青い海に憧れて

「いいな・・・こういうとこ」


遠くから聞こえる蝉の声をBGMに、エアコンが効いたリビングのソファの上に寝転がって、遥の膝を枕に乗せたままぼそりと呟いた。


「へー、珍しいね。こはくが家の外に興味持つなんて」


「それ、シンプルに失礼じゃない?」


駄弁る俺と遥の前には、澄み切った青空と果てしなく続く水平線、日の光を受けて白く輝く砂浜・・・が、映るテレビがあった。


「あーーぁ、あんなキレイな海行ってみたいなぁ・・・」


「家から行ける距離に海あるよ?」


「水の透明度が違うじゃん」


俺が行きたいのは、海底が見えるようなキレイな海であって、都会の濁った海じゃないの。

まぁ、あれでも最近はキレイになってきてるらしいけど、それでも観光地になるようなキレイな海とは違うでしょ。


「行ってみたくない?透き通った海に」


「私はこはくと一緒だったら、大抵どこでもいいけど」


「はぁーー、わかってないなぁ。これだから遥は・・・」


「こはくの方が、引きこもりくせに」


きらめく砂浜と、熱い日差しに照らされた夏の海は、老若男女問わず人気の場所だ。

それが蒼く澄んだ海なら、なおさらのことである。その良さがわからないなんて、俺の幼馴染は随分と世間知らずだ。

あと引きこもりは関係ない。


「じゃあ聞くけど、こはくは海に行って何したいの?」


「え?特にないけど」


「泳いだりしないの?」


「泳ぐんならプールでよくない?」


「・・・もしかして、女の人の水着目当て?」


「は?なに言ってるの?」


いったい俺のことをなんだと思っているか。


さっきから言っているけど、俺は透き通った海を見たいだけ。

海底まで見えるようなキレイな海が、本当にこの世に存在するのかこの目で確かめてみたい。


「俺はキレイな海に行きたいだし!他意はない!」


「ふぅーーん?」


「・・・なんだよその態度は。あんま信じてないだろ」


「いやー?こはくは私の水着に興味ないのかなーって」


「べつに興味ないけど」


子どもの頃から、遥の水着姿なんて数えきれないほど見ているし、水着フェチでもない。幼馴染の遥の水着姿なんて今更興奮するような物じゃない。


「こはくひどーい。私傷ついちゃったんだけど」


「はいはい。めんごめんご」


大袈裟にショックを受けた振りをする遥を適当にあしらう。

どうせ大して気にしていないのだし、これくらい雑でも大丈夫だろう。


「そういえばこはく、水着持ってないよね」


「・・・持ってないけど。だからなに」


正確には1着は持っていたはず。だけどそれは男物の水着で、猫耳少女になった今の体では着ることはできないだろう。


「夏になったら、こはくと海行ってもいいかなーって。だったら水着は必要だよね?」


「いきなりそんなこと言われても・・・」


「私は結構乗り気だよ?それに、こはくはもっと日の光浴びた方がいいよ」


最後の一言に関しては余計なお世話だ。

俺は日の光を浴びると弱体化するし、今のままで全然問題ない。


「そういうことだから。今日はこはくの水着を買いに行こー!」


「え?」


そう遥が声高々に宣言すると、ソファに寝転んでいたはずの体が急に宙に浮いた。

手足をばたつかせても空を切るばかりで、一向に床に降りる気配はない。


半ばパニックになりながら辺りを見回すと、俺の体を小脇に抱えて満面の笑み浮かべた遥と目が合った。


「あ、ちょ、何してんの!?降ろせっ!」


「暴れたら危ないからねー」


「うるさいっ!水着買うって言って、俺を着せ替え人形にして遊びたいだけだろ!」


「まあまあ。細かいことは気にしなーい、気にしなーい」


「細かくない!いいから降ろせー!」





――――――――――





「くッ、辱めを受けるくらいなら・・・いっそ殺せ!」


「はいはい。可愛いお顔が台無しだよー」


人の話を聞かない極悪非道の鬼畜遥に誘拐された先は、近所のショッピングモール。

ここに来るのも大分久しぶりだが、もう帰りたくてしょうがない。


「・・・・・・」


「こはくにはどんな水着がいいかなー。どれも似合いそうだよね」


