7
それからただ逃げるように電車に乗って、そのままホテルに帰った。その間僕は誰にも会わなかった。友梨佳にも、美琴さんにも。
部屋に帰っても、やっぱりそこには誰もいなかった。外に行っている間に掃除されたのか、昨日の騒ぎの面影なんて綺麗さっぱりなくなった部屋にやけに虚しさを覚えながら、僕はベッドに仰向けになった。
これから、僕はどうすればいいんだろう。とりあえず外に出てみようか、それともこのままここに居ていようか。どうすればいいんだ。
考えても考えても、なんの答えも出てこない。やがて僕は寝る気も起きず、現実逃避をするためにスマホを開いて、ソシャゲを始めようとした。だけど、ログインの画面を見ただけでなんだかまた虚しくなってきてやめた。
結局僕は何をするでもなく、ただずっと寝転がりながらぼうっとしていた。なんか前にもこんなことあったな、と自虐気味に思ってもみた。でも、さらに自分が嫌になっただけだった。
僕は自分が何をしたらいいのか、まったくわからなかった。感情のままに怒ってこんなことになるなんて初めてで、あんなに人を怒らせたのも、人に嫌われるなんていうのも初めてで。だから、知らなかった。
こんなにも、自分も他人も、傷つけるものだなんて、知らなかった。
今すぐにでも消えてしまいたい、なかったことにしてしまいたい。でも、僕があそこでああしなかったら、友梨佳は。
考えても考えても意味のない思考が続くだけで、何にも解決にならない。結局僕は、何がしたかったんだ?
しばらく考えて、気が付いた。そうだ、僕は、僕はただ。
「――友梨佳と、一緒に居たかった」
無意識に、そう呟いていた。そうだ、僕は彼女と一緒にいたかっただけだ。初めて対等な関係が築けた、初めて本当に僕を理解してくれた、初めて僕を、愛してくれた、そんな友梨佳と一緒に。
だから、僕はそのために、それだけのために、あんなことをした。だけどそのせいで、彼女と喧嘩をした。
「...何やってんだろ、僕」
自嘲するように、ぽつりとつぶやいた。
こんなことなら、事情を話しておくべきだった。そうした方がいくらかマシな結果にはなったはずだ。
後悔だけが、押し寄せてくる。僕は、どうしたらいいんだろう。
どうすれば、彼女に許してもらえる?また前みたいに、なんの気兼ねもなく喋って、一緒に笑い合える?
そうだ、いや、簡単なこと、謝ればいいんじゃないか。
なんでこんな簡単なことが思いつかなかったんだろう、と、僕は少し考えると、原因はすぐに分かった。
僕は、人付き合いと言うものを全くしてこなかったからだ。今まで他人と喧嘩して、仲直りをするなんてことを、僕は本当に今までしてこなかったからだ。言い訳にしかならないけど、本当のことだ。
ていうか、謝るとしても、友梨佳はどこにいるんだろう?どこに行けば、彼女に会えるんだ。
僕はすがるような思いでスマホを取り出して、友梨佳に電話をかける、だけれど、電話には誰も出なかった。
やっぱり出てくれないか。と思いつつ、僕はまた電話をかけた。今はこれぐらいしか、解決する方法が思いつかなかったから。
スマホを耳に当てると、電話をかけている時の単調な音が鼓膜を揺らす。僕はその時間がやけに長く感じて、時間が進むごとに、鼓動が徐々に大きくなっていって、呼吸が浅くなるのがわかる。
怖い。
もし電話がつながっても、また何か言われたらどうしよう。謝っても、許してくれなかったらどうしよう。一瞬だけ出て、何かを言う隙もなく切られて、そのままずっと繋がらなかったら?そうなったらもう、今のうちに切った方が楽なんじゃないか。
そんなことを考えて、考えて、僕はためらいつつも、それでもゆっくりと、スマホを耳から離し始めた。
「...蓮?」
耳からスマホを離した、その瞬間、それから出たわずかな音が僕の耳を突いた。
出てくれた、のか?聞き間違い?いや、絶対に聞こえた。
まったく頭の整理がついていない中、僕は慌てながら口を開く。切られたりすることのないうちに、彼女が離れないうちに。
「あっ...友梨佳...その...」
「蓮」
僕のつっかえながらの言葉は、友梨佳の一言で全部かき消された。どうしてだか、彼女の声からは、何も感じられなかった。それこそ怒りも、悲しみも、何も。
「何...?」
何を言われるのか、わからない。友梨佳がどんな感情なのか、何を思っているのか、まったくもって想像がつかなくて、怖い。
彼女からどんな言葉が飛び出てくるのかが全然わからなくて、僕は無意識に歯を食いしばっていた。
「今さ、どこにいるの?」
「え...ホテルだけど...」
『だけど』は余計だったかな。上から目線だったかもしれない。
電話越しに、一言一言が、異様な緊張感をもって会話が交わされる。どんな発言をすれば正解なんだろうか。僕は彼女そっちのけで、そんなことばっかり考えている。
「あのさ...私、そこの近くの公園にいるんだけど...」
ためらったみたいな、一瞬の間が空き、そして。
「よかったら、来てくれないかな...あの、入ってすぐのベンチにいるからさ」
「...分かった、行くよ」
つい、反射的にそう答えていた。また一瞬だけ隙間が生まれたあと、友梨佳は
『うん』とだけ言って、電話は切られた。
何の音もしなくなったスマホをポケットに入れて、僕は鍵と財布の入ったカバンだけを持ち、少しだけ立ち止まって考える。
本当に、行ってしまっていいのだろうか?
