第14話 屋敷捜索・2


 マサヒデとハチが廊下に出て、ぴたりとマサヒデが足を止めた。


「む・・・ハチさん」


「なんでしょう」


「この廊下・・・絨毯が敷いてありますよね」


 マサヒデがしゃがみ込む。


「ええ。それが何か」


「もし、百姓達が売り払ってしまったなら、この絨毯、残ってますかね」


「む! 確かにそうだ! 良い所にお気付きで」


「2階を見ましょう」


 ロビーに戻ると、まだ猫族が幸せそうな顔で、うんうんと声を出している。

 シズクがにやにや笑いながら、つんつんと指先でつついている。

 それを笑いながら見ていたクレールが顔を上げ、


「マサヒデ様、何かありましたか?」


「いえ、何も。何もないんです。すっからかん。家具がひとつもない。

 地下の酒蔵に、ワインもない」


「ここにいた者達が、全部飲んでしまったのでは?」


「ワインの酒瓶はひとつもなかった。ワインの棚にも、埃が積もっていました。

 ずっと、何も置かれていなかったのでしょう」


「昔のお百姓さん達が、売ってしまったのでしょうか?」


 マサヒデが廊下の方を向き、


「廊下に立派な絨毯が敷いてありますね。

 あれ、売ればそこそこの値段になると思いませんか?」


「むむ、確かに・・・」


 とクレールが腕を組んで、首を傾げた。


「さて、と」


 マサヒデが縛られた2人の虫人に目を向けた。

 怪我はクレールが治したのだろう。痛みの声は上げていない。


「続けますか? 降参しますか? 続けるなら、縄を解きましょう」


「いえ、いえ、降参します・・・」


 こく、とマサヒデは頷いて、


「じゃ、玄関を出て、正面の騎士さん達の所へ行きなさい。

 あなた達には、不法侵入の罪がある。奉行所に行ってもらいますよ」


「はい! すぐに!」


 ばたばたと両手を縛られたまま、虫人2人は外へ走って行った。

 マサヒデは階段の上を見て、


「じゃあ、2階に行って来ます」


 階段を登り、一番奥の部屋に向かう。

 あの『先生』と言われていた男の部屋。

 開いたドアから、酒の匂い。


「あの男の部屋ですね」


 部屋の隅に、徳利がいくつも転がっている。

 ベッドと、衣装棚。

 小さな机と椅子。

 机の回りに、変色した紙が散乱し、徳利とお猪口が乗っている。


「ここ、家具がありますね」


「ええ。人が居たんですね」


 ベッドの反対側を覗くと、男の荷物があった。


「ハチさん、開けても」


「構いません」


 寝袋、火打ち石、上着、穴が空き、ボロボロになったローブ、砥石、水筒。

 使い込んだ着替えの服、足袋、ナイフ、金が入った袋。

 簡単な旅の荷物だけだ。


「ううむ・・・」


 畳まれた上着を開いて見たが、紋なし。


「身元が分かりそうな物は、何もありませんね」


「ええ。何処の者だったんでしょう」


「・・・」


 立ち上がって、衣装棚を開けてみる。

 ちゃんと、服が掛かっている。


「やはり、家具は勝手に売られたのではないですね。

 貴族の服なら金になる。とっくに売られていたはず」


 机の回りに散らばった紙を1枚拾う。

 何か書いてあるが、字が消えかかって良く分からない。

 下に数字が書いてあるのが、ぎりぎり分かる。


「これは・・・税金とか請求書の類でしょうか? 数字は金額?」


 ハチも紙を拾って見てみるが、


「ううむ・・・字が消えちまって、良く分かりませんね?

