春風の色

「ふんふ~~ん・・・」


鼻歌交じりに、軽い足取りで廊下を歩く。

こうも上機嫌な理由は、溜まっていた作業を片付けて、少し遅めのおやつにするからだ。


「シュ、シュ、シュー、シュークリームぅ♪俺のー、シュークリーム♪」


今日のおやつは限定桜シュークリーム。

大事に大事にとっておいたシュークリームと飲み物に紅茶でも淹れて、頑張った自分へのご褒美にしよう。


「シュークリー・・・い?」


「んっ、こはく起きてたんだ。おはよー」


リビングの扉を開けた時、俺の体は静止した。


「なッ・・・なにを、たたた、食べて?」


「あー、これ?こはくのお世話のお礼にって、こはくのお母さんから貰ったんだよねー」


そう言って、また一口桜色の生地を食い千切る遥。


「ばぁーーッ!ばか!それ俺のシュークリーム!」


遥が食べてるそれ!俺の!俺の限定桜シュークリーム!もう半分も残ってないッ!


「こはく、こういうの食べるんだ?」


「うるさいっ!俺だって、たまには限定スイーツ食べたいの!」


って、人が話してるのに食べ進めるな!

そもそも、俺のシュークリームだし!


「んがーーー!あむっ!」


「わっ!?ちょっとこはく!?」


シュークリームを持った遥の腕を、逃げられないようにガシっと掴み、食べかけのシュークリームにかぶりつく。

ほのかに香る桜の匂いに、甘さを控えたクリームがよく馴染む。


「もご!むごごご!」


遥め!こんなに美味しいシュークリームを勝手に食うなんて!許゛せ゛ん゛!

とりあえず、このシュークリームの残りは全部俺が食べる!


「むぐもぐ・・・」


「そ、そんなに食べたかったの・・・?」


美味しかった・・・けど、遥の食べかけじゃなくて、丸々1個食べたかった。


「こはくの食べちゃったのは悪かったけど、だからってそんな・・・ひゃ!?」


む、遥の指にクリームついてるじゃん。クリームの一片すら譲るつもりはない!


「あむっ、んはぁ、んっんっ・・・」


「ちょっ、こはく・・・んっ、ダメだってば・・・」


クリームうまーーい!シュークリームなんて、合法的にクリーム食べるだけ(所説有り)の食べ物だからね!


「レロレロレロレロレロレロ」


「こはく!?なにその舌の動き!?」


「・・・クリームうまうま」


指についてたクリームを独占できたけど、流石にちょっと舌疲れた。慣れないことはするものじゃあないね。


「それで?勝手に俺のシュークリーム食べたオトシマエ、どうするの?」


「私の食べかけ・・・残り全部、こはくが食べたよね?」


「半分も残ってなかったけど?」


「うっ、やっぱり駄目かぁ・・・」


当たり前でしょ?俺が丸々1個食べれるはずだったのに、半分以上なくなってたんだからね?


「んーー・・・なら、こういうのはどう?今から2人でおでかけして、スタダの新作フラペチーノ飲むの」


「おでかけ、だぁ?」


自慢じゃないけど、俺は伊達に引きこもってないよ?

その俺が、陽キャたちが跋扈する意識高い系オシャレコーヒーショップ、スターダックスに行けるって本気で思ってるわけぇ?


「えーー、えぇーーー?ぅえええぇーーーー???」


「何その微妙な反応?こはくもたまには外に出ないと」


「えぇーー?でもスタダだよ?呪文嚙んだら、晒し上げられるんだよ?」


俺が言える呪文なんて『メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ』くらいしかないし。

しかもあれでしょ?MサイズLサイズじゃないんでしょ?恐ろしいお店だぜ・・・


「そんなことないってば。それどころか、長い注文は店員さんも大変って聞いたし」


「ほんとかなぁ?ウソじゃないって誓える?」


「もー、私ってそんなに信用ない?」


「わりと」


「・・・わかった!こはくをスタダに連れて行って、その偏見をなくしてあげる!」


そう高々に宣言した遥に、いきなりガシっと両肩を掴まれる。


「うん?なんか勝手に行くこと決まってない?」


「そうと決まれば、外行きの服にお着換えしようねー」


「ちょぉ!?服を脱がそうとするな!着替えくらい1人で出来るっ!」





――――――――――





「ひぃん、ひぃん・・・もうお婿に行けない・・・」


「その台詞もう聞いたよ。それに、いざとなったら私のお嫁さんにしてあげるから、ね?」


「ね?じゃないが!?誰のせいだと!誰の!?」


しかも、嫁じゃない!俺は男だから婿だし!

くっ・・・ただでさえ、日の光に晒されてゲンナリしてるのに、いちいち訂正してたら体力が持たない。


「とうちゃーく!たまには、お散歩も楽しいでしょ?」


「や、もういい。もう十分歩いたから、早く家帰りたい」


上機嫌な遥に、半ば引きずられるように家の外に連れ出されて数分。

陽キャたちの魔窟、スターダックスにたどり着いた。


まだ店に入ってないのに、凄まじい殺気だぜ・・・滲み出る陽キャオーラを全身に感じる。


「・・・・・・」


「そんなに緊張しなくても平気だよ。取って食われたりしないから」


「は?別にビビッてないが?ヘーキだが?」


「その割には腰が引けてない?」


全然!?これぽっちもビビッてないけど!?どっちかって言うと、武者震い的な!?あれだし!


