第22話 竜王様、魔道具を作る

「それじゃあお仕事をしてもらう前に魔道具や魔石について一通り説明しておくわぁん♪」

「よろしくお願いします」

「まっすー」

「みゃぁー」


 私たちは元気よく返事をする。

 魔道具店「ブルーローズ」の店長アナさんはにっこりと頷くと説明を始めた。


「ギルドである程度説明は受けてきたかもしれないけど、魔道具ってのは魔石を使って魔法と同じような効果を発揮する道具の総称よぉん。魔力が少ない人や体が不自由な人が魔法の恩恵にあずかれるように作られたのが始まりと言われているわぁん」

「へぇー」


 ポアルはアナさんの説明にうんうんと頷いている。これは私がギルドで受付嬢に聞いたのとほぼ同じ内容だ。アナさんは実際の魔道具と魔石をテーブルの上に置く。


「これが魔道具と魔石。魔石ってのはその名の通り魔力のこもった石の事で、特殊な鉱山やモンスターから採取されるわぁん」

「あ、これって魔石だったんだ」


 私はポケットから今朝、イノシシの傍に落ちていた石を取りだす。


「あら? これってモンスターの魔石? 随分上等な魔石ねぇ……。どこで手に入れたの?」

「えーっと、森で拾いました」


 なんとなくイノシシの中から出てきたと正直に言わない方が良い気がして、私は言葉を濁した。

 ……別に嘘はついてないし。イノシシから落ちてたものなんだから、森で拾ったのは間違いないし。


「……ふぅん。この王都周囲の森でこんなに上等な魔石を持ってるのって森の主か湖の主くらいだけど……。そういえば、ギルドからポアルちゃんが凄い魔力を持ってるって連絡が来てたわねぇ……」


 アナ店長はちらりと私とポアルを交互に見みる。

 一瞬だけ、その眼が鋭くなったがすぐに柔和な笑みを浮かべた。


「……ま、いいわ♪ アタシ、細かい事は気にしないし♪ 事情があろうとなかろうと、二人が可愛いからそれでオッケー問題無しっ」

「あ、はい……」

「でもそれはあまり人に見せびらかさない方がいいわねぇ。大事にとっておきなさい。もしお金に困ったら、ウチで買い取ってあげるから」

「わ、分かりましたっ」


 なんとなくこの人の言う事は聞いておいた方がいい気がする。

 私は魔石はしばらくウチで保管しておくことに決めた。

 ……キラキラしてて綺麗だし。


「あ、話が脱線しちゃったわねぇ。それじゃあ魔道具の説明をしましょうか」


 アナさんはテーブルに置いた魔道具の方を指差す。


「これはどういう魔道具なんですか?」

「調理に使う焜炉コンロよ。こうしてここを捻れば、火がつくの。釜戸と違って持ち運びが出来るからよく騎士団が遠征で使ったりするわねぇ。火力の調節も可能よん」


 アナさんが側面に取り付けられた突起を捻ると火がついた。


「へぇ、この突起スイッチで火を起こすんだ。……すごくよく出来てる」


 仕組みは単純だが非常に興味深い。魔法は基本的に本人の資質に大きく作用する。得意な魔法があれば、不得意な魔法があるように。しかし魔道具は誰であろうと使う事が出来る。しかも簡単に。


「あら、いい観察力ねぇ。そういうの大事よぉ」

「いいですね。こういうのすっごい面白いなぁ……」


 竜界にはない技術だし非常に興味深い。ポアルも目を輝かせて魔道具を見ている。……ちなみにミィちゃんは窓際でお昼寝だ。デンマさんがミィちゃん用のカゴを用意してくれた。


「ねえアナ、あっちの棚にあるビンはなんだ?」

「アレは回復薬ポーションね。飲めば魔力が回復するお薬よ」

「へぇー、美味しいの?」

「んっふ、とぉーっても苦くて不味いわよ♪ 飲んでみる? ちなみ一本銀貨9枚♪」

「たかっ」


 私は思わず声に出してしまった。

 銀貨9枚って、確かアズサちゃんの世界だと9000円くらいだよね。

 お薬って高いんだね……。


「……いらない」


 アナさんの言葉に、ポアルは渋い顔をする。高いと理解したのだろう。


「……というか薬は薬師や治療院の仕事なのでは?」


 確かバイトの紹介の際に、その辺の知識を受付嬢から一通り聞いている。私の言葉にアナさんはうんうんと頷いた。


「そうなんだけど、ウチのメインのお客様は冒険者が多いのよ。この焜炉とかも全部冒険やダンジョンでの野営に使うものなの。回復薬も薬剤組合の方に許可を取って特別に販売してるの。だから値段はちょっとお高めの設定になってるのよねぇ……」


「この回復薬もアナさんの手作りなんですか? 卸したモノじゃなくて?」


「そうよぉ。回復薬の精製や調合には専門知識や技術が必要だし、とぉーっても大変なの。だけど冒険者に怪我は付き物でしょう? 私としてはもう少しお手ごろな価格で販売したいんだけどどうしても薬剤組合の方が認めてくれなくてねぇ。……我々の分野だとか色々抜かしやがってあのアホンダラどもが……」


