アンデッド・マッサージ

「これで・・・よし」


保存ボタンを押して、ぐーっと伸びをする。

目の前にあるディスプレイには、次の配信で使うサムネイルが表示されている。


「サムネはできたから、あとは枠立てて・・・」


Vtuberになってからというもの、ずっとサムネ作ってる気がする。

いやまあね?サムネなんて使い回せばいいって説もあるけど、できるだけちゃんと作りたい。


「でも、ちょっと疲れたな・・・」


テンプレートを作ったりして、ある程度楽をしていても、サムネイルを作っていたら1時間経っていた、なんてこともたまにある。


「・・・枠立てるの後回しでいーや。休憩しよーっと」


ちゃんと保存したし、まあ後でいいでしょ

問題は、ゲームをするか、動画を漁るか。実に難しい難問だ。


『トン・・・トン・・・』


不意に聞こえた音で、コントローラーに伸ばした手が止まる。

猫耳をピンと立てて音を拾う。どうやら、廊下にいる誰かが、俺の部屋の扉を叩いているらしい。


『トン・・・トン・・・』


「っ・・・」


何かがおかしい。俺の部屋に来る人物は俺の親か、幼馴染の遥だけ。


俺の親ならば、ノックした後すぐに部屋に入ってくるはず。

遥だった場合、やつはノックなどせず部屋に押し入ってくる。


『ドンッ・・・ドンッ・・・』


そもそも、この音は本当にノックする音なのか?

手で扉を叩いていると言うよりも、何かを扉に叩きつけているように聞こえる。


『ドンッ!』


大きな音と共に、ついに扉が開かれる。


暗い廊下から現れた人影は、ゆらりゆらりと揺れて力なく床に倒れた。


「・・・・・・遥?」


床の上に広がる血だまりのような深紅の髪束。

うつ伏せになっているせいで顔は見えないが、背格好や服装には見覚えがあった。


毎日俺の部屋に押し入ってくる、幼馴染の遥。


「ぐ、がぁ・・・」


「は、遥!?」


床に倒れたまま、苦しそうなうめき声を漏らす幼馴染。


明らかに普通じゃない反応。声を荒げて遥の体を揺さぶる。

それでも一向に返答はなく、こっちまで血の気が引いていく。


「やばいやばいやばい・・・きっ、救急車!」


慌ててスマホを取り出して、救急車を呼ぼうと震える指を画面に伸ばす。

けれど、その指はスマホに届かなかった。いつの間にか起き上がっていた遥に、腕を掴まれたせいで。


「こ゛、はァ・・・グゥ」


腕を掴む遥と目が合う。正確には、目が合ったような気がした。


血走った虚ろな右目、左側の眼は既に顔から外れていて、筋組織のような物でなんとか繋ぎ止められている。

肌もズタズタになって、口の辺りは腐り落ちたように抉れ、赤く染まった歯が見え隠れする。


「あアア゛ァ・・・あ゛ク・・・ごァぐ、ぅ!」


「ピィニャ゛ア゛ァ゛アア゛ァァァ゛!!!!!!」


あッあばばッばばばッあばばば!?!?!!?

ぞぞぞび!ぞばび!!?ジャパニーズ・ゾンビ!???!?


「ア゛ア゛ア゛ア゛!」


「ヒュッッッ」


キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!ってか、こっちくんな!!!


自分の身は自分で守るしかないっ!!例え遥が相手だろうと・・・いや、遥だったらなおさら手加減なんてしないっ!!

飲みかけのペットボトルを装備!すまん遥!骨は拾ってあげるから!!


「くらえッ!魔槍ゲイボトル!!」


『パコーン!』「痛ッ!?」


ひるんだ!効いてるぞ!次弾装填、急げ!


「こはく!ストップ!ストーップ!」


「いいや限界だッ!投げるね!」


「ストップって言ってるッ・・・でしょ!」


投げようとした空のペットボトルを取り上げられ、そのまま両手を壁に押し付けられる。


「ぎゃああああ!!噛まれるゥー!ハーブないー!」


「これマスクだよ!だから暴れないで!」


「ほぇ・・・?」


そう言った遥は、自ら顔の皮膚を剥がす・・・頭に被っていたマスクを脱ぐ。

マスクを脱げば、いつも通りの遥がそこに居た。


「それって、被り物?・・・え???」


「部屋の片付けしてたら出てきたんだよね。よく見たら作り物ってわかると思うんだけどなー」


「いやでも・・・いい感じに影になってたし・・・」


だって、しょうがないじゃん?いきなりあんなの出てきたら、誰だってびっくりするじゃん?びっくりしたら、判断力がなくなるじゃん?