「ねぇ、こはくー?怖いんだったら、手繋ぐ?」


「怖くないし!だから手も繋がない!」


「こはくちゃんは強い子だねー。じゃあ行こっか」


「あっ、ちょっと待てって!」


勝手に店に突撃した薄情な遥の後を追って、甘い香りのする店内に足を踏み入れる。


すぐに遥に追いついたのはいいものの、ここは既に奴らのテリトリー。

常に周りを警戒し、いつ襲われてもいいように、遥を盾にしながら進む。


「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」


「限定の桜フラペチーノを持ち帰りでお願いします」


「こちら、トールサイズに限定だけですがよろしいですか?」


「大丈夫です」


いつの間にかレジまで進んでいた遥が、スムーズに注文している。

っていうか、遥はスタダ語喋れるの!?


「ほら、こはくも注文して」


「へっ!?あうぅ・・・」


い、いきなり俺に振るなよぅ!こっちにも心の準備ってものがあるの!


「俺・・・わ、私も同じので・・・」


「桜フラペチーノ、トールサイズでよろしいですか?」


「は、はひっ!」


くぅ、思いっきり噛んだ・・・店員もなんか微笑ましい物を見る目になってるしさぁ・・・

あーー、顔熱い。こんなやらかしたから、もうこの店来れないじゃん。あーもうマジ、どうするんだよぅ・・・


これも全部、遥が悪い!俺が噛んだのも!店員がニッコニコなのも!ガチャですり抜けたのも!ぜーんぶ遥のせいだ!


「こはく?こはくってば」


「ふにゃぁ!?な、なに!?脅かすなよ!」


「もうフラペチーノ受け取ったから、スタダ出よう?」


「う、うん・・・」


気付いた時にはもう遥の右手に、スタダのロゴが印刷された紙袋があった。


いつ受け取って・・・?ま、まぁいい。今はそれより、作戦領域から離脱する方が大事。

陽キャたちに見つかる前に、店を出るッ!


「そうだ。近くの公園に桜の木があったはずだから、そこで飲まない?」


「なんでもいいから、即時離脱を要求する」


入店した時と打って変わって、足早に店を後にする。

向かう先は、家の反対方向。ここから5分ほど歩いたところにある、桜の木が植えられている公園だ。


「ねぇねぇ、こはくちゃん?さっき自分のこと『私』って言ってたよねー?」


「別に?気のせいじゃない?」


「ううん。気のせいじゃないよ。こはくも女の子の自覚を持ったみたいでよかった」


「はぁ~~?陽キャたちに怪しまれないように言っただけで、別に女の子の自覚とかあるわけないですけど?」


猫耳と尻尾を隠してても、オッドアイのせいで目立ちやすいんだから、注意を引かないように立ち回るのはキホンだし!

その過程で『私』って言っただけ!別に俺はメス堕ちしてないから!


「・・・こはく、お願いがあるんだけど」


「ヤだ。絶対にヤだ」


「まだ何も言ってないのに」


「どーせ遥のことだから、もう1回『私』って言ってー、とかそんなんでしょ。絶対ヤだ」


「流石こはく。説明する手間が省けたね」


「やらないから」


なんでそこまで俺に『私』って言わせたいのか。これがわからない。

そもそも、それは遥の聞き間違いって結論になったんだから、これ以上話しても不毛でしょ。


「あーーあ、目覚ましのアラーム音にしようと思ったのに」


「マジでやめろ」


そんな話をしていると、次の目的地の公園に到着した。

それなりに大きい公園だからか、休憩している人や読書に耽る人がまばらに居て、穏やかな空気に包まれている。


「ほら、こはくー、こっちのベンチに座ろ」


「それはいいんだけどさ」


「うん?なに?」


「桜、咲いてなくない?」


「ちょっと早かったみたいだねー」


軽く花見をしながらフラペチーノを飲む予定だったはずが、肝心の桜の花はまだ咲いておらず、蕾がいくつかあるだけだった。


「遥、まだ咲いてないの知ってたんじゃ」


「・・・はいこれ、こはくの分ね」


桜色のクリームが盛られたフラペチーノを差し出してくる。


「まぁ・・・いいけど」


まだ冷たいフラペチーノを落とさないように両手で受け取る。


遥が考えだって、ある程度は予想がつく。

俺が普段引きこもっているから、多少無理にでも外に連れ出しかった・・・のだと思う。


「それじゃ、いただきます」


ストローを咥えて、不満と共に飲み込んだ。

ほんのり苦い抹茶を、優しい甘さの桜クリームが包み込む。


美味しい。素直にそう思った。


1口、もう1口と飲んでいると、あっという間に半分以上飲んでしまっていた。

一旦視線を上げて、桜の木を見る。暖かくなりつつある風が頬を撫で、若葉の香りが肺に満ちる。


ふと、飲みかけのフラペチーノが入った容器を、木にかざしてみる。

透明なプラスチックの容器の内側に張り付いた桜色のクリームが重なって、桜の木に満開の花が咲いたように見えた。


「・・・たまには」


「えっ?」


「たまには散歩も悪くない、かも」


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