竜王様の気ままな異世界ライフ
よっしゃあっ!
第一章
第1話 竜王様、仕事休むってよ
竜界。
そこは竜たちの住まう楽園。
その中心にある一番高い山の頂上に竜族の頂点『竜王』の住処がある。
竜界で最も価値のあるとされる黒竜石を加工して造られた玉座でとぐろを巻く一体の竜こそ、竜界における最強にして至高とされる存在『竜王』――つまり私である。
「――もう働きたくない……疲れた……」
そんな私は今、色々と限界に達していた。
だらしなく首を下げ、大きくため息を吐く。
吐いた溜息がブレスとなって、部下の頭をかすめた。
「うぉ、あぶなっ!? ちょ、竜王様勘弁して下さいっすよ。今、私死ぬところだったっすよ?」
「あっそ。どーでもいいよ」
「うわぁー、部下に対してめっちゃ冷たいー。まあいつもの事なんで別にいいっすけど。んじゃ、これ次のお仕事っす。ちゃっちゃとやっちゃいましょう」
部下の若い竜が薄い石板の束を私の前に次々に置いてゆく。
それを見ただけで私は猛烈な眩暈と吐き気がこみ上げてきた。
「えーっと内容は炎竜バルガルトと水竜リンガルの喧嘩の仲裁。それと下級炎竜ベンベンの破壊した山脈と河川の修繕。それとこっちは苦情っすね。闇竜の一族からご近所の腐蝕竜ディーが臭くて酷いからどうにかしてくれって。それと……あ、内容が多すぎて残りは忘れちゃったっす。てへっ☆」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! もう嫌だあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「ちょ、いきなり大きな声出さないで下さっす。音圧が……音圧で死ぬ……カハッ!?」
ガシガシと頭をかきむしりながら叫ぶ私を若い竜は若干引き気味で見てくる。あと私の声が衝撃波みたいになっていたらしく全身が傷だらけになっていた。多分死んでない。気絶してるだけだ。
「うるさい! うるさい! うるさい! もう嫌だ! もうあったま来た! 毎日毎日、仕事仕事仕事! うんざりなんだよ! ふざけんじゃねぇ! あああああああああああああああああっ!」
私はもう限界だった。
竜王として長らくこの竜界を治めてきたが、来る日も来る日もトラブルしか起こさない同胞たちに私はつくづく疲れ果ててしまった。
竜王とは文字通り竜の頂点。一番強い竜の事を指す。
さぞかし偉い存在なのかと思うかもしれないが全然そんな事はない。
竜は基本的に短気で喧嘩っ早く思慮が足りないし、ついでに頭も悪い。
なのに無駄にプライドだけはやたらとデカいから始末に負えない。
やれどっちが鱗の形が美しいだの、やれどっちの方が魔力が大きいだの、そんな些細な諍いから殺し合いに発展するなんてしょっちゅうだ。
そんな馬鹿な種族だから、どんどん数が減って、一時は竜という種が滅びる寸前まで陥った。
だから竜たちは一つの絶対的で非常にシンプルなルールを作る事にした。
――自分達の中で一番強い奴を王にして従おう、と。
強い奴の言う事なら従う。強い奴の言葉なら耳を傾ける。
そうして竜王という存在が生まれた。
最初は誰もが竜王になろうと躍起になった。なにせ馬鹿なくせにプライドだけは一丁前に肥大化した連中だ。一番強く、一番偉い存在はさぞかし眩しく見えただろう。
だが実際に竜王になった竜たちはすぐに後悔した。
何故か? なってみて分かったのだ。
――竜王って偉そうに見えて実際は滅茶苦茶忙しいただの貧乏くじだと。
なにせ些細な事からいつも殺し合いに発展する連中を治めるのだ。
話し合いに次ぐ話し合い。時には拳を交えての話し合い。あっちでも、こっちでも常に喧嘩、諍い、争いの日々。それを一つ一つ解決していくのが竜王の役目だ。
一番偉くて強い奴の言う事だから、竜たちも大人しく従う。……その時だけは。
懲りずにまたすぐ喧嘩になり、それをまた竜王が仲裁する。
堂々巡りのイタチごっこだ。
歴代の竜王が『喧嘩はやめろ!』と声高に叫んでも、竜たちは本能には抗えなかった。
何かあれば喧嘩。何かあれば殺し合い。
でも大丈夫、竜王様がきちんと仲裁してくれるから。
「ふざけるなっつーの! いちいちくだらない喧嘩の仲裁に駆り出されるこっちの身にもなれやああああああああああああっ!」
まあでも竜王という存在ができ てから、数も少しずつだが増えてきたし、一応の効果はあるのだろう。
そして現在、そんな貧乏くじを引かされた――じゃなかった竜王になったのがこの私だ。先代の竜王――お父さんから死んだ目で泣きつかれて、仕方なく竜王になって三百年。
寝る間も惜しんで数百年働き続けた結果、私はもう疲れた。もう働きたくない。
「最近は鱗だって全然磨けてないし、お気に入りの財宝も手入れ出来てないし。……ぁぁぁ」
