手のひらサイズの秘密

「ちょっとだけ・・・先っちょだけ・・・」


人間とは欲深い生き物で、よくないことだとわかっていても、どうしても好奇心に負けてしまう。

誰しも似たような経験はあるだろうし、長い歴史もそれを証明している。


汗が滲んだ指で、光を放つ画面をなぞる。


「どれどれ・・・」


事の発端は、数分前に遡る・・・





――――――――――





それはぐっしょりと濡れた遥が、俺の部屋にやってきたところから始まった。


「やー、傘持って行くの忘れちゃって、大変だったよ」


「だろうね」


「あ、お風呂借りていい?急いで帰って来たんだけど、結構濡れちゃって」


「それは別にいいけど・・・なんで俺の家に来たわけ?」


外から、ざあざあと水が躍るような音が聞こえる。

濡れた窓から外を覗けば、道にはいくつも水溜まりができていて、傘をさして歩く人が見える。


けれどこの幼馴染は、今日は雨が降ると天気予報が散々言っていたはずなのに、雨具を持たずに外出したらしい。バカだ。


「なんでこはくの家に来たって・・・だって私の家、今誰もいないんだよね」


「・・・だから?」


「家で1人でいるより、こはくと一緒に居たいって思ったから」


「・・・じゃあ、なんで家でシャワー浴びるわけ?別に、遥の家のシャワーでよくない?」


「逆に聞くけど、シャワー浴びた後に外に行ったら、また濡れちゃうよ?」


確かに俺の家のシャワーを使えば、雨に濡れずに俺に会うことが出来る。

遥が俺の家に入り浸っているせいで、替えの服は置いてあるから、着替えの心配もない。


そもそもの話、遥は自分の家に帰って、そっちでシャワー使って、そのまま大人しく家に居ればいいのでは・・・


「はぁ・・・もう何でもいいから、風邪引く前にシャワー入ってきて」


「こはくも一緒に入る?」


「はいはい。早く入らないと、ホントに風邪引くぞ」


「そっか、じゃあ背中流し合いっこしようね」


何を勘違いしたか、俺の手を取って部屋から連れ出そうとする遥。

不穏な気配を察知して、全力で踏ん張って抵抗する。


「待てぇ!俺は風呂入らないから!」


「・・・なーんだ、つまらないのー」


こいつ、俺を風呂に連れ込んで遊ぶ気満々だったな?

第一、いくら幼馴染だからって、男と一緒に風呂入るもんじゃないって。

女の子としての自覚がー、とか言うくせに、遥だってその辺の意識足りてないじゃん。


「とにかく!さっさと風呂入ってこい!」


「その前に、お母さんに連絡だけさせて」


自由奔放というかマイペースというか。

さっきの無駄な会話する前に、親への連絡くらい済ませておいてほしい。


「・・・うん、これでいいかな。それじゃあ、お風呂借りるね。一緒に入りたくなったら、いつでも来ていいよ」


「はよ行け」


冗談ばかり言って、中々風呂に行かない遥の背中を、ぐいぐい押して部屋から追い出す。

雨でびしょびしょに濡れた服のまま家の中をうろつかれたくないし、万が一にも風邪を引かれたら厄介だ。


「ふぅ・・・」


やっと静かになった部屋で、ゆっくり息を吐いて肩の力を抜く。


遥はあと30分くらい風呂に入ってるだろうから、ゆっくり撮り溜めたアニメでも観ようかな?

遥が戻ってきたら、騒がしくてアニメどころじゃなくなるだろうし。


「・・・ん?」


パソコンの前に戻ろうとした時、遥が置いていった荷物の上に放置されたスマホが目についた。


それは遥のスマホで、メッセージアプリが開いたままのところを見るに、親に連絡をした後、スリープモードにし忘れたらしい。


「・・・」


猫耳をピンと立てて、息を殺す。

雨が降る音がするだけで、遥が部屋に戻ってくる足音はしない。


今、このスマホを覗き見ても、誰にも気づかれることはない。





「ちょっとだけ・・・先っちょだけ・・・」


人間とは欲深い生き物で、よくないことだとわかっていても、どうしても好奇心に負けてしまう。

誰しも似たような経験はあるだろうし、長い歴史もそれを証明している。


汗が滲んだ指で、光を放つ画面をなぞる。


「どれどれ・・・」


まずは検索履歴からだな。

遥のことだから、どうせロクでもない物ばっかり調べてるんだろうけど・・・

せっかくの機会だし、普段遥が何見てるのか見てみよう。


「んーーと『猫 飼い方』『猫 撫でる』『子供服 130cm』・・・」


なんだこの検索履歴は!

