酒を供えて

「かーーッ!ったくさぁ!マジでさぁ!」


「こはく、そんなに一気に飲んで大丈夫なの?」


「まだ1缶しか開けてないから、ヘーキだもん!」


さっきまで酒が入っていたコップを、勢いよく机に叩きつける。

どうしようもすっきりしない夜は、酒を煽るに限る。


「ね、私も1杯貰っていい?」


「遥は絶対ダメ!」


遥に酒を飲ませると、ロクなことにならない。

そして、その被害を被るのはなぜか俺で、酔っ払いの介護はもうやりたくない。


「えー・・・ずっとこはくの愚痴に付き合わされる身にもなってよー」


俺の心は、イケおじロスで荒み切ってるの。

だから、いくらお酒を飲んでも0カロリー。


「それに、こはくが愚痴りたいって言うから部屋まで来てあげたのに、こはくばっかり飲んでるよ?」


「俺はいいの」


空になったコップを満たそうと、缶を傾けるも1滴も出てこなかった。

仕方なく、新しい缶チューハイのプルタブを押し込む。


『カシュッ!』


「もー、言ったそばから・・・」


「全部俺のだから」


「さっきからおじさんの話ばっかりだし・・・」


創作の中の話なのだが、相棒とまで言ってくれたおじさんが死んでしまい、俺の心はご乱心なのである。

その行き場のない感情を、アルコールの力によって吐き出している。


「こはく1人で飲んで愚痴ってるじゃん。私ここにいる必要あるー?」


「ある」


愚痴というのは誰かに感情を吐き出すもので、1人で文句を言っていても意味がない。だから遥は要る。


「ゲームのおじさんの話ばっかりしてるけど、そんなにこはく好きだったの?」


「だって、イケおじかわいいじゃん」


「え・・・?」


「うん?」


ぽかんと間抜けな表情のまま固まる遥。

出来ることなら、その顔を写真に収めたい。


「えっと、こはくが言うイケおじ?の条件って、渋くてかっこいいおじさん、だよね?」


「うん」


複雑な人間関係だとか、暗い過去があるとだと、なお良し。


「こはくは、イケおじのどういう所が好きなの?」


「かわいいところ」


訳ありイケおじが心を開いて、他の人を信頼するシーンなんかは、かなりグッとくるものがあるよね。


「・・・ごめんね、何言ってるのかよくわかんない」


「だから!イケおじはエッチでかわいいじゃん!」


「・・・こはくってもしかして、女の人よりも、男の人の方が好きだったりする?」


「美少女が好き」


それはそれ。これはこれ。

俺だって心まで女の子になった訳じゃないし、告白されるならカワイイ女の子がいいに決まってるし。


「・・・やっぱり、私もお酒飲んでもいい?」


「だめ」


「私も飲まないと・・・こはくの話を理解できない、よっと!」


急に遥が身を乗り出して、俺が持っている缶チューハイを奪い取ろうと手を伸ばす。


「あぶなぁ!?」


「こはくばっかり飲んで、ずるいよっ!」


缶の中身を溢さないよう遥も手加減しているが、腕のリーチの長さを考えて缶チューハイを奪われるのも時間の問題。

このまま遥に奪われるくらいなら、いっそ・・・


「とりゃ!」


「あ、ちょっとこはく!」


一瞬の隙を突いて缶を口元に戻し、勢いよく逆さにする。


「んくっ、んくっ・・・ぶはぁーー」


「あぁーー・・・」


口いっぱいにフルーティーな味が広がり、鼻の奥から甘い香りが抜ける。

アルコールの風味が喉を下って、体の中心に溜まる感覚がする。


「これで取られないもーん」


「と言うかこはく、一気に飲んで大丈夫なの・・・?」


「あぇー・・・?」


そう言われてみると、なんだか体の芯が熱い。

弱火でじわじわと焦がされるように体が火照っていく。


「あっつ・・・」


こんなに熱いのに、なんで俺は服着てるんだ?

