2
2人ぶんの昼ご飯と飲み物、そして少しのアイスとかを入れたレジ袋を手に下げ、僕はがちゃっとドアを開ける。
「あっ、おかえり」
「ただいま」
家のドアを開けると、寝っ転がって漫画を読んでいた友梨佳は、手に持っていた漫画を置きにこやかに僕を出迎えると、突然その表情を小悪党っぽいものに変えて。
「んでお兄さん、約束の『ブツ』は?」
と言った。もしや、と思って彼女がさっき置いた漫画に目をやると、案の定裏社会系の漫画だった。
僕はツッコむこともなく、彼女のノリに合わせる。
「買ってきたよ、ほら、例の『ブツ』だ」
僕はレジ袋からテーブルの上にどん、とプラスチックの容器に入ったカルボナーラを置くと、彼女は目を輝かせて。
「く~!これこれ!これがないとやってらんないよ...あ、先レンジ使う?」
「いや、先やっていいよ」
「てんきゅー」
と言って、楽しそうにカルボナーラをレンジに入れて温め始めると、そのまま近くの食器棚に行き、コップを2つ取ってくる。
「ほいコップ」
「あ、ありがと」
コップを持ってきてくれた友梨佳にお礼を言うと、彼女はにっと笑った。
ほんとに彼女は、いつも楽しそうだ。毎日を楽しそうに生きていて、そんな彼女といると、僕も楽しくなる。
そうこうしているとレンジがピピっと温めを終了した音を出す。友梨佳はカルボナーラを取り出しテーブルに置いたので、僕は自分のお昼であるドリアを持ってレンジへ向かう。
「先食べてるね、いただきます」
「おけ」
僕がレンジで温めを開始し振り向くと、彼女はもうご飯を4分の1くらい食べていた。お腹が空いていたのか、心なしか食べるペースが速い。
「先ご飯いただいてます」
「そんな昭和の夫婦みたいな報告しなくてもいいでしょ...それにさっき自分で言ってたし」
「お前を嫁にもらう前に言っておきたいことがある~♪」
「それは関白宣言!あと嫁にもらうのは僕の方!」
「えっ...私を嫁にもらうなんてそんな...照れちゃうなぁ」
「うっ...」
確かにこれだとプロポーズっぽく聞こえなくもない、失言だった。
「待って、僕はまだプロポーズとかをしたわけじゃ...」
「ん?まだってことは、いつかしてくれるってこと?」
「いやそうじゃなくて!」
弁明は失敗に終わった。むしろ墓穴を掘った。もうだめだ、多分僕は今顔が真っ赤だ。
まぁそんな風にくだらない事を喋っていると、その会話を遮るようにレンジが鳴ったので、中からドリアを取り出して、何も言わず食べる。ホワイトソースとチーズが絡んだご飯の味。なんだかすごく久しぶりに味を感じた気がする。
「ねぇ蓮」
しばらく二人で黙々と食べていると、彼女が急に話しかけてきた。手で口を隠し、僕は「何?」と言う。
「あ、いや...」
無理に答えなくてもいいんだけどさ、と前置きして、友梨佳は口を開く。
「なんか今日、蓮、変じゃないかな?」
「...変?」
「なんか急に抱き着いてくるし、買い物に行かせない様にしてるみたいだし...いや、私の気のせいかもしれないんだけどさ?」
「でも」と、彼女は続けて言う。
「もし何か悩んでるなら、気軽に言ってほしいな?別に無理して言わなくてもいいけどさ」
友梨佳は気遣うような、心配するような口調で、次々にそう告げた。
「...ごめん」
何も、答えられなかった。彼女が僕を心配してくれているのは百も承知だ、でも。
僕にはやっぱり、何も言えない。何も言えないし、言いたくない。
だから謝る。頭を下げて、ごめん、と。
「大丈夫」
顔を上げると、彼女は笑っていた。全てを許してくれそうな表情で。
「大丈夫だよ、そんなに謝らないで、ちょっと気になっちゃっただけだし、あーもう変な空気にしちゃったよ、こっちこそごめん」
友梨佳は優しく笑って、全部をなかったことにしようとしてくれていた。
僕にはその優しさが、ひどく痛かった。
「そうだ、それよりさ、ご飯食べ終わったらアニメでも見ようよ」
彼女は取ってつけたように話題を転換させる。僕にとってそれはありがたい事だった。こんな雰囲気が続くのは嫌だから。たとえ、僕が蒔いた種とはいえ。
「そうだね」
そう呟くと彼女の表情は少し明るくなり、パスタを食べるペースが速くなった。僕もそれについていくように、ドリアをかきこむ。
お互い無言のままご飯を食べ終え、ごみを捨てたり後片付けをすると、彼女はソファに腰掛け、テレビをつけて僕が契約してるサブスクの画面を開く。
片付けを終えた僕も、彼女の隣に座る。
「今日は何見る?私的にはゆるふわ系がいいんだけど」
「いいね、悪くない」
友梨佳がカチカチとリモコンを押す音を聞きながら、僕は動いている画面をじっと見てる。何かいい物はないだろうか、と。
少し経つと、僕の隣から聞こえるカチカチ音が聞こえなくなった。それと同時に、動いていた画面が止まる。
「これとかいいんじゃない?」
彼女がそう言ってカーソルを合わせたのは、いわゆる日常系アニメだ。原作は4コマ漫画で巻数は全6巻、アニメは1クール12話。だいぶ前だけど彼女と一回見たことがある。
「んじゃあそれにしよっか、内容どんなんだっけ?確か怪異と女の子がいっぱい出てくるよね」
「うんそうそう、で、1話目から見るよね?」
「当たり前じゃん」