「いたた・・・ちょっと驚かしただけなのに、いきなり物投げてくるなんて」


「それは遥が変なことしたからじゃん!俺悪くないし!」


露骨に頭さすちゃってさ!ゾンビのマスク被ったんだから、反撃されても文句言えないでしょ?


「あーーあ、たんこぶになっちゃいそうだなー」


「へー。たいへんだね」


「・・・・・・」


「・・・・・・なんだよぅ」


「ね、こはく?うら若い乙女の顔に傷つけたんだから、それ相応の代償は払ってもらうよ?」


「うら若い?乙女ぇ???」


自業自得の怪我をした幼馴染はいるけど、うら若い乙女なんてどこにもいないけどなぁ?


「いいのこはく?私の手が滑って、どんな事故が起きるかわからないよ?」


「へっ!それで脅してるつもりか!」


「事故でこはくに首輪つけちゃっても、私は別に困らないけど」


どこからか取り出した首輪を、指に引っ掛けてくるくると回し始める。

とても冗談を言っている目には見えない。正直、ゾンビの被り物の方が可愛げがある。


「・・・っていうか、なんでそんな物持ってるの?」


「んーー・・・今日はたまたま、ね」


アヤシイ・・・ウソをついている匂いがプンプンするぜぇ!


「・・・わかった。首輪だね」


「ちょぉ!?すてい!遥、すてい!」


「心配しなくても、ちゃんとリードもあるから」


「そんな心配はしてないっ!いいから、その物騒な物をしまえ!」


「仕方ないなー・・・」


何が『仕方ない』なの?なんで遥が妥協してあげた雰囲気出してるの?被害者は俺だからね?


「・・・それで?何が望みなわけ?」


「そうだなぁ・・・何してもらおうかなー?」


変なこと言ったら即逃げる。絶対に逃げる。


「そういえば最近、肩がこっちゃって」


「・・・だから?」


「だから、こはくに肩もんでほしいなー」


ぶっちゃけ、遥の肩もみなんてしたくない。

でもこれをやらないと、どんな仕返しをされるかわからない。最悪、お婿に行けない身体にされる可能性もある。


「10分だけでいいから、ね?こはく、お願い」


「・・・ホントに10分だけだからね」


「やった。こはくありがと!」


まぁ・・・怪我させたのは事実だし。

っていうか、そんなに肩こってるんだったら、俺じゃなくてちゃんと整体師に揉んでもらえばいいのに。


「それじゃあ、よろしくね」


「はいはい」


後ろを向いた遥の両肩に手を添えて、ぐいっと力を入れる。

もんでみてわかった。確かに硬い。肩の筋肉が凝り固まっていて、もみ解すのも一苦労だ。


「どう?こんな感じ?」


「えっと・・・本当に揉んでる?撫でてない?」


キレそう^^

そこまで言うんだったら、手加減なしでもんでやる!痛いって言っても止めてやらないからな!


「ふん!ぐッ!おら!」


「んー・・・微妙」


微妙ってなんだよ!肩の肉嚙み千切ってやろうか!?


「もうしらん!肩揉み終わり!」


「ごめんってばー!そういうつもりじゃなかったんだよ!」


「どーせ俺は、非力の貧乳ロリですよーだっ!」


首輪でもなんでもつければいい!猫耳ロリの俺より、遥の方が力強いんだしさ!


「あーもうマジ。マジでないわー」


「こはくの語彙力なくない・・・?」


「うるさいっ!」


そもそも!遥がイタズラしたのが事の発端で、俺が遥の肩をもんでやる必要なくない!?


「もう肩もみはいいから。ほら、よしよーし」


許可していないのに、勝手に頭を撫でてくる。

その程度で許してもらえると思ったら大間違いだ。


「ふん」


「私が悪かったから。謝るから機嫌直して?」


「・・・ホントに悪いって思ってるなら、もっとちゃんと撫でろ」


「え、えぇ?・・・これでいい?」


「は?ナメてんの?もっと気持ち込めて」


雑に頭撫でればいいと思ってるでしょ?手の動きでわかるもん。これだから遥は。


「もっと全体的に。あと、いいポイントもしっかり撫でて」


「こう?で、合ってる?」


「・・・まあまあかな」


「・・・」


「・・・」


「・・・・・・」


「ぅみゅ・・・・・・」


「えーっと、いつまで撫でていいの?」


「じゃ、あと10分」


人に10分も肩もませようとしてたんだから、遥も10分俺の頭撫でるのがスジってもんじゃない?

もちろん、手を抜いたらやり直しだから。


「んにゅ・・・あ、そこもっと」


「ここだよね?」


「んー、そこそこ・・・」





それから追加で10分、計20分ずっと撫でさせた。

流石に満足したし、遥のことを許してあげた。俺は優しいから。


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