やかましいアラームの音で、夢の中だった僕の意識は、ゆっくり現実へと引っ張られる。

僕はまだ靄がかかったような意識の中、とりあえずこの騒音を何とかして止めようと、目は閉じたまま、音のする方向へ手探りを入れる。しかし。

「ん...?」

どうにも、手が届かない。いくら音の方へ手を動かしても、何か柔らかいような、硬いような変な物に当たるばかりで、一向にアラームへとたどり着かない。

「んむ...?蓮...?何...」

――友梨佳の声がした途端、ぼんやりとしていた思考は一気に活性化し、そして一つの結論に達し、僕はゆっくりと目を開ける。まさか。

「...おはよう」

僕が触っていたこの柔らかいような、硬いような、変な感触をしたもの。これは間違いなく。

友梨佳の、胸だった。そうはならんやろ。

「...蓮?これはどういう事かな?」

目を開け、真っ先に飛び込んできたのは、引きつった笑顔をした友梨佳だった。彼女は表情こそ笑顔だけどその声にはドスが効いていて、今にも刺してきそうなほどだ。

「...うん、ごめん」

僕はぱっと彼女の胸から手を離し、謝ってみる。

だけど僕は知っている。こういう場合、友梨佳の性格的に多分返ってくる答えは。

「やだ」

知ってた。





それから僕たちはまたホテルでさっと朝食を済ませると部屋に戻り、僕らはいらないゴミを捨てて、着た服を畳んでしまったりをして、二人とも帰る支度をし始める。前にも言ったが、今日はこの旅行が終わって、家に帰る日だ。

こんな風に後片付けをしていると、僕はいっつも、旅行の事を思い返してしまう。特に今回は、色々あっただけに、なおさらのことだ。

「いやぁ...にしてもさ、色々あったよね」

どうにも何かがし足りないような、そんな名残惜しさを感じながら帰り支度をしていると、無意識のうちに口から言葉が漏れ出てきた。

はっと気づき、僕は友梨佳の方を見ると、彼女もまた、笑いながら。

「うん。本当に色々あった」

「喧嘩もしたし、驚いたことも沢山あるから、でもね」

「私はさ、行けてよかったって思ってるんだ」

彼女は澄み切った笑顔をしながらそう言い切ったものだから、僕はついつい彼女の顔をまじまじ見てしまう。返事すら、忘れてしまうほどに。

すると友梨佳は途端に照れくさそうに笑いながら、僕から顔を背け、そして。

「あんまりジロジロ見ないでよ」

なんてことをぼそっと言ったものだから、僕は笑いながら「ごめんって」とだけ言って、また支度を再開し、思う。

言わなかったものの、僕も、彼女と旅行に行けて、よかった。嫌なことも色々あったけれど、悔いはない。

それでもやっぱり僕の中には、どこか薄寂しい感情が渦巻いていた。

それから荷物を整理し終え、シーツや布団のしわをしっかりと伸ばし、すっかり綺麗になった部屋を一瞥し、二人そろって部屋を出ると、僕らは迷うことなくエレベーターに向かう。

少し早歩き気味の友梨佳の後ろをついていき、エレベーターに乗って一階へたどり着くと、彼女は僕の手を引いて受付に行き、そそくさとチェックアウトを済ませてしまった。

ていうか、さっきから友梨佳、歩くのが早い。何かあるんだろうか。特に時間がないとか、そんなことはないはずだけど。

いや、まぁいい、やめておこう。きっと、気のせいのはずだ。

スタッフさんの『ありがとうございました』の声を聞きながらホテルを出ると、そのまま事前に呼んでいたタクシーに乗り、駅の名前を言うと車はそこに向かって走り出した。

それからしばらくすると、特に何事もなくタクシーは駅に到着した。料金はデジタルで支払っていたので、空いたドアからそのまま外に出る。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