若い竜たちは最近流行の鱗や翼の装飾の話題で盛り上がっていると聞く。
いいご身分ですねぇ、こっちが必死に仕事してるのに自分磨きですか畜生め。
若くて勢いがあるだけの雌竜共め。ブレスぶちかましたろかホント。
まあ竜界が壊れるから流石にやらんけど……。
「はぁー、もう竜王なんて辞めたいなぁ……。どこか田舎にでも引き籠ってのんびり暮らしたいわぁ……。酔いつぶれるまでお酒のんで、美味しいものお腹いっぱい食べて……。あ、果物とか野菜とか育てるのもいいかも。あとは魔法の研究とか魔道具作りとか。あー、趣味に没頭したいー」
でも無理だよなぁ。
……だって今の竜界には私より強い竜はい ない。
竜王になるための絶対的なルールはただ一つだけ。
――それは最強の竜である事。
自分より強い竜でなければ竜王にする事が出来ない。
私が自分より強いと分かった時のお父さんの喜びようといったらなかった。
あれ多分娘の成長を喜んでいたのではなく、これでようやく竜王を引退できると分かって喜んでいただけだよね。大嫌いだよ、お父さん。
「はぁー、愚痴ってても仕方ないか。おい、部下。さっさと起きろ。仕事に行くぞ仕事に……ん?」
部下の竜をたたき起こして、とりあえず喧嘩の仲裁に行こうと思った矢先、突然足元が光り輝いた。ついでに部下の竜が「死んだおふくろが見えたっす」と言いながら目を覚ます。
「……なにこれ? 転移魔法陣? それも随分旧式の……」
「うわぁー、こんな旧式初めて見たっすよ。行き先は……人間界っすね。なんっすか、これ?」
「いや、私に聞かれても知らんし。これ、しかも一方通行の欠陥魔法っぽいね」
「おぉー流石、竜王様っす。一瞬で、そこまで分かるっすか?」
「ふふん、もっと褒めやい」
「んで、これどうするっすか? 仕事有りますし、さっさと壊しちゃいます?」
「そうだねぇ。仕事が立て込んでるし、こんな魔法陣さっさと……いや、ちょっと待てよ?」
「何です?」
ふと、私の頭に在る考えが浮かぶ。
――もういっそこのまま人間界に転移してしまえばいいんじゃないか、と。
そう、わざと転移に巻き込まれてしまえば仕事をサボれる。
「……竜王様、ひょっとしてわざと召喚に応じようとか思ってないっすか? これで仕事サボれる、みたいな……」
ぎくっ。
コイツ、普段はアホなくせにこんな時だけ妙に勘が鋭い。
「駄目っすよ? 竜王様じゃなきゃ解決できない仕事が山ほど――もごぉ!?」
私は部下の竜の口を掴んで黙らせる。
「ふぅー、ちょっと黙ろうか? 君さぁ普段は馬鹿なくせにこういう時だけ勘が鋭いよね? 君のような勘のいい部下は嫌いだよ?」
「もっ……もがっ……ごひゅっ……ッ……!?」
もがく部下。より力を込めて握りしめる私。
「不可抗力なんだよ。私は不可抗力で人間界に召喚されてしまうんだ。なら仕方ないよねぇ?」
「ッ……ッ……!」
そんな訳ないっすと部下が言っているような気がしたが気のせいだろう。だって喋れないし。
「いいかい? 君は何も見なかった。竜王がどこに行ったかも知らない。おーけー? 分かったらまばたきを二回しろ、オラ」
「……」
部下の竜は瞬きをしなかった。
ちっ、こんな時だけ抵抗しやがって。
まあいい。こっちにも切り札はあるんだ。
「もし君が私の言う事を聞いてくれるなら、私も君が竜王の権威をかさに着て色々やってたことも忘れようじゃないか? 本担は闇竜のベリゴール君だったっけ? ああいう若い雄竜が好みなんだねぇ。お宝も随分つぎ込んだみたいじゃないか……? 月間一位にするために私の秘蔵のコレクションもいくつか使ったなお前……?」
「ッ……!」
なんでその事を知っているのかという反応だったが知らいでか。竜王舐めんなよ?
ていうか、それ普通に横領だからな。
「本担が消し炭になりたくはあるまい?」
「…………」
部下の竜は観念したのか、まばたきを二回した。私は手を離す。
「よしよし、お利口さん。仕事は全部、先代の竜王――お父さんに任せればいい。分かった?」
「げほっ……。は、はいっす……」
先代の竜王。しかも私の次に強いお父さんであれば皆、復帰した先代竜王として 認めざるを得ないだろう。……それにここ最近、私に内緒で新しい金や宝石に手を出してるみたいだし。
絶対に許さないからね。 大好きだよ、お父さん。私の為に身を粉にして働いて。
「よーし、久々の休暇を楽しむかぁ。あ、言っとくけど最低でも三百年は戻らないからね。んじゃ、そっちは上手くやってねー」
私はもう働きたくないんだ。
まばゆい光に包まれながら、私は人間界への転移魔法陣に飛び込んだ 。
※あとがき
この世界のドラゴンはまばたきが出来ます。念の為
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