コインの裏の裏

「前から思ってたんだけど、こはくって案外運いいよね」


なぜか俺の部屋に入り浸ってだらだらとスマホを触っていた遥が、唐突にそんなことを言った。


「別にそうでもなくない?この前だって、ソシャゲのガチャすり抜けたし」


「でもその前は、あっさり出して自慢してたじゃん」


それはそれ、これはこれでしょ。

しかもその時のガチャって、無料で引かせてもらったやつで、本命じゃなかったし・・・


「他にも、何名様にプレゼントとかで、何回か当てたことあるよね?」


「まぁ、うん」


「そういうのを言ってるんだよ。こはくってなんか、運が爆発する時あるよね」


爆発て。もっと他に言い方なかったのか。

でも実際、応募する企画で何回か当てたことがあるのは事実。


自分で運気をコントロールできるわけじゃないけど、ツイてる方ではあるのか・・・?


「俺ってもしかして・・・ラッキーマン?」


「今は女の子だから、ラッキーガールだね」


「は?俺は男だが?」


確かに俺の姿が猫耳少女になってるけど・・・だけど!ハートは真っすぐで熱血な漢!

つまり俺は男!Q.E.D.証明完了。


「あーはいはい。こはくちゃんはかっこいい男の子だったねー」


「ふふーん!」


やーーっと遥も俺の隠しきれない魅力?漢気に気づいたか!

こんなかっこいい幼馴染がいて遥は幸せ者だなぁ!


「あ!せっかくだから、運試ししよ!」


「運試し・・・?」


いいことを思いついた。

リアルラックと俺の天才的な頭脳で、最近調子に乗ってる(ような気がする)遥をギャフンと言わせる!


「遥!コイントスで勝負だ!」


説明しようッ!コイントスとは!

なんかこう、いい感じにコインを投げて、表か裏かを当てるやつだ!


「いいけど・・・こはく、何か企んでない?」


「そんなことあるわけないじゃあないですか」


「・・・なんか怪しい」


「それで、やるの?やらないの?」


「いいよ。付き合ってあげる」


キタァ!!かかったなワカメ!

この瞬間ッ、遥の敗北は決定した!!


「じゃあ、使うコインは・・・この100円玉で」


遥に背を向けて、仕舞っていた俺の財布から100円玉を2枚取り出す。

気づかれないよう1枚手の中に忍ばせてから、遥の方に振り返る。


「やる前に、その100円玉確認していい?」


「もちろん・・・いいよぉ」


俺が100円玉を渡すと、絡繰り箱を弄るように裏返したり叩いたりして、何の変哲もない100円玉を調べている。


「・・・特に変わったところはないね」


「そりゃあね。お金改造したら犯罪だもん」


「具体的なルールは?」


「うい、俺がコインを投げてキャッチするから、その100円玉が表か裏か、遥の好きな方に賭けていいよ。で、俺は遥の反対の方に賭ける」


俺がコインを投げて、遥が賭ける。簡単な話だ。


「それで、先に3回当てた方の勝ちね」


「わかった。・・・こはくのことだから、負けたら何か罰ゲームやるんでしょ?」


「へへっ、よくわかってるじゃん!負けた方は・・・恥ずかしいセリフでも言ってもらおうかなァ!」


「・・・いいよ」


もちろん、遥が勝ったら、俺が恥ずかしいセリフを言わなくちゃいけないけど・・・

確率的に俺が負けるわけないのだよ!!!保険もかけて『先に3回当てた方』なんてルールにしたんだからな!


「じゃ、1投目いくよ!」


と、その前にタネを確認。

そもそもコイントスの手順は、片手でコインを上に投げて、それを逆の手の甲と投げた手で挟むようにキャッチする。

空中で回転するコインの面を読むことなんて不可能で、だからこそ五分五分の賭けができる。


そんなわけなんだよなぁ!?

キャッチする手にあらかじめ100円玉をセットして、表面が出るようにしておく。

そいでもって、もう1枚の100円玉を空中に投げて、100円玉をセットした手で挟んでキャッチする。


すると、投げた100円玉と表にセットした100円玉の2枚が手の中にあるわけだ。


その状態で遥が『裏が出る』に賭けた場合、手を退かして100円玉を見せる時に、表裏がわからない投げた100円玉を回収すればいい。


もし『表が出る』に賭けられたとしたら、表にセットした100円玉を回収して、表裏がわからない100円玉を見せることになる。そこは正真正銘、五分五分だ。


つまりだよ?

遥が俺に勝つには『手にセットした100円玉』の50%、『投げた100円玉』の50%、2つ合わせて25%の確率を当てないといけない。


それでも俺が必ず勝てるのは限らない。だからこそ『先に3回当てる』ってルールにしたのだ!

1~2回上振れしたところで、遥が俺に勝てるわけがないのだよォ!!!


「くひっ、くけけけけ・・・」


タネも仕掛けもあるんだよ。

この勝負、貰ったッッッ!