楽しそうに妄想に浸る遥をチラリと盗み見る。

このまま水着売り場まで連行されれば、試着だの何だのと服を剝ぎ取られて、家に帰ることもできない格好にされるだろう。

そうなったら一巻の終わり。つまり、逃げるなら今しかない。


「あっ!あそこにUFO!」


「え?何?」


でたらめな方向を指差して、世紀の大発見をしたかのように叫ぶ。

そもそも、ここは屋内でUFOどころか空も見えない。それでも俺の声に反応して、周りにいた他の人もこっちを振り向く。

穴があったら入りたいが、せっかく作った隙を逃すわけにはいかない。


「よし!今だッ!」


「もー、急に走り出したら危ないってば」


無理やり繋がされた手を振り払おうとしたはずが、俺の手を握る遥の手はびくともしなかった。

それどころか、絶対に逃がさないと言わんばかりに遥の手の力はより一層強くなり、細い手首にギチギチと食い込む。


「いッ!?ちょっ、痛い!」


「あっ、ごめんね?でも、逃げようとしたこはくが悪いんだよ?」


すぐに手の力は緩んだが、それでもまだ少し痛いくらいの力で手首を締め付けてくる。


「もうちょい緩めて。まだ痛いんですけど」


「そうしたら、今度こそ逃げるでしょ?」


「・・・そんなことない、かもしれないかもよ?」


「だーめ。こはく、絶対逃げようとするから。少し痛いくらいは我慢して」


遥はそう言って、腕を引っ張るようにしてショッピングモール内を歩き始める。

俺にとって、この先に進むのは処刑台に上がるに等しいのに、強引に手首を引かれて、無理やり前に進まされる。


「・・・強引怪力ゴリラめ」


「何か言った?あ、首輪着けたいって言ったのかなー?」


「いえなんでもないです」


やべっ。つい本音が。

今、遥の機嫌を損ねると何をされるかわかんないし、迂闊なことを言わないようにしないと。


「かわいいこはくちゃんは、どんな水着がいい?」


「・・・別にかわいくないし。海パンで十分でしょ」


「だーめ。こはくは女の子なんだから、かわいい水着着なくっちゃ」


自分が着る服でもないのに、きっぱり断言する遥。

何度も何度も言っているが、俺は男で、女の人の水着姿を眺めることはあっても、自分で着たいとは微塵も思っていない。


「心配しなくて大丈夫。私が責任持って、こはくに一番似合う水着を選んであげるからね」


「そんな心配なんて1ミリもしてないんだが?」


「もー、またそんなこと言って・・・あ、着いたよ。ほら見て、かわいい水着がいっぱいあるよ」


恐る恐る顔を上げると、下着と見紛う布面積しかない水着が棚いっぱいに並べられていた。そこは俺にとっては処刑場に等しい場所、悪夢の水着売り場である。


「アー、ナンダカ、オナカ、イタイナー。チョット、オハナ、ツンデキマス」


「今更逃げようとしても駄目。私が何着か選んでくるから、こはくは先に試着室で待ってて」


「そもそも、何着も試着する必要ある?なんかいい感じなのをテキトーに選べばいいじゃん」


「男の人の買い物じゃないんだから、駄目に決まってるでしょ?」


「だから俺は男で・・・って、ねぇ!?せめて最後まで言わせてよ!」


頬を膨らませて反論する俺を無視して、遥の手がぐいぐいと力任せに試着室の方へと引っ張る。

死に物狂いで抵抗するも、怪力ゴリラの剛力には勝てず、試着室という名の密室に連れ込まれてしまう。


「・・・こんな所に連れ込んで、俺にヒドいことするんでしょ!エ□同人みたいに!」


「何って水着の試着だけだよ?同人誌の読みすぎじゃないかなー」


「嘘だッ!人には言えないようなこと、いっぱいするつもりなんだ!」


「はいはい。お洋服ぬぎぬぎしましょうねー」


「あ、ちょ、やめろ!」


一緒に試着室に入ってきた遥が、無理やり俺の服を脱がそうとしてくる。

その手を払いのけ、試着室の隅に避難して遥を睨みつける。


「まだ水着持ってきてないのに、なんで服脱がそうとするの!?」


「服を脱がせておけば、試着室から逃げられなくなるでしょ?」


え?なに『当然でしょ?』みたいなテンションで言ってるわけ!?そんな雑な理由で脱がされるの俺!?