本当に、行って、後悔する結果にならないか?
――いや、行こう。
行かなかったら、それこそもっと後悔することになるだろうから。
そうして僕は再び足を動かし、電気を消して部屋を出た。
友梨佳の元へ行くことに、少しだけ迷いはあった。反射で行くと行ってしまった後悔も少なからずあった。
だけどそれ以上に、たった一つだけ、僕を動かす思いがあった。
友梨佳と一緒に居たい。まだ一緒に過ごしたい。これだけは、この気持ちだけは、ずっと前から変わっていない。
ホテルから出て、交差点を渡り、すぐそこにある公園へと急ぐ。もう日は沈んでいた。ほとんどの空は群青を受け入れ、西のほうの空だけがわずかに赤く染まっている。そんな時間だからいくら街中といえど公園にはもうほとんど人はいなくて、ベンチに座っている人なんて一人しかいなかった。
その人は、まだ少し離れているここからでもわかるほどに僕を見つめていた。その姿にあてられて、僕は走り出す。走って、その人の元まで急ぎ、そして僕は今の感情をありったけ込めて、その人の名前を呼ぶ。
「友梨佳...」
それは自分でもびっくりするくらい小さな、呟きほどの声だった。やっぱりまだ僕は、後ろめたいと思っているのだろうか。
いやでも、今はそんなことを気にしてはいられない。それよりも、言うべきことがあるはずだ。何よりも先に言うべき、大切な言葉が。
真っすぐ彼女の目を見据えられない。息が詰まって、声を出しづらい。それでも、言わなくてはならない。
僕は喉の奥でやけにひっかかるその言葉を、無理やり吐き出した。
「ごめん...っ」
弁解も言い訳も何もない、ただ謝罪の気持ちだけが込められた一言、それを言い終えた後、ようやく僕は顔を上げて、友梨佳を見ることができた。けれど、彼女の表情を見ることはできなかった。
もし、許してくれなかったらどうしよう。もし、もう彼女に嫌われていたら?
一度は忘れていたはずの不安が、またふつふつと湧き上がってくる。
また頭がぐちゃぐちゃになってきて、僕はもう、不安しか感じることができなかった。
嫌だ、嫌だ。
彼女の次の言葉を、聞きたくない。そう思っているのに、彼女の言葉は、容赦なく僕の耳を打つ。
「私も...ごめん」
え?