「投げないの?まさか、こはく・・・」


「あ!今投げるから!」


危ない危ない。あんまり怪しまれる行動がしないようにしないとな。

そいだば、手に隠した100円玉は表になるようにセットして・・・っと。


「第1投!そりゃ!」


100円玉を天井目掛けて放り投げ、重力に引かれて落ちてきたところを、手の甲と100円玉を隠し持った手でキャッチする。


「さぁ遥!表か裏、どっちに賭ける!?」


「そういえばなんだけど、100円玉の表って絵が描いてある方だよね?」


「えっ?あーー・・・うん。確か、絵があるのが表で、数字が裏だった・・・はず」


やべぇ・・・改めて言われるとちょっと自信ないんだけど。

合ってるよね?これで合ってる・・・よね?


「もう絵がある方が表でいいから!とにかく表か裏、どっちにするの!?」


「うーーん・・・それじゃあ、裏にしようかな?」


裏キタ――(゚∀゚)――!!

・・・いかんいかん。ここで喜んだらイカサマがバレちゃう。あくまでポーカーフェイスでね?


「遥が裏にするなら、俺は表ってことだよね?」


「そういうことになるね」


「じゃあ・・・見るよ?」


今投げた100円玉を上手いこと手のひらで挟んで、ガバっと勢いよく手を退かす。


「1回目は表、ね・・・」


手の甲に残っているのは、俺が事前にセットしておいた表面の100円玉。


「まずは俺の勝ちィー!FOOOOOOO!!」


「まだ勝負は始まったばっかりだよ。ほら次やって」


なぁーーんだ、そんなに早く負けたいんだ?

しょうがないなぁ、遥は!それじゃお望み通り、ボコボコにしてあげるよ^^


その前に。先に手の中に隠した100円玉の面を確認しておかないと。

ふむふむ、次も表面が上だな。ってことは、遥が裏に賭ければ俺の勝ち確だ。


「第2投!とおおおおう!」


手の甲から100円玉を拾い、再度宙に投げる。

100円玉が床に落ちる前に、隠し持った100円玉が見られないよう気を付けながらキャッチする。


「次はどっちに賭ける!?表か裏!2つに1つ!」


「今度は表にしてみようかな」


「ふーーん、表にするんだ・・・」


くッ、大人しく裏にしとけばいいものを・・・


俺が仕込んだ100円玉は表面で、そっちを出したら遥が勝ってしまう。

こうなったら、今投げた表か裏かわからない100円玉に託すしかない!


「み、みるよ・・・」


事前に仕込んでおいた100円玉を離さないように、被せた手を退かす。


「裏ァ!やりぃーーッ!」


「またこはくの勝ちかぁ」


ひゃっほい!運命は俺の味方だ!正真正銘、2分の1の勝負に勝ったぞ!

これで俺の2勝で、あと1回勝てば遥に罰ゲームをやらせることができる!


「ねぇねぇ遥さん?あと1回負けたら、罰ゲームですけどぉ?」


「まだ勝負はついてないから。ここから私が3連勝するかもしれないよ?」


「ええーー?遥程度の運で、俺が負けるわけないじゃーん!」


「・・・・・・あとで後悔しても知らないからね」


さてと。煽るのもこれくらいにして、次の準備をしますか。


手に隠した100円玉は、変わらず表のまま。

次こそ遥が裏に賭けてくれると信じて、もう1枚の100円玉も回収し次の勝負に備える。


「じゃあ、第3投いくよ!そいや!」


もう一度100円玉を上に投げる。くるくると空中で回る硬貨は、どっちが表か判別できない。

胸の高さまで落ちてきた100円玉を素早く両手で挟み込んで、遥の前に突き出す。


「遥はもう後がないんだし、慎重に選ぶがいいわ!」


ウラウラウラウラウラウラ!!裏と言え!!


「うーーん・・・裏、やっぱり表かな?」


「結局どっち?」


「私は表に賭けるね」


くぅおおおおおおお!!!妙に察しのいいやつめ!これじゃあ、仕込んだ100円玉使えないじゃん!

いや。まだだ!まだ慌てるような時間じゃあない!投げた方の100円玉で、2分の1の確率で勝てるッ!


「・・・どうしたのこはく。100円玉を確認しないの?」


「い、今見るし・・・」


滲んだ手汗で隠し持った100円玉がずり落ちないよう、しっかり手のひらで握って手を持ち上げる。


「表だ、やった!」


「なん・・・だと・・・」


手の上にあった100円玉は表。

仕込んだ100円玉は表。投げた100円玉も表。どっちを見せるにしろ、遥が表に賭けた時点で俺の負けは確定していた。


「これであと2勝だね?」


「うぬぬぬ・・・」


100円玉を仕込んでおく作戦だって、25%で俺が負けるんだし、1回くらい負けてもおかしくない。

それにだよ?俺がストレートで勝利したら怪しまれるから、1回負けておいた方が都合がいいっていうか?ね?