彼女はタクシーから出る際、お礼を言ったので、僕もそれに続いた。

それはさておき、僕らはそろそろ新幹線に乗って帰るわけなのだが、その新幹線が来るまでにはまだ時間が少しばかりあった。

なので僕らはこの時間、駅の周りをふらついてお土産などを買い、昼ごはんを食べる予定だった。なのだが。

「あー...私はお土産買わなくていいや」

どこでお土産を買おうか、なんて話を彼女に振ったら、彼女ははっきりと『お土産は買わない』と言った。

旅行に行く前はあんなに楽しそうに、お土産の事を調べたりもしていたのに。僕みたいな人と違って、渡す人も沢山いるだろうに。

「...そっか、じゃあ僕も買わなくていっか」

何で、と聞こうとした。

でも、口から出たのは、この言葉だけだった。

「ん、わかった。じゃあどこで時間潰そっか」

「どっかいいとこあるかなぁ」

彼女は何も言うことなく、僕と一緒に次の予定を考え始める。

それからしばらく考えてみたけれど、結局いい場所は思い浮かばなかったので、お昼ご飯の予定を少し繰り上げてちょっと遠くにある有名なラーメン屋に行くことになった。もちろん歩きで。

例のラーメン屋は有名店ということもあり、お昼前なのにそこそこ人が並んでいた。この暑い中、並ぶのはあんまり気は進まなかったけれど、彼女の『せっかく最後なんだからさ、悔いのないように美味しいもん食べたいじゃん』という言葉に気圧され、並ぶことになった。

しかし実際に食べ終わってみると、やっぱり有名店なだけあってラーメンはかなりの味で、旅行の〆にはふさわしいと言わざるを得なかった。

最後に美味しいものを食べれたという満足感を抱えながら僕らは駅まで戻ると、ちょうどよさげな時間帯だったのでプラットホームに入り、新幹線に乗った。

座って、一息つき、僕はようやく、旅の終わりを自覚した。もう、後は帰るだけなのだと。

これ以上ないほど濃密だったのに、また何かが足りないような、空虚な寂しさに包まれて、僕はつい窓の外を眺めてしまう。

やっぱりもう少し、彼女と旅をしておきたかった。

まだ、少しだけ。

「残りの休み、何して過ごそっかなぁ、ねぇ蓮」

「え?僕?」

感傷に浸りながら窓の外を見ていると、彼女が急に話しかけてきたことに気が付いて、僕の意識は急に現実に引き戻される。

いや、それはいいんだけど。

「別に考えるの後で良くない?てか今日明日はゆっくり休むよ僕は」

「...確かに、後でいいじゃん」

「その発想なかったの?」

友梨佳はごまかすようにふふっと笑い、それから。

「ま、今度また一緒に考えようね」

と言い、大きく伸びをした。

まぁ、今度なら全然いいか。

「ねぇ、友梨...って」

僕がそのことを伝えようとしたときには、彼女はもうすでに、椅子にもたれかかって目をつぶっていた。

――せっかく良いって言おうとしたのに。まぁいいか、寝よっと。

彼女が隣にいる。

この事実に安心しきっていた僕は、すぐに意識を眠りの底へと落とした。





目を覚ますと、僕はすぐにスマホで時間を確認する。アラームを忘れていたから、寝過ごしたか、と思ったけれど、別にそんなことはなくて、むしろまだ起きるのは早かったくらいだった。