「そうだよね、さすが私の見込んだ男」
友梨佳がカチッとボタンを押すと、主人公である女の子の語りと、映像が流れる。
「こういうアニメって大体誰かがなんか喋って始まってるよね」
「確かに...他見たやつも結構そういうのあった気がする、なんでだろ」
「...伝統?」
「なるほど...いややっぱどういうこと?」
アニメというのは不思議なもので、だらだらと喋りながら見ているとあっという間に時間が過ぎてしまう。僕らがアニメを見始めたのは昼過ぎだったはずなのに、12話全部見終わるころにはもう時計は8時を指していた。
「うひゃー、面白かったぁ」
彼女はお腹いっぱいご馳走を食べた後みたいに床に転がり満足そうに、余韻に浸るかのように深呼吸をした。
「疲れたぁ...久々にこんな長時間アニメ見たよ」
床にごろんと転がる彼女を尻目に、僕はぐぐっと伸びをする。なんとなくで見始めたけれど、結構長く見ちゃったな、楽しかったからいいけど。
「確かに、だいぶ長い間見てた気がする...え?今何時?」
友梨佳はぽかんとした表情で僕に時間を訪ねてくる。
「八時」
「...おーまいがー」
彼女はわざとらしく両手で顔を覆う。
もしかして気づいてなかった?と思っていると、彼女もまた一つ伸びをして、独り言のようにぽつりと。
「そろそろ帰ろっかなぁ」
彼女のそのつぶやきに、僕はひどく惹きつけられた、咄嗟にすごく、嫌な考えが火花みたいにぱちっと頭をめぐる。
帰る。帰るって、どこに?
彼女の家は、確かにあった。けれど、今はどうなっているか、僕は知らない。だけど多分、あの事故の事は大家さんだとか近所の人だとか、いろんな人の耳に入っているはずだ。
じゃあそんな状態でもし、彼女がのこのこ帰ってきたら?少なくとも、騒ぎにはなるだろう。そしてそうなったら、彼女があの事に気づくのは確実だ。
「待って」
また、僕は彼女を引き止める。
「何?」
「今日...泊まっていかない?」
「ほら...今、夏休みだしさ」
僕は今思いついた理由らしいものを言うが、正直どうでもよかった。彼女を引き止めれさえすれば、僕の元にいてさえくれれば、それで。
「...いいよ」
友梨佳は優しく、そう言ってくれた。僕が顔を上げると、彼女はひどく心配するような、気遣うような表情をしていた。
そんな顔を見て、僕は、心からほっとした。
それから僕らは軽く夕飯を済ませ(僕が近所でハンバーガーをテイクアウトしてきた、ついでに食料も)、風呂に入った。まず彼女が先に入り、そのあと僕が入った。
ちなみに服は彼女がいくつか置いてあったものがあるので、それを着てもらった。
風呂から上がると、布団が二枚敷いてあって、そのうちの片方に彼女が寝転がっていた。
「ありがと」
「いいよいいよ、泊めてもらってるんだし」
違う。
僕が、泊めさせているだけだ。
「...うん」
僕は自分用の布団の上に寝転がり、スマホをいじる。いつもよりもぴちっと敷かれた布団は、寝心地が良かった。
しばらくは、お互いにスマホをいじってまったりと過ごす時間が流れた。時折会話はしたけれど、それらは全部中身のない、なんでもない話だった。けれど、それが心地よかった。
そんな風に過ごしていると時間はすぐに過ぎて行って、いつの間にか日をまたいで0時すぎになっていた。
「ふわぁ...」
やることもないのでそろそろ寝ようかと考えていたら、隣の友梨佳があくびをしたから「寝る?」と聞いた。
「うん寝るよ、ずっとアニメ見てたから疲れちゃった」
「そう?じゃあ寝よっか」
僕はテーブルの上に置いてある電気のリモコンを操作して電気を消す。部屋が真っ暗になり、僕は布団に潜りこむ。
「ねぇ蓮、真っ暗だね」
すると、彼女は分かり切った事を言い始めた。いや、確かに真っ暗だけど。
「そうだけど...何?どゆこと?」
「真っ暗だからって、私の事襲ったりしないでね」
「するか!」
「真っ暗で何も見えない中、お互いの肌の感触だけが感じられて...きゃー!」
「そんな純愛系同人誌みたいな展開にはならないから安心して」
「夢がないなぁ」
僕の目が暗闇に慣れてくると、ぼんやりと友梨佳の輪郭が見えてくる。彼女は多分、天井を見ている。
「ねぇ、蓮」
彼女は天井を見ながら、僕に向かってそう呟く。さっきとは違って、やけに声は小さかった。
隣で寝てる僕しか、聞き取れないくらいに。
「もし何か困ったことがあるならさ、私にできる事ならなんでもするし、悩みがあるなら一緒に考えるからさ、その...」
「無理に話さなくてもいいけど、気軽に相談してほしいな」
友梨佳はそう言い放った。優しく、はっきりと。
「...」
沈黙が流れる。
悩みはあるし、困ったことも沢山あるし、今は正直わからないことだらけだ。
このまま言ったら、もしかしたら楽になれるのかもしれない。
けれど、やっぱりそれを君には言えない。
僕は君に、何も言えない。
「うん」
否定する勇気も出ず、上辺だけの肯定の言葉を投げかけると、僕は寝返りをうち彼女に背を向けると、目をつぶって朝を待つ。
この罪悪感が朝にはなくなることを、祈っていた。
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