デイドリーム
「んっ、んんーーー」
配信終了のボタンを押して、大きく伸びをする。
配信時間を見ると1時間を超えていて、今日は早めに切り上げる予定のはずが、つい長引いてしまった。
「・・・まぁ、べつにいいんだけど」
この後に予定が入っているわけでもない。
だから、いくら配信が長引いたところで困ることはないのだが。
「でも、なんか疲れた・・・かも?」
配信が思ったよりも長引いたせいか、全身が気だるく、瞼も重いような気がする。
「ふわぁぁぁ・・・ちょっと寝よ・・・」
耐え難い眠気に誘われて、フラフラとベッドに吸い寄せられる。
『ぽすん』とベッドに体を投げ出すと、柔らかい敷布団に沈んで動けなくなる。
このまま寝たら、服が皺になるとわかっていても体を起こせない。
消えゆく意識の中、『なんだかデジャブだな』と思っているうちに意識が途切れた。
――――――――――
「ふっ・・・にゃぁぁぁあ・・・」
やべ、ガチ寝してた・・・今何時だ?
あーー・・・朝9時か。こんなガッツリ寝る予定じゃなかったのに。
「・・・腹減ったし、起きるかぁ」
開き切らない目を擦りながら、まだ温もりが残る布団から這い出る。
「んっ?」
ダラダラと重い足取りで部屋出ようとした時、扉の方から『カリカリ』と何かを引っ掻くような音が漏れているのに気が付いた。
「・・・ごくり」
何かを引っ掻く音は断続的に続いている。俺をおびき寄せる罠のような、あるいは何かを必死に伝えようとするような音。
「よし・・・いくぞ」
意を決してドアノブに手をかける。扉の向こうの『それ』に気づかれないよう、ゆっくり慎重にドアノブを捻り・・・
「にゃーー!」
「ぐへぇぁ!?」
開いた扉の隙間から、毛に覆われた何かが飛びかかってくる。
その毛玉は俺の腹に勢いよくぶつかり、衝撃を受け止めきれずに尻餅をついた。
「にゃぁー」
「いってて・・・」
艶のある明るい茶色の毛、ピンと張った耳に長い尻尾。
俺に体当たりしてきた毛玉の正体は、1匹の猫だった。
「なんだ、お前?どっから入ってきたのさ?」
「にゃーん」
「なるほどにゃぁ・・・」
「にゃー、にゃ!」
「それは大変だったにゃぁ」
「にゃー?」
うーーむ、何言ってるのか、全然わからない。
俺にも猫耳と尻尾あるけど、猫語はさっぱりだし。
「さてと、冗談はこれくらいにして・・・」
「にゃーーん」
「おっおっおっ、なんだ?甘えんぼか?」
「にゃぁー」
人慣れしているのか、俺の上に乗ったまま器用に体を擦りつけてくる。
試しに少し撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「おーー、よーしよしよしよしよし」
「ぅにゃー」
にしても、ホントにどうしようか、この猫。
どこの猫かわからない以上、家に置いとくわけにもいかないし。
「って、うん?首輪つけてるじゃん」
なんだ、野良じゃなくて飼い猫だったのか。
ワンチャンこの首輪に飼い主の連絡先とか書いてないかな?
「ちょっと失礼・・・っと」
「にゃー?」
どれどれ・・・名札はついてるけど、連絡先っぽいのは書いてないか。
にしてもこの首輪・・・どっかで見たことあるような?
「名前は・・・は?」
金属製の名札に刻印されていたのは、『こはく』の3文字。
何の因果か、俺と全く同じ名前だ。
「お前もこはくなの・・・?」
「にゃー!」
「いや、にゃーじゃなくて。紛らわしすぎるでしょ」
こんな偶然あり得ない。何かこう、邪悪な陰謀を感じる・・・大体こういう時は、遥がなんかやってるんだけど・・・
「ん?遥?・・・それに見覚えのある首輪・・・はっ!?」
「にゃー?」
わかったぞ!この猫、遥の猫だ!
あの猫が着けてる首輪、遥が俺に着けようとしたのと同じ首輪なのがその証拠だ!
事件の真相は、遥が猫を飼い始めて俺用に買った首輪を猫に着けたってところだな!