寝ぼけた目を擦り、ぐいっと伸びをする。そして隣を見ると、彼女はまだ寝ていた。

すぅすぅと、あんまりにも気持ちの良さそうに寝ているから、僕はデコピンでもして、起こしてやろうかとも考えたけど、やめておいた。

それからしばらく放っておいたら、やがて彼女は目を覚ました。その時間がちょうど新幹線が駅に着く10分前で、僕は少しだけ関心した。

それから僕らは新幹線を降り、駅からタクシーに乗って家に帰った。

家に帰ると、なんだかどっと疲れが吹き出てきて、僕らはソファにぐったりと倒れこむように座った。

「疲れたぁー」

「楽しかったぁー」

それから僕らは2人で床に座り込んで、洗濯とかも据え置きに、旅行の思い出をぽつぽつと語り始めた。

行きの新幹線でのこと、海、飲み会、ホテル、聖地巡礼、そして、喧嘩と、告白のこと。

そんななんでもない事を話しているうちに、少しだけ疲れも取れてきた。

「蓮」

一通り話も終わり、ぼけーっとしている僕に、友梨佳は話しかけてきて、そして。

「えいっ」

僕の腕に、なんの躊躇もせずに、抱き着いてきた。

瞬間、彼女の体の感触が、体温が、そして枯れ枝のような軽さが、容赦なく全部、余すことなく僕に伝わってきた。

あったかくて、柔らかくて、どこかふわふわとしているそれに、僕は。

なぜか、虚しさを感じていた。

そうか。

彼女はまだ、ここにいて、そして、いつか――

いや、これ以上はやめておこう。考えたくもないことだ。

「...急に何すんの」

「いやぁ...いいからいいから...ね」

そう友梨佳は誤魔化してきた。だから、僕は黙って、彼女を受け入れた。

言ってしまえばそれだけのことだけど、僕にとってはそれが、何よりも幸せで、愛おしかった。

二人で、隣同士、触れ合っている、この甘ったるい時間に。

僕はつい、力を抜いてしまう。

「――ってか、そろそろ片付けしないと」

突然、友梨佳は思い出したみたいに立ち上がって、そのままそそくさと片付けを始めてしまった。

できれば、もう少し、あのままが良かった。

そんなことを考えながら、僕は彼女と一緒に片付けを始める。

ふいに、まだ少しのぬくもりが残っている服を見ると、あんまり分からなかったけれど、しっかりと握られていたのか、僕の服にはしわが付いていた。

「そうだ、蓮」

片付けの途中、彼女は僕の方を向かずに、話しかけてきた。それは何でもない、たわいのない話だと思って、僕も作業の片手間に、返事をする。

「何?」

「あのさ、今日も一緒に寝ようよ」

思ってもいなかった、彼女からの誘い。願ってもいない事だった。

一晩中、彼女のそばにいられること。

僕はそれが、嬉しかった。

「あー、いいよ」

嬉しさを、ほんのちょっと覆い隠して、僕は平静を装って、返事をする。

すると彼女も、のんびりと手を動かしながら。

「ん、じゃあそういうことでね、よろしく」

とだけ言ってきたので、僕はさっきと同じように、言葉を返す。

「うん」

言い終わって、少し反省した。

これはちょっと、素っ気なさすぎたかな。

けど、あんまり気にしてなさそうだし。

「よーし」

彼女の方から、ぱんと軽い音が聞こえる。何かを叩いたような音だった。

「じゃあお風呂入ってくるよ、覗かないでね?」

「え、あ、うん」

僕がぼんやりしている間に、気づけば彼女はもう作業を終えていた。

そしてそのまま僕に向かって、からかうように一声だけをかけると、さっさとお風呂に行ってしまう。

僕はそう予測してたし、実際彼女なら、そうすると思っていた、けれど。

「...あー」

彼女は、そうしなかった。

「え?」

「...蓮、やっぱりさ、手伝うよ」

「へ?」

彼女はそのまま、僕の隣まで来て、半ば無理やりに、僕のぶんの作業をやろうとしてきた。

明らかに、妙だった。

さっき言ったこととやっていることが合ってないし、何より彼女は、普段は、こんなに無理やりなことをしてきたりしない。

「...どうしたの、急に」

あんまりにも分かんなくて、なんだか不安でつい、僕はそう口走っていた。

そんな僕に対して、彼女はただ、笑顔で。

「いやぁ、蓮があんまりにものんびりしてたからさ、つい」

とだけ、言ってくれた。

でも、それでは僕は、まったくもって納得ができなかった。

説明しているようで、大事なところがわからない。

僕に芽生えた不安の芽は、むしろ大きくなった気がする。

「...そっか」

でも、彼女のそれを誤魔化しだと決めつけて、問い詰めるなんてことを、僕ができるはずもなく、僕はただ、彼女の好意を黙って受け入れる。

それから、まぁ二人で黙々とやっていると作業自体はすぐに終わった。

やっと一息つける、ということで僕はどっかりとソファに座って、そして声をかける。

しれっと横に座ってきていた、彼女に向かって。

「友梨佳、ありがと」

「ん?いいよ別に、私が勝手にやったことだし」

「あーそう?てかさ、風呂はいいの?」

「ん、あー...」

変な間が空いた。そんなにおかしなことは聞いていないはずなのに。

「んじゃあ、入ってくるよ、待っててね」

「ん、わかった」

そう言って友梨佳は、そのままそそくさとお風呂場へ行ってしまう。

どこか急いでいるような、焦っているようなその様子を、僕はどうにも変だと感じていた。

彼女は、今は焦ってお風呂へ行った、けれどさっきまではやけにのんびりというか、悠長な様子だったし、それに僕の手伝いを終えてお風呂に入るつもりだったんなら、なんであんな妙な間があったのか。

