筋肉「は」裏切らない

「こはく、おはよー」


いつものように、ノックもせず無遠慮に俺の部屋に入ってくる遥。

警戒心のない表情は、完全に俺をナメている何よりの証拠だ。


「ねぇ遥?俺、思ったんだよ」


「急にどうしたの?」


「いくら幼馴染とはいえ、そんな気軽に男の部屋にくるもんじゃないの!」


「そうかなー?別に今更だと思うけど。それにこはくの部屋だからだよ?」


「とにかく!俺だって男だし、襲われるとも限んないだからな!」


「ふーーん・・・襲われるって、例えばこんな風に?」


「え?わぶぅ!?」


語気を強めに言ったのが遥の琴線に触れたようで、若干目尻が吊り上がった遥に突き飛ばされ、ベッドにうつ伏せに倒れる。


体を起こすよりも早く両手をベッドに押さえつけられて、尻の上の辺りで遥が膝立ちになっているせいで腰を横に逃がすこともできない。


「襲う、なんて言うけど、一回だってこはくがそんな素振りをしてくれたことなかったよね?」


「なにさ!俺が意気地なしって言いたいわけ!?」


「んー・・・まあ、そういうことになるのかなー?」


「んぎィーーー!はいもう怒った!今日という今日は、無事に帰れると思うなよォ!」


もう絶対に許さん!例え仏が許しても、俺は絶対に!ぜぇーーーったいに!ゆ゛る゛さ゛ん゛っ!


「・・・それで?ここからこはくはどうするの?」


「んっ、んんん・・・これをこうして・・・ふりゃ!」


「ひゃあっ!?」


手を押さえつけられて、足も届かない。

詰んでいるように見える状況だが、まだ自由に動かせるところがある。


腰の後ろから生えている、猫の尻尾だ。


俺の上で膝立ちになって油断していた遥の太ももに、尻尾を巻き付けて一気に擦り上げる。


「今だッ!」


予想外の刺激に、両手を押さえつける力が一瞬弱まる。

その隙を見逃さず、両手を抜き取って遥の拘束から逃れる。


「ぷっくく~!ひゃあっ、だって!遥もちょっとはかわいいとこあるじゃーん!」


「・・・こはく、あんまり調子乗らない方が身のためだよ」


「調子乗ってるのは遥の方だろ!今まで散々俺で遊んできたじゃん!」


無理やり着せ替えたり、勝手に頭撫でてきたり・・・俺の方が遥に振り回されてきたんだけど。


「遥の魔の手から抜け出せたし、そろそろ本題いきますか」


「まだ何かあるの?」


「それじゃ、あらためて・・・遥!俺と勝負しろ!」


懐に忍ばせていた手袋を取り出し、全力で遥に投げつける。

遥に向かって、時速60kmほどで飛来する手袋。一直線に飛ぶ手袋を遥は咄嗟に受け止めてしまった。


「もう、いきなり物投げたら危ないよ」


「拾ったな遥!これで決闘成立だから!」


手袋を投げて、相手がそれを拾えば決闘が成立する。

この場合、直接叩きつけているわけだけど、細かいところは気にしない。


「決闘?・・・さっき、思いっきり私に負けてなかった?」


「あれはノーカン!不意打ちだったから、俺は負けてない!」


「私は別にいいけど・・・このパターン何回もやってるのに、こはくが勝てた試しがないよ?」


「うるさい!今日こそ勝つし!」


確かに、俺が猫耳少女になってからというもの、勝率はあまり高くはない。

けれど、それは昨日までの俺の話。今の俺は一味も二味も違う。


「それで今度は何で勝負するの?またズルしたら・・・わかるよね?」


「もうイカサマしないし!今日は正々堂々勝負するの!」


それにイカサマを見破れない方が悪い。


「今日の勝負は腕相撲だから!」


「え・・・?えっ?」


「だから、腕相撲だって」


「本気で言ってる?」


「うん」


「こはくが男だった時ならまだしも、女の子になってから筋力落ちてるよね?」


「だいじょーぶ!」


普通に考えれば、遥の言う通りだ。

猫耳少女になったせいで、男の時よりも筋力が下がっていて、女の遥にすら勝てなかった。


だけど、今の俺は違うのだ!辛く苦しいトレーニングを積んで、前とは比べ物にならないPowerを手に入れたのだ!

今日こそは男らしく、純粋な力で遥をねじ伏せる!


