第10話 屋敷への道中


 魔術師協会、昼前。


「皆様、ご武運を」


 マツが頭を下げて、マサヒデ達を見送る。


「行ってきます」


「奥方様、行って参ります」


「行って来ます!」


「行ってくるよ! 晩ごはんは豪勢にしようよ!」


「師匠・・・必ず生きて戻ります!」


 ぐ、と膝を付いて、ラディが悲壮な顔でマツの手を両手で包む。

 驚いて、マツが頭を上げた。


「あーっははは!」


 と、シズクが指を差して笑ってしまった。

 マサヒデも、


「ははは! ラディさん、そこまで緊張しなくても平気ですから!」


 と、笑ってしまった。

 カオルもクレールも、口に手を当てて、くすくす笑っている。


「さ、ラディさん。立って下さい。皆が見てるじゃないですか」


 くる、と振り返ると、往来の者が立ち止まり、こちらを見ている。


「は・・・」


 ぼ、と顔を真っ赤にして、ラディはローブのフードを被り、立ち上がった。


「じゃ、行きますよ。

 ふふふ。ラディさんは皆を和ませてくれますね」


「・・・」


 真っ赤な顔のまま、ラディは下を向いた。


「あははは! ラディ、お屋敷で頭ぶつけるなよ!」


「ぷっ! ふふふふ・・・」


 クレールが吹き出し、震えながら笑いを必死に堪える。


「ははは! ほら、行きますよ!」


 マサヒデがくるりと背を向けて歩き出し、皆が付いていった。

 くす、とマツが笑って、あれなら心配ないな、と奥に入って行った。



----------



 町の出口には、既にアルマダ達とハチが来ていた。


「お待たせしました」


 とマサヒデが軽く頭を下げ、皆も頭を下げる。


「いや、ちと早く来てただけですんで。さ、まずは皆様、こちらを」


 ハチが網の塊を渡してくれた。

 少し広げてみると、網の目は大きく、手が通るか通らないかくらい。

 小さな重りがぽつぽつと付いている。

 丈夫な網と聞いて、もっと太い物を想像していたが、ただの紐だ。

 塊も大きくはない。


「この網、意外と細いんですね?」


「中に細い鉄線が入ってるんですよ。でも、大して重い物じゃねえでしょう?」


「ええ。しかし、こんな物で捕まえられるんですか?」


「ははは! 試しに被ってみますか?