「そういうことだから。大人しく脱がされてねー」


「あっ、やめっ、ああああーーー!」





――――――――――





「んーー、こはくのパンツちょっとヨレてきちゃってるし、そろそろ変え買えないとねー」


「しくしくしく・・・」


あっという間に着ていた服の殆どを遥に剥ぎ取られ、試着室の端で静かに涙を流していた。

シャツもスカート、靴下に至るまで全部剥ぎ取られた。残された衣服は、度重なる洗濯でくたびれつつあるパンツと、着け心地を重視して選んだ地味なスポブラだけ。


「しくしく・・・シテ・・・俺の服、カエシテ」


遥が水着を選んでる間、俺が逃げられないようにするためだからって、無理やり服剥ぎ取る必要なくない!?コウジョリョーゾク?に反すると思うんだけど!


「それじゃあ、こはくの服は預かっておくね。水着を選び終わったら返してあげるから」


「いつ返すの?」


「だから、水着選んだ後だってば」


「今でしょ!?」


「まだだよ?」


逃げる逃げない関係なく、家の外で下着姿なのちょっと心許ないから、せめてシャツの1枚くらい返してほしいんだけどぉ・・・


「こはくに似合いそうな水着を何着か選んでくるから、大人しく待っててね」


「うぐぐ・・・」


言うが早いか遥は試着室から出て行ってしまい、足音もどんどん遠ざかってついに聞こえなくなった。


このまま大人しく待っていれば、遥の着せ替え人形にされるのは目に見えている。

とは言え、服がなければ試着室から出ることはできない。


「・・・と、思うじゃん?」


遥め、詰めが甘いな!連れ込まれた試着室の前は、男物の水着売り場なのだよ!

自分で着るならまだしも、ひらひらの水着を無理やり着させられるなんてまっぴらごめんだからな!


男の尊厳を取り戻すため、俺は男物の水着を着るぞ、遥ァーーー!


「近くに誰も・・・いないよね?」


試着室の扉代わりのカーテンの隙間から、外の様子を伺う。

水着売り場の隅の方だからか、近くに人の気配はないように感じる。


右を見て、次に左を見て、最後に念のため右を確認して、試着室のカーテンからそっと腕を伸ばす。


「んっ、しょっ・・・」


んぎぎ・・・思ってたよりも向かいの棚まで距離があるんだけど・・・

もうちょい、あとほんの数センチで掴めるのに!くぅッ!伸びろアーム!届きそうなほどリーチ!