あまりに以外だったその言葉。意味が分からなくて、僕はつい顔を上げて、友梨佳の方を向く。
そうして、僕はようやく彼女の言葉の意味がわかった。
彼女は頭を下げて、僕に謝っていたんだと。
けれど、どうして?友梨佳が謝る必要なんて、どこにもないのに。僕が勝手なことをして、彼女を怒らせて、それで喧嘩になった。なのに、何で。
そう戸惑っていると友梨佳は顔を上げて、続きを言う。僕には言えなかった、謝罪の続きを。
「...蓮にも事情があったはずなのに、蓮の気持ちも考えないで、あんなに怒鳴っちゃって、本当にごめん」
友梨佳はそれを言い終えると、また頭を下げた。心を込めて、謝罪していた。本当に謝るべきは、僕なのに。僕が謝らないといけないのに。それなのに。
口が重い。言葉がつっかえて出てこない。目が霞む。それでも、僕は言うんだ。ちゃんとした、謝罪の言葉を。彼女に、許してもらえるように。
僕は目を擦り、つっかえながらも、頭の中にある気持ちを、なんとかして吐き出す。
「いやっ...僕こそっ...ごめん」
覚悟を決めて話し始めると、次から次へと頭の中に言葉が出てきた。そしてそれを言うことも、不思議とできるようになっていた。
「僕こそ...君の気持ちも考えないで、説明なく突き飛ばしたり...美琴さんから引き離したりしちゃって、本当にごめん」
彼女に習い、僕も深々と頭を下げた。ちゃんと謝れてるかはわからないけれど、僕にはこれしかできないから。
「蓮」
友梨佳の声がして、僕は頭を上げる。見ると、彼女は目に涙を浮かべて、そして。
笑っていた。
「ありがとう、帰ろっか」
彼女は僕にそう言って、笑顔のまま僕の手を取ってつないだ。彼女のその行動、表情、声、そして体温、全部を感じて、わかった。
彼女は僕の事を、許してくれたんだ。
そう思えると、一気に心が軽くなったような気がした。まるで何もかも全部、すっきりと片付いたかのように。
「うん」
彼女の手をぎゅっと握り、そして僕の前にいる友梨佳と一緒に、ホテルへと帰ろうと一歩踏み出した。
でも、僕は一歩よりも先に進むことはなかった。何かまだ、もやもやしたような思いが、胸をよぎった。
何もかも全部片付いた?本当にそうか?そもそもこれ、何かなぁなぁで終わっている気がする。根本的な原因を、まだ解決していないような、そんな感じが。
そうだ、元はと言えば。
僕が、友梨佳に対して、あの事を黙っているから、こんなことになっているんじゃないか。僕がずっと隠しているから、こんなことになった。
もう、いっそのこと、言ってしまうべきだろうか。いやでも、もし言ってしまって、それで彼女がいなくなったりしたら?そうなったら、僕はどうすればいい?
だったら、いっそこのままでいた方が。
「...蓮?どうしたの?」
急に足を止めた僕の顔を、友梨佳は怪訝そうにのぞき込んできた。
きっと、僕がこのままこのままはぐらかせば、彼女はそれで納得してくれるだろう。僕の事を思って、何も言わないでいてくれるのだろう。
――そう、このまま、僕が何も言わなかったら。
いや、でも。
それを積み重ねたからこそ、あの喧嘩があったんじゃないか。そして、僕は彼女を、傷つけた。
そうだ、そんなのはもう、嫌だ。
「...友梨佳」
またそうなるくらいなら、いっそ。
「何?」
「あのさ、聞いて欲しいことがあるんだ」
大丈夫、きっと大丈夫だ。
「...うん」
友梨佳はさっきまでとは変わって、一気に真剣な表情になった。多分、僕が大事なことを言おうとしているのを察してくれたんだろう。
小さく、ゆっくりと息を吸う。大丈夫だ、きっと、大丈夫なはず。信じてくれるし、消えたりなんてしないはず。根拠なんてまったくない、けれど。
彼女なら、友梨佳なら、きっとこのままでいてくれるはずだ。
きっと、このまま僕のそばに、ずっと。
「ふざけて言ってるわけじゃないし、僕が今から言うことは、嘘じゃない」
と、念のために前置きをしておく。すると彼女は、少しほほ笑んで。
「大丈夫だよ、そんなことしないって分かってるから」
そう言ってくれて、少しだけ楽になった。よかった。
彼女は、きっと分かってくれる。
「友梨佳」
もう一度、彼女の名前を呼ぶ。もう、離れて欲しくないから。
「――君はもう、死んでいるんだ」
僕たちの間に、長い沈黙が訪れた。その間、僕は友梨佳の顔を見る。
彼女は、明らかに戸惑っていた。それもそうだろう。自分が死んでいることなんて、普通考えもしないことなのだから。
友梨佳は、どんな反応をするだろう。泣く?驚く?怒る?