 一瞬、アナさんからどす黒いオーラが放たれた。ポアルがさっと私の後ろに隠れる。


「あらやだ、私ったらごめんなさいねぇ。それじゃあ、実際に魔道具の作り方を教えるから、みんなで作ってみましょ♪」 

「「はーい♪」」

「みゃぅー」

「まずは一番簡単な焜炉からやってみましょう。これは出来合いの部品を組み立てるだけだから誰でも出来るわぁん」


 それから私達はアナさんの指導の元、魔道具を試作した。

 自分の魔力を使わなくていい工作は非常に新鮮で私の心を躍らせた。

 なのだが――。



 バキッ。


「あっ、部品が……!」


 手で掴んだ部品が壊れた。


「あまね、また壊したー」

「あらん。アマネちゃんは中々不器用ねぇ」

「いや、ちが……。ち、力加減が難しいんだって!」


 魔道具作成は自前の器用さがモノを言う。

 一応、この体相応に力は落ちてるけど、それにしてもまさか自分がこんなに不器用だとは思わなかった。


「出来たー」

「あら、ポアルちゃんは上手ねぇ。試運転して問題ないようなら、これは明日店頭に並べてあげるわぁん」

「わーい」


 そして意外な才能を見せたのがポアルだ。

 アナさんの指導が良いのもあるが、あっという間に焜炉の魔道具を組み上げてしまった。


「あまね! あまね! 見て、見て!」

「う、うん。凄いねー、えらい、えらい」

「むっふー♪」


 ぐっ……。ポアルの笑顔が眩しい。

 そして凄く悔しい……! ポアルに出来て、自分に出来ないのが悔しい……!

 私は竜王……! 竜王に出来ない事なんてあってたまるものかー!

 心にやる気の灯がともる。竜王の真の力を見せてやらー!

 バキンッ。


「あまね、また壊したー」

「……アマネちゃん。余りとはいえこれ以上部品壊しちゃうと、バイト代から引いちゃうわよ?」

「うぐっ……頑張りますぅ……」


 気付けばあっという間に時間が経っていた。窓の外を見れば、既に日が傾いている。

 私はなんとか手加減を重ねて焜炉を一つ完成させることが出来た。……だいぶボロボロだけど。


「――あらん、もうこんな時間。今日はここまでにしましょう」

「えー、もっとやりたいです」

「私も」

「みぃ~」


 ポアルもやる気満々だ。ミィちゃんはまだすやすやと寝ているけど。


「きちんとお休みするのもお仕事では大事よ。疲れはお仕事の大敵なの。今日はここまで」

「ッ……!」


 そう言ってアナさんはテキパキと片づけを始める。だが私は今のアナさんの言葉に震えて動けなかった。


 ――きちんと休むのも仕事のうち。


 なんて……なんて素晴らしい言葉なんだ。竜界の馬鹿ども全員の脳みそに叩きこんでやりたい。

 休んでいいなんて……仕事して休んでいいなんて……アナさん、アナタは天使か?


「うっ……うぅ……うっ……」

「あ、あまね? どうして泣いてるの?」

「あ、あらん? 初めてのバイトで疲れちゃったのかしら? 良かったらお茶でも飲む?」

「や、やめて下さい……。うぅ……う゛う゛これ以上優しくされたらぁぁ……わだし……わだしぃぃぃ……」


 ボロボロと泣き始めた私に、アナさんとポアルはひたすらワタワタするのだった。

 ようやく落ち着いたところで、アナさんが何かを持って来た。


「はい、それじゃあこれは今日の報酬ね」


 アナさんは二つの焜炉を渡す。一つはボロボロの欠陥品。私が作ったヤツだ。


「これって私達が作った焜炉……?」

「そ。記念にあげるわ」

「記念って、こんなボロボロじゃ素直に喜べないですね……」

「ふふ、アマネちゃんは若いわねぇ。でもねぇ、誰だって最初から完璧に出来る子なんて居ないの。何度も失敗して、作り直して、それでようやく一人前になるの」


 だから、とアナさんは続ける。


「これはアマネちゃんが一人前の魔具師になるための最初の一歩。この子は大事にとっておきなさい。そして一人前になった時には、これを見て初心を思い出しなさい。それはきっとどんなに辛い時でも、アナタの心の支えになってくれるはずよぉん」

「アナさん……」


 私はボロボロの焜炉を抱きしめる。


「大事にします……! 私、これからも頑張ります!」

「うん、いい返事ね。それとこっちはボーナス♪」


 そう言ってアナさんは銀貨の入った袋を手渡す。


「え、でも私達、いっぱい失敗して、部品も壊したのに……」


 いくら予備のパーツを使ったとは言え、あれだけ壊せばお店としては赤字のはずだ。ポアルはともかく、私はお金なんて貰えない。というか、本来なら、報酬どころか補填をしなければいけないはずなのに。


「ふふ、取っておきなさい。未来の魔具師さんへのほんの投資よ。今日はそれで何か美味しいモノでも食べて英気を養って。それじゃあ明日からもよろしくねん♪」

「ッ……アナさん! アナさぁぁああああああああああああああん! うわぁあああああん」

「あらあら、アマネちゃんは泣き虫ねぇ。よしよし」


 なんて……なんていい人なんだ……。もっと早くこの人に出会いたかった。

 こんな人が居れば、竜界でも私はもっと頑張れただろうに。

 帰りに私達は例の串焼き屋で串焼きを買った。店主さんはサービスだと言って、多めに串焼きをくれた。


「美味しい」

「うまー」

「みぃ♪」


 働いて稼いだお金で食べる串焼きはとても美味しかった。

 それからしばらく歩くと、私達の家が見えてくる。


「……あまね、家の前に誰かいる」

「ん?」


 ポアルが家の方を指差す。

 玄関の前に居たのは梓ちゃんだった。


「あ、アマネさん、ポアルちゃん、おかえりなさい!」

「アズサちゃん……? どうしたの、こんなところに?」

「はい! 今日から私もここに住むことにしました!」

「へぇー。…………え。どういうこと?」

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