「ほぉぉおぉっ!・・・よしゃ!」


肩の関節が外れそうなほど必死に伸ばした指の先が、ついに水着の端を掴んだ。

水着を落とさないよう細心の注意を払いながら、素早く腕を試着室の中に引き戻す。念のため、辺りの様子を確認してみるが、変わらず人の気配はなく、遥もまだ戻ってこない。


「よしよし、今のうちに・・・」


遥が試着室に戻ってくるよりも先に、素早くヨレたパンツを脱ぎ捨て、代わりに男物の水着に足を通す。


猫耳少女になってからというもの、股の辺りに余裕がある男物の水着や、パンツを履く機会はめっきり減った。

別に男物のパンツが嫌いになったとかそういうわけじゃなくて、男物のパンツは全部遥によって捨てられたからだ。


そのせいで俺が男に戻った時に履けるパンツは家にないのである。


「男に戻った時のために、男物の服とか集めて直しておかないと・・・」


男物の水着を腰まで引き上げて最後にブラも外し、久しぶりに男らしい恰好になった自分の姿を鏡で確認する。


「・・・」


鏡の中には居たのは、今にもずり落ちそうな水着を履いて、僅かに膨らんだ胸を堂々と張った猫耳少女だけだった。


「なんか、思ってたんと違う・・・」


もっと、こう・・・海でナンパする陽キャみたいなウェイウェイしてる感じを想像してたのに、ふざけてパパの水着履いた女の子って感じになってるじゃん。

ていうか、この水着のサイズって・・・げっ、XLサイズかよ。通りでぶかぶかになるわけだ。


「こはくー、可愛い水着いっぱい選ん、で・・・?」


「うにゃぁぁぁぁああ!?」


突然試着室のカーテンが開かれ、大量の水着を抱えた遥と目が合った。今の自分の恰好を思い出した瞬間、一気に顔が熱くなって尻尾の毛が太く逆立つ。

慌てて両腕で胸を隠し、水着が落ちないように尻尾で押さえるも、時すでに遅し。


「これはちがっ、っていうか勝手に開けるな!」


「なんていうか・・・えろいね」


「うっ、うるさいうるさい!」


間抜け面でぼーっと突っ立っている遥を、唯一動かせる足で遠慮なく蹴る。

これに関しては遥が悪いのだから、文句は言わせない。


「痛い、痛いってば。・・・そもそも、どこから持ってきたの?その水着」


「・・・向かいの棚から取った」


「そういえばあったね。サイズが大きすぎるし、何より似合ってないよ?」


「そんなことないし!」


確かにサイズはちょっとデカすぎるけど、似合ってないってことはないし!絶対にない!


「じゃあ、その手は何?どうして胸を隠してるの?」


「そ、それは・・・」


「こはくも、やっと女の子の自覚が出てきたんだねー」


「うるさい!俺は男なの!」


「はいはい。それよりこっちの水着の方が可愛いよ」


「だから男だって!」


遥が両手に抱えた水着の束から1着選んで、見せつけるように広げる。

薄いピンク色のフリルがついた水着。どう見ても女物の水着だ。


「まずはこれ着てみて。サイズも多分大丈夫なはずだから」


「あーもう!着る!着ればいいんでしょ!わかったから早く出てけ!」


「えーー?水着着るの手伝ってあげようと思ってたのにー」


「いらない!ばかばか!」


小っちゃい子どもじゃなんだし、水着くらい1人で着れるわ!変なことばっか言ってないで、さっさと出てけ!


「じゃあ私は外で待ってるから。着終わったら教えてね」


足元に水着の山を置いて、やっと遥は試着室の外に出てカーテンを閉める。


「はぁ・・・これだから遥は」


出てけって言ってるのに。中々出て行かないし、ニヤニヤしながら全身舐めまわすように視姦しやがって。ヘンタイロリコンのくせに、なんで職質されないんだ。


「・・・ま、そのうち一回捕まるでしょ」


「何か言ったー?」


「別に」


「1人で着られないんだったら、いつでも言ってね」


「しつこいロリコン」


何気なく漏れた独り言に遥が反応する。いちいち声をかけられても鬱陶しいし、何よりさっさと帰りたい。

正直、かなり、物凄く、死ぬほど不本意だが、遥が持ってきた水着を試着し終わらない限り、家に帰れないだろう。適当に試着して早く終わらせよう。


「・・・はぁ」


やるせない気持ちを溜息と一緒に吐き出し、カラフルな水着の山の中から、さっき遥が見せてきたパステルピンクのフリルがくっついた水着を摘まみ上げる。

明らかに女性向けの水着。しかもかわいい系に分類されるタイプの。


「・・・これ着るの?」


ピクピクと頬が引き攣っているのが自分でもわかる。だが、服を奪われ半裸の状態の今、これを着るしか道はない。


「あーもうマジ。マジで遥マジ」


すぐ外にいる遥に聞こえないくらいの小声で文句を呟きながら、水着に足を通し、胸に辺りの位置を調整する。

最後に股の食い込みを直して、むくれた顔のままカーテンを開けた。


「・・・着たけど。これで満足?」


「わぁー!可愛いー!」


「は?」


こんなに怒ってるアピールしてるのに、かわいい?