「・・・一応、念のため聞いておくけど、これに負けたら何でも言うこと聞くの?」


「あったりまえじゃん」


「私は損しないからいいけど・・・止めておいた方がいいじゃないかなー?」


いまいち遥のノリが悪い。

俺の身を案じているつもりだろうが、そういうところがナメている。


「なぁーんだ、遥がビビりだと思わなかったわー。まぁ?負けるのがそんなに怖いんだったら、しょうがないなぁ?」


「・・・いいよ。もし私が負けたら、こはくの言うこと何でも聞いてあげる」


「うっひひひ!その言葉、忘れるなよ!」





――――――――――





机を挟んで遥と睨み合う。

袖を捲って右手を机の上に出すと、遥も同じように右腕の肘をつく。


「うぃ、まずは手を組んで」


俺の右手と、遥の右手を机の中央で重ねる。

握手なんて生温いものではなく、手が滑らないようにガッチリと力を込めて組む。


「・・・?」


「こはく、どうかした?」


「いや、べつに」


特別デカいってわけじゃないけど・・・遥の手って、こんな大きかったっけ?


「こはく?」


「え?あぁっと・・・タイマー5秒でかけるから、鳴ったらスタートね」


「うん。わかった」


スマホを取り出し、タイマーを5秒にセットして遥にも見えるように机に置く。


「・・・準備はいい?」


「いつでもいいよ」


「それじゃ、いくよ・・・」


遥が頷いたのを確認してから、タイマーのスタートボタンを叩く。

素早く手を戻し、ゆっくり息を吸い込んだ。


『ピピピッ!』


電子音が聞こえたと同時に、組んだ遥の手を机に向かって全力で押す。


「ほんにゃぁぁぁ!!!」


ぐゥッ!わかってはいたけど、遥も中々やるッ!


「んんんぐぅぅぅぅうう!!!」


「・・・」


なんだと!?ちょっとずつだけど、俺の方が押し負けている・・・だと!?


「ふんぎぎぎぎぎ!!!」


「・・・・・・」


こうなったら、最終必殺奥の手を出すしかないようだな!

出でよ!ゴッド・ハンドL!


「とぉぉおう!!!」


「あっ!左手も使うのズルじゃないの?」


「左手も使っちゃいけない、なんてルールはなぁぁい!」


いけるッ!押し返してきてる!筋力で遥に勝てる!!


