せた。


「おっと、大丈夫?」


「こ、腰に手が……! はわ……はわぁあああああああああああああああ!」


「凄い汗だよ? 本当に大丈夫なの?」


 必要ならばこっそり治療魔法もかけるよ?

 私、竜王だもん。さっきみたいに周囲にばれずに魔法を使うなんてお手のモノさ。

 ていうか、おかしいな? 


 ――転びそうになった女性には腰に手を当てて引き寄せる。


 これが彼女の居た世界の常識、なんだよね? 彼女の記憶によればこれで間違いないはずなのに、何故彼女はこれ程までに動揺しているのだろう?


「いや、それにしても……うん、やっぱり可愛いね」


「ッッッッッッ!!!!!!!!!!」


 先程の言葉は本心だ。この子、本当に可愛い。ひょっとしたら、私の姿が人間になっている影響で感性も人間に近くなっているのかもしれない。

 すんすん。はぁー……いい匂いがする。柔らかい。正直ずっと抱きしめてたい。

 駄目かな? もう少し強めに触っちゃ駄目かな? こう、ぐいっと。


「~~~~~~ッ! だ、大丈夫です! 大丈夫ですから離して下さい!」


「あ、くっ……」


 彼女は私から離れて深呼吸をする。ちっ、残念。

 落ち着いたのか、少女はもう一度こちらの方を向く。


「す、すいません、お見苦しい所をお見せして。あの……私、鷺ノ宮梓 サギノミヤアズサって言います。アズサって呼んでください。よろしくお願いします」


「あ、どうも……。私は――」


 そこで気づいた。


 ……そう言えば名前はどうしようか?


 私達竜族にも、人間と同じように名前がある。

 でも竜の名前ってかなり異なるんだよな。それに発声方法も発音も違うから上手く発音できるか分からない。


「えーっと私は――ア■■■▶■■☯■●▼▶●●■■■」


 あ、駄目だ。やっぱりうまく発音できない。

 言えるのはギリギリ頭文字のアだけだ。


「……? あの、今なんと?」


「あー、ごめんねぇ 、喉がちょっと……あー、あー」


 なんか適当に偽名を考えるか。でも彼女の居た世界では「名は体を表す」という。なら、私も自分に合った名前にした方がいいよね、うーん……あ、これでいこう。アから始まり、彼女の居た世界の言語で、自分の元の名前に似た文字を組み合わせた名前。


「えーっと私の名前は天音 アマネって言うの。アマネって呼んでね」


「――!」


 そう名乗った瞬間、彼女は一瞬目を見開いた。


「あ……あ、アマネさん、ですね。よろしくお願いします。なんか訳の分からない状況ですけど、アマネさんが居てくれて心強いです」


「私もアズサ ちゃんと一緒で心強いよ 。よければ友達になってくれる ?」


「勿論です! これからよろしくお願いします!


「うん、こちらこそ」


 私はアズサちゃんと握手を交わす。

 この世界で最初のお友達が出来た。わーい。

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