まったく彼女の反応が想像つかなくて、僕は不安に押しつぶされそうになった。怖くて怖くて、たまらない。だけど。
逃げ出そう、とは思わず、僕はただ、彼女をじっと見つめていた。
「蓮」
そして、彼女の言葉を皮切りに、沈黙が明ける。
どうしてだか、友梨佳の言葉を聞くと、不安が和らいだ。
「...ありがとう、言ってくれて」
言われたのは、嘆きでも、怒りでも、驚愕でもなくて、感謝だった。どういうことか、なんで感謝されているのか、僕にはわからない。
だけど、これが本心だっていうのはわかる。友梨佳は、こんなところで嘘なんか絶対に吐きはしない。そういう人間だ。
「え、や、なんで...?」
意識することもなく、つい疑問が口をついて出てしまう。慌てて、わけもわからず「あ、いや」なんて言いながら首を横に振ると、彼女は少しだけ口角を上げて、語り始める。
他でもない、友梨佳自身の本音を、丁寧に、一から。
「――ほんとはね、すごくモヤモヤしてたんだ、なんで私に変なことばっかり言って、理由も何にも言ってくれないから、ずっとずっと、それが嫌だったんだ」
そうか。
それで、彼女は。
「だけど」
と、話を転換させる友梨佳。
「蓮がいなくなった後、一人になって、考えたんだ。きっと蓮には、何か言えない事情があるんだって」
「そう思ったら、急に怖くなってさ、もしかしたら私、取り返しがつかないことしたんじゃないかって、だから、電話をかけてきた蓮を、ここに呼んだの」
「...ほんとは、仲直りさえできれば、それでよかった。理由を言われなくても、それさえできれば」
「だけど、君は謝ってくれた、それだけじゃなくて、事情まで話してくれた、だから私は...嬉しかったんだ」
友梨佳は、自分の今の思いを精一杯伝えるかのように笑っていた。何よりも眩しく、愛おしい笑顔を見て、僕は。
「ひゃっ!?」
友梨佳を、抱きしめていた。枯れ枝のように軽い彼女の体を離さない様に、壊さないように、優しく、しっかりと。
いきなりすぎるかもしれないし、変な行動かもしれない。だけれど仲直りできた喜びを、思いを伝えられた安心を、一緒に居れる嬉しさを、表現する言葉が見つからず、僕はこうするしかなかった。
「ふふっ」
友梨佳は少しだけ噴き出したあと、僕の背中に手を回し、優しくぎゅっと抱きしめると、すぐに手を離した。
それから彼女は僕の抱擁から抜け出そうとして身をよじってきたので、彼女を離すと、彼女は僕の方を向いて。
「んじゃ、今度こそ帰ろっか」
と言ってきたので、僕は「うん」と返して、今度は僕の方から、彼女の手を握り、ホテルへ向かって歩き始めた。
僕たちなら、これからもきっと、うまくやっていける。
僕は歩きながら、そんなことを思っていた。
ホテルに戻ると、友梨佳はすぐにソファに腰掛けて、真剣な顔でスマホを開いた。何をしているのか聞くのは野暮だと思ったのでしなかったけれど、彼女が口走った言葉でおおむね察しがついた。
「ほんとだ...私の名前、出てる」
きっと、自分の事故のことについて調べていたんだろう。実名でちょっと報道もされていたし、調べればきっとすぐに出てくる。
...なんて声をかけるべきだろうか。よくよく考えたら、自分が死んでいることなんて、そうそう受け入れられるものじゃないだろう。なら、僕は、何て言うべきだろうか。
悩んだ挙句、結局答えは出ず、僕はただソファでじっくりと考え込んでいる彼女の隣に座っている事しかできなかった。きっと何かできることはあったはずなのに。
それから僕らはしばらくソファで休憩した後、部屋備え付けのお風呂に入り、一日色々あってお互い疲れたということで、夕食はホテルから出ずにルームサービスを頼むことにした。少々割高だけど仕方ない。
フロントへ電話をかけて注文を済ませると、30分もしないうちに食事が運ばれてきたからそれを受け取り、テーブルに並べた。
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせて、一斉に食べ始める。ルームサービスはやっぱりそれなりに高かっただけあって、並みのご飯より美味しくできていた。
僕はちらっと、友梨佳を見る。くるくるとフォークでパスタを巻いて、美味しそうに食べるその姿はとても生き生きとしているように映った。まるで本当に、今ここで生きてるかのように。
「...ん?どうしたの?」