前から遥の美的センスおかしいと思ってたけど、ついに頭だけじゃなくて眼もおかしくなったんじゃなの?


「ねえ、笑顔でポーズとってみて」


「やだ。もう着替える」


「えーー、こはくに似合ってるか、まだ見てる途中なのにー」


「あーーあーー聞こえなーい」


みっともなく駄々をこねる遥の声は聞こえない振りをして、カーテンを閉めて試着室の中に戻る。

遥の望み通り水着を着てやったんだから、頭を下げて感謝こそすれ、更に何かを要求していいわけがない。また何か言ってくる前に、さっさと次の水着に着替えてしまおう。


「って言っても、まだこんなにあるし・・・」


さっさと着替えて、早く着せ替え人形地獄を終わらせたいと思っているが、試着室の隅で山を作っている水着の塊を見ると眩暈がしてくる。

弱気になりそうになった心に喝を入れて、水着の山に手を突っ込み適当に1つ掴み、無心でクレーンゲームのように釣り上げる。


「・・・はぁ?」


釣り上げたのは、水着ではなく1本の黒い紐だった。

両手に取って広げてみても、ただの紐にしか見えない。


「ねぇ遥」


再び試着室のカーテンを開けて、暇そうにしていた遥を呼び寄せる。


「あれ、どうしたの?」


「これなに」


件の黒い紐を遥の眼前に突き出す。


「何って、水着だよ?」


「紐でしょ」


「ちょっと布面積が小っちゃいだけの水着だってば」


一応紐の端に、手のひらくらいの大きさの布切れがついている。

上手く位置を調整すれば、遥の言う通り水着の代わりになるかもしれない。


「どう見ても水着じゃないんだが」


「マイクロビキニって言うんだけど。もしかして知らない?」


「それくらい知ってるわ!」


俺が言いたいのは、なんでこんなイカれた水着を試着させようとしてるのかってことだよ!

こんなの紐に布切れつけただけじゃん!これは紐!NOT水着!これ着ても9割9部素肌じゃん!つまりマイクロビキニ=裸!エ駄死!


「こんなもの、俺は絶対に着ないから!」


「えーー、絶対こはくに似合うと思うんだけどなー?」


「うるさい!そんなに言うなら、まず遥が着てよ!」


「えっ・・・うーーん、こはくが着せてくれるなら、着てあげてもいいよ?」


「ゑっ」


遥に?着せる?

このセクハラあたおかマイクロビキニを?俺の手で??遥に着せる???


「こはく、どう・・・かな?」


「エ、ア、イヤ、ソノ・・・」


い、いきなりそんなこと言われても・・・こんな紐をどうやって着せればいいの?っていうか、下着の上に水着は着られないし、俺が遥の服を1枚ずつ脱がせていくってことだよね!?それに、こんな水着を着たら胸のポッチがポッチッチだよ!?


「エヘ・・・エヒッヒィ・・・」


「・・・・・・」


・・・いや、別に?やましい気持ちなんてこれっぽちもないけど?遥がそこまで言うなら、しょうがないって言うか?俺だって着せ替え人形にされてるんだし、1回くらい遥も同じ目に合わせてもバチは当たらないよね?