そりゃあ、ただの気まぐれだと言えばそれまでだ。だけど僕は、そうと断じるのは何か違う、気まぐれとは別のものがある。

特に筋道立った理由があるわけじゃないけれど、僕にはそうとしか思えなかった。

それからしばらくの間、僕はずっと、彼女に感じた違和感について考えていた。というより、それで頭がいっぱいで、他のことが何にも入ってこなかった。

そんな僕の思考を止めたのは、お風呂場から聞こえてきた、彼女のくぐもった声だった。

「蓮ー!また着替え忘れちゃった、取ってー!」

びっくりした。

ていうか、また?何かこの前もこんなことあったような。

友梨佳って、こんなにうっかり屋だったっけ。

「あーうん、わかった」

もしかしてこれも、何か関係していたりするんだろうか。彼女の服を漁りながら、そんなことを僕は考えていた。

それから、僕は脱衣所にぽんと着替えを置いて、『置いといたよ』と声をかけると。

「ありがとー」

と、友梨佳は。

何の躊躇もなく、風呂場のドアを少しだけ開けて、僕にそう言ってきた。

そして、わずかに開かれたそれから僕の目に飛び込んでくるのは、浴室の中、それも。

生まれたままの、彼女の姿。

柔らかい光に照らされて、はっきりと像を結んでいるそれを。

僕は唖然と、見つめていた。

「えっ...あっ...ゆっ...友梨佳っ...!?」

「...蓮」

僕は目を離せないでいた。でも、目の前の光景が、まったく頭に入ってこなかった。

すると、彼女は風呂場のドアをぴしゃりと閉めて。

「もー蓮、ジロジロ見すぎだよ!」

と、大声で言ってきて、それでようやく我に返ることができた。

「え...いや、でも...友梨佳が開けてきたんじゃん...」

「まぁ...そうだけど...うん、そうだね」

彼女の声は、さっきとは打って変わって、明らかに沈んでいた。きっと、普段なら彼女は恥ずかしがっているか、後悔しているか、そんな風な事を感じているはず、でも。

僕には、今の彼女の感情が、さっぱり分からなかった。

「蓮」

「ごめんね、なんか私、変だよね...」

疲れているような、澱んでいるような、彼女の声。僕には友梨佳が、あんまりにも疲弊しているように感じられて。

「いや...大丈夫」

「大丈夫...だから...」

僕はそれしか返せなくて、これ以上何も言えなくて。

黙って、リビングへ戻った。

それからはただ、何もすることなく座っていた。

あれは多分、いつものおふざけじゃない。だけどじゃあ、何であんなことを。

――いや、理由は明らかだ。

でも、だからといって、僕は何をすれば。そもそも、何のために。

僕は床に寝転がり、真っ白い天井を見た。ぼやっとそれを見ていると、なんだか天井が近づいてくるような、不思議な感覚がしてくる。

僕はそれを楽しむこともなく、ただ感じながら、ゆっくりと目を閉じた。







体が、ぐらぐらと揺れている。ずっと深いところまで沈んでいた意識が、少しづつ、少しづつ、鮮明になっていって、やがて、聞きなじみのある声で、完全に意識は覚めた。

「蓮、起きなよ」

目を開けると、少し顔を火照らせた友梨佳がいた。彼女は僕が起きたのを見ると、どことなく、気まずそうな表情で。

「お風呂空いたよ、入ってきたら?」

そう言ってきた。僕も、さっきのこともあり、彼女と喋るのは、どうも気まずかったので。