食事の手を止めてじっと友梨佳を見ていることに気づかれたのか、彼女はぽかんとした表情で僕を見てきて、またつい「いや」なんて言ってごまかすと、彼女は。
「私の事、気にしてくれてるの?」
と、僕の考えなんてお見通しかのように、そう言った。
「えっ、何で...」
「だって、帰ってきてからずっと私の事チラチラ見てるんだもん、普通気づくよ」
「...」
気づかれてた。
「いやでもさ、僕があんな事言った手前、どんな風に思ってるのか気になるじゃん...」
「んー、どう思ってるかねぇ...」
彼女は言葉を選ぶように斜め上に目をやりながら水を一口飲むと、首をかしげながらぱっと僕の目を見て。
「そりゃあ、びっくりはしたよ。でもなんか...納得の方が大きかったかも?」
「納得?」
友梨佳は「うん」とわずかに肯定すると、続けて。
「何かね、今まで感じてた変な違和感が全部つながったみたいな...そのおかげかな、そこまで驚かなかったのも」
「うーん、そうなの...?」
そういうものだろうか、僕はなんかこう、もっと戸惑ったりするようなものだと思っていたんだけど。なんだか拍子抜けというか、僕の方が戸惑ってるというか。
「死ぬって、本人にとっては案外そんなものなのかもね、何か『あっ、死んだんだ』みたいな?」
「そういうもの...なのかな」
「多分そうなんじゃない?いや、正直そんなに実感ないし、わかんないけどさ」
自分が、死ぬ。
それって、そんなに軽いものなのか?彼女もあんまり実感は湧いてないみたいだし、もしかしたら今はそんなに大したことを思えていないだけなんじゃないか?
いまいち納得はしきれてないけれど、会話も終わったしまぁいいかな、と思い、僕らは食事を再開する。
それからの会話は特に中身のない、とりとめのないものばっかりだった。僕にとってはそれが結構楽しかったのだけれど、まぁ割愛する。
そしてご飯を食べ終わり、しばらく休憩してから僕らはスキンケアをしたり、歯を磨いたりして各々適当に過ごしていると、一気に疲れと眠気が襲ってきたので、今日はもうさっさと寝ることにし、僕は「電気消すね」と宣言をして、ベッド近くの小さな照明以外を消した。
「ねぇねぇ蓮」
寝ようと思い、薄暗い部屋の中、僕がベッドに寝転がってスマホを見ていると、友梨佳が途端に話しかけてきた。「何?」と僕が返事をすると、彼女は僕のベッドに乗っかってきて、笑いながら一言。
「一緒に寝ない?」
「はい?」
あまりにも突拍子のない提案に、つい間の抜けた声を出してしまう。いや、別に一緒に寝ること自体はいいんだけど。
いや、いいのか?まぁいいか。
「なんでそんな急に...別にいいけど」
「んー、なんかね...急に人肌が恋しくなっちゃって?」
「なんで疑問形?」
「まぁまぁ、おかまいなく」
「それは僕が言うべき言葉なんだけど」
いまいち要領を得ないやりとりに僕は軽くつっこみを入れたが、彼女はそれに構うことなくもぞもぞと布団に潜りこんできた。
もともと一人用のベッドに二人で寝ようとするとかなり狭く、落ちないようにするために、僕らはかなり密着した状態にならざるをえなかった。
友梨佳の柔らかい肌の感触が、甘い香りが、小さな息遣いが、密着することで鮮明に感じられる。一緒に寝るのは初めてじゃないはずなのに、こんなに引っ付いていると、妙に彼女を意識して、どうしても心臓が早く脈打ってしまって、妙に落ち着かない。
それなのに、僕は心のどこかで、安心していた。いつもより、彼女の存在を意識しているせいだろうか。
「もう明日で旅行も終わりだねぇ」
と、名残惜しそうに友梨佳がつぶやく。密着しているせいで、声の振動がやたらくすぐったい。
「だね」
明日で、終わり。
そのことをいざ言われると、少しだけ寂しいというか、惜しいというか。
やりたいことはやったはずなのに、どこか足りないような。
そんなことを考えていると、眠くなってきた。僕は瞼を閉じる前に、友梨佳に向かって一言。
「おやすみ」
すると彼女は「おやすみ」と返した後、僕の腕をぎゅっと抱きしめてきた。
それは本当に弱い、かすかな感触だったけど、それだけで十分だった。
それだけで、心が温かくなった。
まだ彼女はここにいるって、思うことができた。
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