「・・・こはくが着せてくれないなら、しょうがないよね。元あった所に戻してくる」


「ゑっ・・・?」


そう言った遥がマイクロビキニを取り上げ、硬直する俺を放置してカーテンが閉められる。


「・・・俺のマイクロビキニは?」


正確には俺じゃなくて、遥のだけど。

まだ俺は『着せない』なんて言ってないのに。


「俺のマイクロビキニはーーー!?」





――――――――――





その後、遥にマイクロビキニを着せるチャンスは巡ってこなかった。それで自棄になったおかげで、俺の水着の試着は順調に進んだが。


「うーーん・・・迷っちゃうねー」


楽しそうに悩む遥を半目に見ながら、スカートの位置を調整する。


大量にあった水着を全て試着し終えて、遥に奪われた服を取り返したのだが、俺の服を奪った犯人は最終候補に残った2着の水着のうち、どっちにするか決めかねているらしい。


「・・・こはくはどっちがいいと思う?」


「どっちも同じでしょ」


「全然違うよ?こはくが着る水着なんだから、もっとちゃんと考えて」


2着の水着を、ずいっと眼前に押し付けてくる。

数十分前から遥はずっとこんな調子で、俺としては正直どっちも大差ないように見える。そんなことより、疲れたから早く帰りたい。


「うーん・・・私はやっぱり、こはくにはセパレードが似合うと思うんだー」


「せぱれぇど」


「でも、こっちのオフショルダーの水着も可愛いんだよねー・・・」


「おふしょるだぁ」


遥の右手にあるのは、下着と服の中間のような形の黄色い花柄の水着。

変に肌の露出が少ないのは嬉しいところだが、花柄のせいでどうにも女児っぽい気がする。


対する左の手には、胸の辺りについているパステルピンクのフリルが印象的な水着。

これは一番最初に試着した水着で、如何にも『女の子』といった雰囲気でかわいいと思う。

かわいいと思うが、自分で着るよりも、他のかわいい女の子が着てるところを見たい。


「・・・もっとこう、かっこいい水着はないの?」


「それはないかなー。こはくが着れるサイズの水着なんて、子ども用しかないからねー」


「なぜ」


「だって、今のこはく、可愛い女の子の体なんだよ?」


「お、俺だって・・・将来的に胸とか?デカくなるし?成長を見越して、もうちょい大人っぽい水着でもよくない?」


ボンキュッボンの悩殺セクシィーボディになる(予定)なんだから、今の俺の体にぴったりの水着買っても、もったいなくない?ほら、子どもの成長は早いって言うし?


「サイズ合ってない水着にしたら、ちょっと動いただけですぐ脱げちゃうよ?ただでさえ、こはくの体に引っかかるところないんだし」


「張り倒すぞ」


誰が寸胴つるぺた猫耳少女だ。

そろそろ本気で理解らせてやる。


「だから、どっちの水着にするか選んで。・・・あ、いっそ両方買って、その日の気分で変えるのもいいかも?」


ついに遥の頭がおかしくなったとしか思えない発言をする。

その日の気分で変えるということは、つまり水着を着る機会が1回や2回じゃないということ。それだけは断固拒否したい。


「んぁーー・・・じゃあ、こっちの水着がいい」


遥のことだし、このままだと本当に2着とも買いかねない。

それだけは絶対に嫌なので、その2着の水着の中からまだギリギリマシだと思える方を指差す。


「オフショルダーかぁ・・・やっぱりこっちの方が可愛いよね」


その、おふしょるだぁ?とかなんの呪文だよ。日本語でおk。


「それじゃあ、買ってくるから。こはくはここで待ってて」


「うーい」


軽い足取りで水着をレジに持って行く遥の背を見ていると、誰の買い物に来たのかわからなくなってくる。

それにしても、本当に海に行くつもりなんだろうか。見ての通り、今の俺には猫耳と尻尾がついていて、このまま水着を着て、海に行けば確実に目立ってしまう。

そこを解決しないと海に行けないのだが、遥に何か考えがあるのか。


「お待たせー、こはくの水着買って来たよー」


「ん・・・そういえばさ、海に行くとして、猫耳と尻尾はどうするの?」


紙袋を持って戻ってきた遥に、試しに聞いてみる。

水着の他に何か買った様子はないし、猫耳と尻尾をどうやって隠すつもりなのか。


「えっ、んーー・・・まあ、何とかなるよ。きっと」


「雑くない?ねぇ、なんか雑くない?」


それ1ミリも考えてなかった反応だよね?


「それよりも、せっかくだから夏服も見ていかない?こはく全然服持ってないでしょ?」


「もう疲れたし、帰りたい」


「じゃあ、ちょっと休憩してからにしよっか」


ここまで来た時と同じように、遥の手が俺の手首をぐっと掴む。


「行かないって選択肢はないの?」


「流石にフードコートとか混んでるかなー?行ってみないとわからないよね」


「だから俺は、帰りたいって言ってるじゃーーん!」


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