 こっちには数字がねえな・・・ううんと、キ・・・ホの国・・・かな?」


 透かすように、ハチが紙を上に上げる。


「キホの国・・・たしか、魔の国との戦争の前に、滅亡した人の国ですね」


「ふむ? しかし、100年前となると、戦争の後だ。

 なんでとっくに滅亡した国の名前が、ここにあるんでしょう?」


「さあ・・・我々では良く分かりませんね。

 この辺は、アルマダさんに任せるとしましょうか。

 しかし、多分、ここにいた貴族の手掛かりでしょう」


 部屋を出て、向かいの部屋のドアを開ける。


「お・・・」


 本棚が壁を埋め、びっしりと本が詰まっている。

 小さなソファーと、小さなテーブル。

 テーブルの上には錆びた燭台と、溶けかけた蝋燭。


「本ですな。こんなにぎっしり」


「もしかしたら、すごく貴重な本があるかもしれませんね。

 あまり触らないようにしましょうか」


「ですな」


 本棚の本の背表紙を見てみる。

 何とか英雄譚、何とか物語、おとぎ話ばかり。

 下の段には、歴史書がぎっしり。

 もう一つ下の段には、色々な宗教の本が詰まっている。


「ううむ、歴史家・・・だったんでしょうか・・・

 英雄譚やおとぎ話、それに歴史書、宗教・・・」


「おや」


「どうしました」


「トミヤス様、こっちに来てご覧なせえ。刀剣年鑑ですって」


「へえ。ここのハワードさんも、刀剣が好きだったんですかね。

 あ、違うか・・・英雄譚、おとぎ話、歴史書、宗教の本。

 きっと、色んなお話や伝説から、歴史を調べてたのかな?

 刀剣も、そういうお話に良く出てきますからね」


「ああ、なるほど。それで」


「あ、でも、その刀剣年鑑、貴重な物かもしれませんよ。

 年数が経つうちに、埋もれてしまう名刀とかって結構あるんですよ。

 現在の刀剣年鑑には載ってない物も、あると思います」


「へえ、そういうもんですか」


「ラディさんが喜びそうですね。

 後で見せてあげても良いでしょうか?」


「構いませんとも。どこの屋敷か有耶無耶になってる所ですし。

 ここのご領主様も、ほったらかしにしてるんです。

 何でもかっぱらってっても構いませんよ。ははは!」


「そんな事しちゃって良いんですか?」


「一応、現場の建物だから見てるだけですから。

 ほんとは盗みになりますけど、碌な物も残ってねえみてえですし。

 見なかった事にしますんで、お好きなだけ持って行って下さい」


「ははは! ご同心様のお許しが出ましたね。

 じゃあその刀剣年鑑、持ってってラディさんに見せてあげましょうか」


「ええ、どうぞ」


 ハチがずり、と刀剣年鑑を引き出し、マサヒデに渡した。

 ぱらぱら、と開いて軽く流して見るが、普通の刀剣年鑑だ。

 比べて見れば、現在の刀剣年鑑には載っていない物があるかもしれない。


「じゃあ、次行きましょうか」


「へい」


 隣の部屋のドアを開ける。


「ここも、何もないですね」


「ええ・・・あっ! トミヤス様、もしかしてですが・・・

 あの本の山を買うために、家財道具、あらかた売っちまったとか?」


「あ、それはあるかもしれませんね。

 そうだ、100年前となると、本は今よりずっと高かったはず。

 もしかしたら、当時すごく貴重だった本が何冊かあったのかも」


「それなら納得ですな。町から本屋でも連れてくれば、分かるかもしれませんね。

 すげえ値打ち物が見つかったりするかもしれませんよ」


「本なら、マツさんやクレールさんに見てもらえば分かるでしょう。

 お二人共、私と違って学があるし、100年以上前から生きてます。

 100年前の本でも、良く知ってるでしょう」


「そうですな。じゃ、クレール様に少し見てもらいますか?」


「ふふ、本なんて大嫌いです! 全然知りません! なんて言ったりして」


「ははは!」


 部屋を出て、次々とドアを開けていく。

 やはり何もない・・・


「ううむ、結局、あのベッドの部屋と、本しかありませんでしたね」


「・・・」


 ハチが腕を組んで、眉を寄せる。


「どうしました」


「いや、金がねえんですよ。金庫みたいな物がねえ。

 生きてく為には、食わなきゃいけません。食い物を買わなきゃ。

 自給自足してたには見えねえし、金がどこかになきゃ、不自然です」


「色々と盗まれた感じはなかった。という事は・・・

 やはり、アルマダさんが言っていたように、どこかに隠し金庫みたいな?」


「家具や本棚とかに、隠してあったのかもしれませんね」


「まあ、その辺はアルマダさんとカオルさんに任せましょう。

 別に、ここの貴族の調査をしに来た訳でもありませんし」


「おお、そういやそうでした。すっかり夢中になっちまって・・・」


「戻りましょう。遺品からは何も分かりませんでしたし・・・

 ラディさんにこの刀剣年鑑を渡して、本はクレールさんに見てもらいましょう。

 歴史家みたいでしたし、もしかしたら、凄く貴重な発見があるかも」


「ですな」


 2人は絨毯の敷かれた廊下を歩いて行った。

 歩く度に、ふわふわと敷かれた絨毯から埃が小さく上がる。

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