俺は!猫じゃないし!ロリでも!ない!


エロサイトの1個でもあれば面白かったのに、ほとんど俺に関係するものばっかりじゃん!


「はぁ・・・もういいや」


検索履歴を漁るのは諦めて、次はSNSのアプリを立ち上げる。

インターネットの匿名性は人の本性を暴く。いくら機械類に疎い遥と言えど、SNSくらいは使っているはずだ。


「ふへへっ・・・さーて、遥の裏の顔は?」


まず最初にあったのは、どこかの町の夜景。次はオシャレなカフェの写真。


「・・・・・・」


その次は子猫の動画、犬の写真、食べ物、コンビニのRTキャンペーン・・・

しばらく探してみたものの、遥の投稿は見つからず、他のアカウントのRTしか出てこない。


「見る専かよ!!」


全然投稿してない!至って健全な使い方してる!

まあね?今の時代、インターネットのトラブルが絶えないから、見る専でも全然いいと思うけどさぁ!?


「そういうことじゃなくて!」


愚痴とかぼやきとか、欲にまみれた投稿が見たかったのであって!

決して、猫とか飯テロが見たかったわけじゃない!


「はーーぁ・・・何してんだろ」


何か面白い物が見つかると思っていたのに、結果は拍子抜けもいいところで、遥のスマホを覗き見るのもすっかり飽きてしまった。


「・・・なんか、無駄に疲れた」


「こはく、どうかした?」


「ピ二ャアアァァッッ!!??!」


背後から聞こえた声に飛び上がる。

着地と同時に振り返ると、肩にタオルをかけて髪を濡らした遥が仁王立ちしていた。


「アイエエエ!?ハルカ!?ハルカナンデ!?」


「なんでって、シャワー浴びてきたんだよ?」


馬鹿な!?いくら何でも早すぎるッ!

遥が風呂に行ってから、まだ10分くらいしか経ってないぞ!?


「それよりもこはく、今後ろに何か隠したよね?」


「イエ、ソンナコト、アリマセン」


「んんー、直接確認した方が早いかな?」


「へっ?おわぁっ!?」


いきなりグッと強く肩を押され、後ろにあったベッドに押し倒される。

うつ伏せにされて、両腕もしっかりベッドに押し付けられて動かない。


「き、急になにするんだよ!」


「ね、なんで私のスマホを持ってるの?」


「それはぁ・・・あれだよ」


穏やかな口調で聞いてくる。

うつ伏せになっているせいで、遥の顔はよく見えないが、かなり不味い状況なのはわかる。


「勝手に私のスマホ見たんだよね?」


「・・・それは、そのぉ」


「見 た ん だ よ ね?」


「ち、ちょっとだけ・・・」


「何をどこまで見たか、教えて?」


更に強く腕を押さえつけられる。

ここの返事を間違えると、取り返しがつかない事態になる。


「えっと、検索履歴と、SNSの方を少々・・・」


「それだけ?」


「それだけだって!他になにも見てない!」


「ふーーん・・・」


冤罪・・・とは言い切れないけど、ホントにそれ以外は見てないし!


「嘘は吐いてないみたいだから、今回はこれくらいで許してあげる」


これは助かった・・・のか?


「そもそも、勝手に他の人のスマホ見たら駄目だからね?」


「はーい・・・」


腕を押さえつけていた遥の手が放れる。

一時はどうなるかと思ったが、何とか軽い注意程度で済んだ。


次やる時は、もう少し上手くやらないと。


「こはく?本当に反省してる?」


「してるしてる!超反省してる!」


「怪しいなー?念のため、お仕置きしておいた方がいいのかな・・・」


「反省してる!もうやらないから!」


「・・・ならいいんだけど」


前言撤回。もう二度と遥のスマホを覗き見たりしない。

俺だって、命は惜しいから。


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