「お前、遥の猫なんでしょ?」
「にゃー?にゃ!」
「やっぱりな。遥にイジメられてない?大丈夫?」
「にゃーーー!」
おー、元気いっぱいだな。とりあえずイジメられてはいなさそう。
「そうだ、お腹空いてる?オイシイものあるんだけどさ」
「にゃ!」
「そうかそうか、オイシイの食べたいか。じゃ、ちょっと待っててな」
猫を床に下ろして、目的の物が仕舞われた棚を漁っている。
その間、猫のこはくがずっと興味津々といった様子で見つめてきて、少しやりずらい。
「じゃーん!ち〇ーる!」
「にゃー・・・」
なんだぁ?露骨にテンション下げて。俺のちゅー〇が食えないってのか?
そんな態度も今のうちだぜ?一口食べたら、どんな猫だって〇ゅーるの虜よ。
「ほれほーれ、オイシイちゅ〇るだぞぉ?匂いだけでも嗅いでみ?」
「にゃー・・・にゃぁ!」
食べてしまったな!?これももう、お前はち〇ーるの虜だ!
ちなみにこれ、遥が悪ノリで買ってきたヤツね。
「・・・」
「・・・」
それにしても、美味そうに食べるな。
起きてから何も食べてないから、俺も腹減った・・・
「・・・ごくり」
「にゃ?」
ちゅー〇って、案外いい香りするじゃん。
ワンチャン俺も食べられそうな気がしてきた。
「・・・先っちょだけ」
「にゃ?にゃーー!」
「あ、こら!放せ!」
突如こはくが、〇ゅーるを持つ俺の手にしがみつく。
俺にちゅ〇るを取られると、こはくは本能的に察したのかもしれない。
「ええぃ、ややこしい!」
俺はこはくだけど、こいつもこはく!めちゃくちゃ紛らわしい!
「にゃぅ!」
「なんの!とりゃぁ!」
この猫ッ!結構力が強い!
だが!俺だって負けてないッ!
「にゃーー!」
「このッ!あっ!?」
手の中でち〇ーるの袋がつるりと滑る。
こはくは一瞬の隙を見逃さず、素早くちゅー〇の袋を奪い取る。
「持って行かれた・・・!」
「にゃあ!」
ってか、ちょっと待て。
なんで俺は、こんな必死に〇ゅーるを食べようとしているんだ?
腹減りすぎて、人の尊厳を捨てるとこだった・・・
「まさかこはく、止めてくれてたのか・・・?」
「にゃあ!」
「・・・なーんて考えすぎか。お前はちゅ〇る食べたかっただけだもんな」
「に゛ゃーー!」
「いでっ!?」
ちょ、痛いって!ネコパンチ思ったよりも攻撃力あるって!
「わかった!俺が悪かったから!」
「にゃー!」
なんなんだこいつ。謝ったらすぐに攻撃を止めたぞ?
もしや、人の言葉を理解しているのか?猫のくせに?
「仲直りの印に・・・撫でさせてもらってもよろしいですか?」
「にゃ」
ほら急に大人しくなって、俺が撫でるの待ってるし!
やっぱこいつ、ただの猫じゃないな!?
「・・・にゃぁ?」
「あ、はい。撫でます。撫でさせてもらいます」
今は、こはくのご機嫌取りに集中しよう。
上手くこはくをプロデュースすれば、天才猫としてトップスターになれるかもしれない。
そのためにもまず信頼関係を築いて、言うことを聞いてもらえるようにしないとね。
――――――――――
「ふっ・・・にゃぁぁぁあ・・・」
あれ?こはくはどこに行った?
っていうか、なんで俺は布団の中にいるんだ?
「・・・もしかして、今の全部夢だった?」
マジかぁ・・・こはくで一稼ぎする計画が・・・
「んんっ・・・」
「あぇ?遥?」
布団の中から声が聞こえて確認してみると、中にいたのは間抜けな顔で惰眠を貪っている遥だった。
「ふへへ・・・」
いつもの仕返しに、ほっぺたツンツンの刑に処してやる!
おらっどうだ!むにむにのほっぺしやがって!あ、これクセになる触り心地かも?
「んっ、あ・・・」
「っ!」
やべっ!遥の目が覚めそう!?流石に触りすぎた!?
「すぅ・・・すぅ・・・」
「ふぅーーー・・・」
あぶねー、無駄にヒヤヒヤさせやがって。
勝手にほっぺムニムニしたのバレたら、10倍、いや100倍返しされるからね。こっちだって命がけだよ?
「んんーー・・・ち〇ーるは食べちゃ駄目だよー」
「・・・・・・」
かなりはっきり声出てたけど・・・今の寝言だよね?
実は遥が起きてて、俺を泳がせてたとかないよね?
「すぅ・・・すぅ・・・」
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