「...うん」

それだけ言い、そそくさと着替えを取って、お風呂場へと向かう。変に寝たせいで、ひどく喉が渇いていたけれども、水を飲みに、リビングにとどまることすらも気が乗らなかった。

それからシャワーを浴びて、湯船につかると、僕は天井を見つめた。そして、考えた。

僕は、友梨佳に、何をすればいい?彼女に、何て声をかければいい?

自分がもう、死んでいるなんて、そんなの、簡単に受け入れられるわけがない。そもそも、それは僕が言ったことだ。

でも、どうすれば。

...わからない。

どうすればいいのかも、どう話せばいいのかも、僕にはわからない。言ったことの責任を取る?じゃあ、どうやって?

ずっと、ずっと、考えて。

やっと出た答えは、何もできない、というものだった。

そう、僕には、何もできない。

気の利いた言葉を投げかけることも、彼女の心を慰めることも、何もできやしない。

――だから、せめて。

何も言えなくても、何もできなくても。

彼女に、友梨佳に寄り添う事だけは、しよう。

それだけなら、僕もなんとかできるはずだから。

そう結論を出すと、僕はやっと湯船から上がって、風呂場を出た。長風呂をしてしまったせいか、さっきよりも喉が渇いていた。

体を拭いて、服を着て、リビングへと出る。すると、布団がもう敷かれてあって、その片方に、友梨佳はいた。

「ありがと」

「んーん」

彼女はいつの間にやら歯を磨いていて、きっともう寝る気なのだろう。

そりゃそうか、色々あったし、きっと疲れている。明日になれば、僕も彼女も、少しは落ち着けているはずだし。

そう思って、僕は一旦洗面所に戻って、歯ブラシを取って、歯を磨く。それも終えると、水を飲み、布団に潜りこむ。

「じゃ、電気消すよ」

友梨佳はそう宣言して、ぱっと電気を消した。部屋は一気に真っ暗になり、何も見えなくなったので、僕は目をつぶる。

真っ暗闇の中、僕の手が、つままれたような感覚がした。弱い、けれど、確かな感覚。

「どうしたの」

それが、友梨佳のものだとはすぐにわかった。

「一緒に寝るって、言ったじゃん」

「ああ...そうだね」

そんなことも言っていたと、今思い出した。色々あって、すっかり頭から抜けていた。

「...別に、抱き着いたりとか、そんなことしなくていいからさ」

「ちょっとだけ、近くに寄らせて」

「...寂しいからさ」

すると、隣からごそごそと音がして、隣の友梨佳の気配が、少しだけ近づいてきた。

近いけれど、触れることはない。僕らの間は、ほんのわずかに空いていた。

その隙間と、彼女が、ぽつりと呟いた『寂しい』という言葉。それが、引っかかっていて。

「...友梨佳」

僕は、暗闇の中、彼女の手を握った。少し乾いた、さらりとした手の感触が、鮮明に感じられる。

そして、僕は少しだけ、彼女に近づいた。ちょうど、隙間を埋めるように。

「蓮...?」

特に、いい考えがあった訳じゃない、これで何か解決するなんて、思っちゃいない。でも。

この隙間を、埋めたかった。

僕のためにも、彼女のためにも。

「...ありがとう、おやすみ」

「...おやすみ」

友梨佳に触れている感覚を、はっきりと感じながら。

僕はゆっくりと、意識を手放していった。

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