「ま、まぁいいし。次絶対に俺が勝つもん」


「本当かな~?こはくが勝つ確率は50%なんだよ?」


今に見てろ!俺が負ける確率は25%なのだよ!つまり、ぜぇーーーったいに俺が勝つ!


仕込んだ100円玉は表。投げた100円玉を手に取って、念を込める。


「第4投ッ!こい!」


100円玉を投げる。そして、100円玉を仕込んだ手でキャッチする。

4回目ともなると流石に手馴れてきた。


「はるかぁぁ!!どっち!?」


「表・・・やっぱり裏?・・・うん。裏に決めた」


「裏だね?本当に裏でいいんだよね?」


「私は裏だと思う。・・・それともこはく、私が裏に賭けると何かまずい?」


まずい、だって?とんでもない!

待ってたぜェ!この瞬間をよォ!!


勝手に吊り上がる口角を押さえつけて、100円玉の上から手を退かす。


「100円玉は・・・表!!!」


「・・・・・・」


ああ~~^キモチィーー!!

この100円玉、俺が事前に仕込んでおいた100円玉なのだ!遥が裏を選んだ時点で、俺の勝利は確定していた!ごっつあんです!


「その100円玉、よく見せて」


そう言うや否や、表面が上になっている100円玉を遥が取り上げる。


「ちょっと!勝手に取るな!」


とは言えだよ?その100円玉だって本物で、両面が表になっていたりしない!

完璧なトリック!バレなきゃあイカサマじゃあねえんだぜ!


「・・・ねぇこはく。イカサマしたよね?今謝ったら、少し手加減してあげるよ」


「・・・ほにゅぇ~~?こはくちゃん、イカサマなんてしてないよォ~?」


ここで遥は一呼吸。なんか怖い。


「この100円玉、最初に見せてもらった100円玉と製造年が違うんだよね」


「え゜」


製造年?セイゾウドシって、何言って・・・?


「例えば『平成二十年』とか、作られた年が書いてあるの。硬貨だから、それが変わるなんてあり得ないだよ」


「あ、あぁ・・・」


「これって、こはくがどこかで100円玉をすり替えた証拠だよね」


「あば、あばばばば・・・」


まずいまずいまずいまずい。

どうやってイカサマしたか気づかれてないけど、100円玉すり替えたのはバレたぁ!!??!


やばい。これはヒジョーにやばい。具体的に俺の尊厳がやばい。


「どこですり替えたかは知らないけど・・・こはくがもう1枚100円玉持ってたら、確実にクロだね」


「ッッ!!!!」


 こうげき

 まほう

 ぼうぎょ

 どうぐ

▶にげる


こはく は にげだした!▼


「そう簡単に逃がすと思った?」


しかし まわりこまれてしまった!▼


「あの、これは違くってぇ・・・ただの遊びじゃないですかあははは・・・」


「あはは」


「あは、あははは・・・」


「許さないから」


「ピョッ」


遥の目が笑ってない。それどころか目の奥に赤黒い炎すら見える。

わりぃ、俺死んだわ。


「私言ったよね?後悔しても知らないって」


遥が俺の両手を掴み、力任せに押し倒す。

一瞬の浮遊感。次に感じたのは柔らかいベッドの感触。両手はベッドに押し付けられて動かせない。


「あ、もう1枚の100円玉はこはくの手の中にあったんだ」


「はっ、放せ!」


「そんな言い方でいいの?」


「は、放してください・・・」


「んーー、だめ」


吐いた息の熱が伝わってくるくらいに遥の顔が近づく。

距離を取ろうとしても、掴まれた両手はビクともしない。


「そういえば、負けた方は何か恥ずかしいセリフを言う約束だったよね」


「それはもういいから・・・だから」


「私が負けたのは事実だし、やってあげるね」


遥の視線が俺の頭上に移動する。丁度猫耳が生えている辺りに。


「ふぅーー・・・」


「ひぁあっ!?」


吐息が耳を撫でると、背筋にゾクゾクとしたものが突き抜ける。


「ふふっ、ビクってした。かわいい」


「っぁ!?やぁ、それやだぁ」


囁き声が耳を甘く嬲る。

ゾクゾクした感覚を感じる度に、勝手に声が漏れ出てしまう。


「もっと言ってあげるね。かわいい。耳も目も口もかわいい。かわいいよこはく」


「んぁあぁぁ・・・めぇ、かわいいだめ・・・」


「どうして?かわいいって言ってるだけだよ?」


「やだぁ・・・おとこだもん・・・」


視界が滲んで、上手く言葉が出てこない。

これ以上は危険だと言うことだけしかわからない。


「ふぅ・・・・・・しょうがない、今日はこれくらいで許してあげるね」


「はぁ・・・はぁっ・・・」


遥はフイっと顔を逸らして、部屋から出ていく。

なんで急に止めたのかわからないけど、なんにせよ命拾いした。


「・・・あとでちゃんと謝っとこ」


後日改めて仕返しされるとも限らない。

それに・・・イカサマしたのは俺なんだし。


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