 被って少し動いてみりゃあ、すぐ絡まりますよ」


「へえ・・・」


 と、網の塊を懐に入れて、ふとカオルに聞いてみる。


「もしかして、カオルさんも、こういうの使うんですか?」


「ええ。仕事内容に寄っては、ですが」


「じゃあ、使い慣れてるんですね。逃げた時は、頼みますよ」


「お任せ下さい」


「では・・・」


 マサヒデが皆の方を向いて、


「お聞きかと思いますが、確認出来た人数で、12人です。

 しかし、遠くから確認しただけです。もっといると思って下さい。

 じゃ、行きましょうか」


「はい!」


 皆が返事をして、アルマダ達も馬に乗り、歩き始めた。

 カオルが前に立ち、先導する。

 マサヒデはカオルの横に並んで、


「カオルさん、歩きでどのくらいでしょう?」


「1刻もかかりません。少し前で、軽く休憩を挟んで行きましょう」


「そうですね」


 少し歩いて、ハチがマサヒデの横に並び、


「トミヤス様、立ち会いの際は、私もご一緒してよろしいですか。

 後ろで見てるだけで、邪魔は致しませんので。

 一応、ちゃんと見てはおきませんと、証人になり得ませんものですから」


「ええ、構いませんよ」


「ところで、その棒は?」


 と、ハチがマサヒデが持った棒に目を向ける。


「ああ、シズクさんの物です。棒2本はかさばりますからね。

 1本は私が持って行くんですよ」


 くる、とハチが振り向いて、シズクの鉄棒に目を向けた。

 磨かれた鉄棒が、きらりと日の光を反射する。


「あれ・・・鉄、ですよね?」


「ええ」


「鉄が表に貼ってある・・・て訳じゃねえですよね?」


「ええ。中まで全部鉄です」


「よくもまあ、あんな物を振り回せるもんだ・・・

 さすがは鬼族って所ですね。

 あれじゃあ、かつんと頭に当たっただけで、お陀仏だ」


「ま、そういう事です。殺さなくて済むなら、こういうので」


 ぽんぽん、とマサヒデが腰に差した木刀を叩く。


「抜かずに済めば良いんですけどね」


「全くですな。しかし、数が数だ。

 私みたいな同心まで来ちまったら、逆に暴れちまうかもしれねえ」


「・・・まあ、その時はその時です」


「本当に申し訳ありません。こんなお頼み事をして」


「いえ。構いませんよ。相手は勇者祭の参加者なんです。

 こちらとしても、願ったり叶ったりですよ」


 にや、とハチが笑い、ちら、とカオルもマサヒデの顔を見た。


「ふふ、トミヤス様、そりゃあ願ったりって顔じゃありませんよ」


 ぺた、とマサヒデが頬に手を当てる。


「いや、まあ、斬りたくはない、というのが本音ですから」


「それがトミヤス様の良い所だ。

 カオル様もそう思いませんか?」


「はい。そう思います」


「ふふ、しかし、もう少し本音を出さない方が良いのでは?」


「ハチさん、それじゃあ、斬りたくて仕方がない、みたいになっちゃいますよ」


「ははは! そりゃ違いねえや!

 ここは本音を出しといた方が良うございましたな!

 まさか、トミヤス様、わざとそんな顔してたんじゃねえですよね?」


「ふふふ。そんなに器用じゃありませんよ」


 ハチはにこにこ笑いながら、


「ところで、カオル様。

 あなたぁ、トミヤス様のお父上から一本取った、と、昨晩お聞きしましたが」


「何とか、ですが」


「何とかって、トミヤス様のお父上と言えば、剣聖のカゲミツ様でございましょう。

 一体、どうやって一本取ったんです?」


 ちら、とカオルがマサヒデを見る。

 そのまま話せば、魔剣が明るみに出てしまう。

 マサヒデはにやにや笑って、


「ふふふ。聞かなかった事にして下さいよ」


「ええ」


「カオルさんは、父上の所蔵の刀を一本盗んだんですよ。

 文字通り『一本盗った』ですね。とった、の字が盗んだ、ですが」


 にやり、とカオルがハチに笑顔を向ける。


「ええ!? ちょ、ちょいと、同心の前で盗みの話はやめて下さいよ」


「ですから、聞かなかった事にして下さいね」


「う、ううむ、分かりました・・・

 しかし、カゲミツ様の所蔵となりゃあ、相当の業物じゃあないんですか?」


「ええ。ですけど、父上はまだ盗まれた事に気付いてません。

 だから、絶対に秘密です。お奉行様にも話さないで下さいよ」


 マサヒデが顔を逸し、肩を震わせた。


「どうなさいました?」


 ぶ、と吹き出して、マサヒデが笑い出した。


「ははは! カオルさん、刀身だけ盗んで、中身を竹光にすり替えたんですよ!

 父上が気付いたら、どんな顔をするものやら!」


「わははは! 剣聖が驚くなんて、そりゃあ見ものだ!」


「うふふ。ご主人様は、既に何本も取ってますよ」


「と言いますと・・・やはり、こっちで?」


 ハチが両手を前に出し、刀を振るように手を振る。


「ははは! まさか! 剣で父上には敵いませんよ。

 ちょっと子供がいたずらしただけです」


「いたずらと言いますと?」


 にやにやとハチが笑う。


「まあ、色々です。例えば、先日のコヒョウエ様の事とか」


「コヒョウエ先生の?」


「ええ。父上は若い頃に、コヒョウエ様に世話になったそうですからね。

 手紙を出したんです。コヒョウエ様がいるとは書かず、ご子息がいるとだけ」


「お会いになったんでしょうかね?

 コヒョウエ先生はふらふらしてますから・・・」


「どうでしょうか。多分ですが、会ったと思います。

 帰ってきた時に、ふらふらになるまで稽古をつけてもらいました」


「トミヤス様が、ふらふらになるまでですか?」


「ご主人様、来た時の方が恐ろしかったではありませんか」


「ああ、あれは・・・」


「来た時? 何があったんで?」


「ギルドの訓練場で、気を失うまで何度も叩きのめされました。

 気を失っては水を掛けられ、起こされて、の繰り返しです。

 私も、アルマダさんも、カオルさんも、夕方近くまで寝てましたよ。

 竹刀が何本も折れてましたね」


「私は足を折られました」


「クレールさんがいましたから、ちゃんと治癒をかけてくれましたよ。

 肋を折っては治されて、腕を折ったら治されて、と言った感じです」


「・・・」


 ハチの喉が鳴った。


「ま、いたずらも程々にしませんといけませんね。ははは」


「はは、そうですな・・・」


 剣聖のお叱りとは何と怖いものだろう。

 マサヒデはへらへらと笑っているが、この人はそういう人に育てられたのだ。

 よくも、いたずらなど出来るものだ、とハチは恐れ、呆れてしまった。

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