「うおおぉぉっ!!いっけぇぇえええ!!!」


「・・・んんっ!」


遥が短く唸ると、握った手がより一層重くなり、その場に固定されたように動かなくなる。


「んがぁぁぁぁああああっっ!!!」


「っ!」


腕が小刻みにプルプルと震え始める。限界が近づいてきている証拠だ。


「お゛お゛お゛お゛お゛!!!」


「ふっ!」


数十秒の激闘の末、ついに手が机に倒れる。

二の腕がビリビリと痺れ、打ち付けられた手の甲は赤くなっていた。





――――――――――





「どーせ俺は、貧弱猫耳ロリですよ・・・」


部屋の隅で膝を抱えてうずくまる。

俺は両手を使ったにも関わらず、右手1本の遥に、筋力で負けた。


「どーせ筋力よわよわですよ・・・もう遥に力で勝てませんよぅ・・・」


「えーっと・・・元気出して?」


遥の手が猫耳が潰れた頭を撫でる。それを尻尾で払いのけ、滲んだ目で遥を睨みつける。


「遥にはわからんでしょうねぇ!女に力で負ける男の気持ちが!」


「そんな泣くほど・・・?」


「泣いてない!」


べつに泣いてないし。こんなので泣くわけないし。


「負けたくないんだったら、もっと他の勝負にすればよかったのに・・・」


「だって、男らしく力で勝ちたかったんだもん!」


今まで散々辱められて失った、男の尊厳を取り戻したかった。

遥に何か命令したかったとかはなくて、ただ単純に男としての自信がほしかっただけ。


「やっぱ遥だって、俺一人じゃ何もできない猫耳ロリだって思ってるんでしょ・・・」


「そ、そんなことないよー?」


「ウソだ」


だって、目が泳いでたもん。テキトー言ってるに決まってる。


「嘘じゃないよ。こはくにもかっこいいとこあるよ」


「例えばどこら辺が?」


「え、えー?・・・ゲーム上手いところ、とか?」


「そんなの別にかっこよくないし」


やっぱりウソだったんだ。かっこよくないんだ。


「いざって時は頼りになるな、って思ってるよ?」


「・・・他には?」


「文句言いつつも、何だかんだ付き合ってくれるところとか」


優しい声色でゆっくりと言葉を続ける。

真っすぐ見つめ返してくる瞳は、ウソをついているようには見えない。


「俺のこと、ほんとにかっこいいって思ってる?」


「本当に思ってるよー。こはくのかっこいいところも、私はいっぱい知ってるから」


「・・・ぅん」


なんだかこっちが恥ずかしくなって、つい目を逸らす。


でも、嬉しかった。女の子の体になっても、ちゃんと俺のことを『黒寝こはく』として見てくれていることが、何よりも嬉しかった。


「それに他にも・・・「あー!もういいから!」


これ以上は嬉しさよりも、恥ずかしさが勝る。

強引に話を遮って遥の口を止めさせる。


「そ、それで!勝負は遥が勝ったけど、俺に何してほしい?」


「え、いいの・・・?」


「まぁ・・・男に二言はないし」


「やった。んーー、どうしようかなぁー」


さっきまでの真っすぐで誠実な態度はすっかりなくなって、おもちゃを選ぶ子どものように楽しそうに悩む遥。

それはいいが、あまり変なお願いはしないでほしい。


「あ、それじゃあ耳かきがいいかなー」


「えっ、それって俺の耳で・・・?」


自分じゃ見えないけれど、頭の上の猫耳がへにょっと伏せたのがわかる。


「そうじゃなくって。こはくに耳かきしてほしいなー」


「それくらいならいいけど・・・でも、他の人に耳かきなんてやったことないんだけど」


「なんとかなるよ。耳かき棒取ってくるから、こはくはここで待ってて」


そう言うと同時に、バタバタと部屋から出ていく遥。

開けっ放しの扉からは、リビングの方で何かを漁る音がここまで聞こえてくる。


「なんとかなるって・・・なるかぁ?」





――――――――――





「それじゃあこはく、よろしくね」


「お、おう・・・」


ベッドの端に座った俺の膝の上に、横になった遥の頭が乗っている。

とりあえず耳かき棒を受け取ったものの、何をどうすればいいのかよくわからない。


「マジ自信ないから、痛かったらすぐ言えよ?」


「うん。わかった」


いきなり耳の穴に入れるのも怖いし、まずは耳のふちからやってみよう。

寝転がった遥の耳のふちを、耳かき棒の先端で軽く引っ搔く。


「もう少しだけ強くして大丈夫だよー」


「うっす」


ほんの少し指先に力を込めて、もう一度耳かき棒を動かす。

何も言わないということは、これくらいの力加減でいいらしい。


耳のふちを下からなぞって、それが終わったら次は耳のくぼみを1つずつ掃除していく。

普段から手入れしているのか、目立った耳垢はなく、掃除としての意味は薄いがマッサージだと思って丁寧に進める。


「・・・」


「・・・そろそろ、耳の穴行くからね?」


意を決して、耳かき棒の先を暗い耳の穴に入れる。

奥に入れすぎないように注意しながら、ゆっくりと耳の中を掻いてみる。


「・・・」


遥は目を閉じてリラックスした表情のまま。少しずつ掻く場所を変えながら、耳かき棒を動かす。


陰になっているところを注意して一通り回ったら、耳かき棒を逆さに持ち替えて、ふわふわの毛玉・・・梵天で細かい汚れを拭い取る。


「わっ・・・これくすぐったい」


「危ないからガマンしろ」


たまにピクピクと震える遥を押さえながら、仕上げに梵天で耳全体を拭う。


「うい、じゃ反対側も」


「うん、ありがと」


膝枕の上で遥が寝返りを打って、逆側の耳を上に向ける。

そっちも同じように耳かき棒で耳のふちから掻いていく。


「・・・」


「・・・」


ふと気づいたが、このポーズだと俺の腹に遥の顔が押し付けられている。

自分の腹に顔をうずめられていると思うと、なんだか落ち着かない。


「こうしてるとね・・・」


「うん?」


不意に遥が口を開く。

吐息が直に腹を撫でるせいか、妙にくすぐったい。


「こうしてると、こはくの匂いがすっごいする」


「ばッ!?耳に耳かき棒つっこんでるんだから、あんまヘンなこと言うな!」


「ごめんごめん」


危うく遥の鼓膜を突き破るところだった。

腹の匂いは不可抗力なのだがら、あまり嗅がないもらいたい。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


互いに口を閉じると、2人分の呼吸音だけになる。

静かになった部屋で、耳かきを再開した。





――――――――――





「遥、マジでそろそろ起きて」


「んっ、んんー?」


閉じていた瞼がゆっくり開いて、眠そうな瞳が俺を見つける。


「あーー、私寝ちゃってた?」


「寝たって言っても、十数分だけだけど」


ふやけた目つきで、俺を見上げる遥。

いつもだったら、頬をつつくなり、写真を撮るなどして遊ぶところだが、今ばかりはそんな悠長なことも言っていられない。


「ねぇ遥」


「どうしたの、こはく?


「足痺れて死にそうだから、早く退いて」


「・・・つんつん」


「ぎいぃぃぃぁぁああああッッッ!??!?」


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