もうこれ以上耐えられないし、脱いじゃえ。


「・・・んっ」


「こ、こはく!?」


あぁ、そっか。遥居たんだっけ。

まあ、でもいいか。今着けてる下着だって、遥に選んでもらったやつだし。


「ふぅ・・・」


「・・・もしかして、酔っぱらっちゃった?」


にしても熱い。こんな熱いのに、よく遥は服着てられるな。脱いだ方が涼しくて気持ちいいのに。


「はるか、ぬがないの?」


「え?えっ!?」


んぁ・・・あつい、ちょっとベッドで横になろう。

ベッドがふかふかで気持ちいいから、目も閉じちゃおう。


「ふーー・・・はふぅ・・・」


布団がゆっくりと体の熱を奪う。それが火照った体には心地よくて、ずっとこうしていたい。


「・・・こはくー?そんな無防備にしてると、いたずらしちゃうよー?」


「・・・」


体がぽかぽか熱くて、瞼が重い。

返事するのが面倒くさい。


「本当にいたずらしちゃうよ・・・?」


「んぁ」


だめ、と言ったつもりなのに、上手く声が出ない。


「・・・体、触るからね」


「んっ・・・ぅあ・・・?」


不意に人肌のスベスベとした物が、脇腹や腹の上を撫でまわす。

それがどうにもくすぐったくて、反射的に体を揺れて声が漏れる。


「ふっ・・・ぁっ・・・」


薄目を開けて確認してみると、俺の体を撫でまわしていたのは遥の手だった。

しばらくぼーっと眺めていたら、腹を撫でていた手はどんどん下に行って、腰や太ももを撫で始める。


「んっ・・・んん--」


「わわっ!?」


流石にくすぐったいのが我慢できなくなってきて、ぐいっと遥の体を抱き寄せて胸で受け止める。

そのままゆっくり頭を撫でてやると、俺をくすぐっていた手の動きが止まった。


「よーしよーし」


「え?ちょっとこはく・・・?」


「んー?」


「はぁ・・・今日のところは、もういいや・・・」


あぇ?ヘンな遥。遥がヘンなのはいつものことかぁ。


「・・・えっと、いつまで撫でるの?ちょっと恥ずかしくなってきたって言うか」


丁度いい大きさで、抱き心地のいい体。

ベッドの上で抱きしめてみて気づいたことがある。遥は抱き枕にピッタリだ。


「・・・」


「・・・こはく?」


「・・・・・・」


胸元に当たる吐息が少しくすぐったいものの、遥が身じろぐ度に遥の匂いがふわりと舞って、むしろこっちが包み込まれているかのように錯覚する。


「すぅ・・・すぅ・・・」


「・・・え?もう寝ちゃったの?」





――――――――――





「・・・ん?」


まだ日が昇っていないにも関わらず、唐突に目が覚めた。

知っている天井。いつもと変わらないはずの俺の部屋。のはずなのに、何かがおかしい。


「あ、こはくおはよー」


「へっ・・・遥?」


「こはくの寝顔、可愛かったよー」


横で寝たまま、へにょ、と笑って馬鹿なことを言う幼馴染。髪が少し乱れており、まるで遥も丁度今起きたばかりのようだった。


「そうだ。こはくの髪の毛、私が解かしてあげよっか?」


「いや、いいし・・・んん?」


遥の提案を一蹴して、上半身を起こした時。

布団を払い除けた少女の体に、あるはずの物がなかった。


なぜか俺は服を着ておらず、下着姿で遥と同じベッドで寝ていた。


「強情だなぁ。こはくだって、髪解かしてもらうの好きでしょ?」


「そんなこと気にしてる場合かッーー!」


髪よりも下!俺がなんで下着だけになってるの!?


「俺の服どこ!?どうせ遥がなんかしたでしょ!?」


「えー?言いがかりは止めてよ。こはくが自分で脱いだんだよ?」


「そんなことあるわけないし!あと、なんで遥が俺のベッドで一緒に寝てるの!」


「・・・もう、こはくってば。昨日はあんなに抱いてくれたのにー」


ちょっ、そういう冗談、ホント面白くないから!

・・・え?マジで冗談だよね?


「・・・いや!何もなかった!」


思い出した!俺が酔っぱらって、下着姿になって遥と同じベッドで寝ただけで、何もエ、エッチぃ・・・ことはしてない!


「だいたい、遥も紛らわしい言い方するな!」


「動揺するこはくが可愛くって、つい」


「つい、じゃないんだが?そもそも、遥とそういうことする訳ないし!」


「・・・ふ--ん?こはくは私とそういうこと、したくないんだ?」


「あ、当たり前じゃん!?」


た、確かにぃ?胸はそこそこデカいし、スタイルも結構いいけど?でも中身が遥じゃん?だって遥だよ?ねぇ?


「・・・またからかってるだろ!服着るから部屋出て!」


「わかったってばー。だからそんなに蹴らないでよ」


いつまでもベッドから出ようとしない遥を蹴り出し、先に顔を洗ってくるよう言って部屋からも追い出した。


「はぁ・・・」


やっと静かになったおかげか、肩の力が抜けてたため息が漏れる。


「1日1本にしよう・・・」


床に散乱した服と、空になった2本の缶チューハイを見て、そう誓った。


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