第9話 得物の準備
朝餉を済ませた後、カオルは部屋に戻り、小さな机に得物を置いていく。
ことり。ことり・・・
小さな壺が並んでいく。
「・・・」
とん、と少し軽めに叩くように机に置く。
懐紙で壺全体を磨くように、撫でる。
漏れていない。
とん、とん、とん・・・
同じように、確認。問題なし。
小さな紙の袋を並べていく。
火薬の粉末、目潰しの粉末、ただの囮の粉が入った粉末。
そして、またたびの粉末を入れた袋。
「良し・・・」
さささ、と懐に入れ、小太刀を抜く。
小さな窓から差し込む朝日が、小太刀に反射してきらめく。
目を細めて、舐めるように確認。
こくん、と頷いて、ナイフを抜く。
マサヒデ達も知らない、秘密の仕掛け。
机に向けて、柄の小さな突起を押す。
刃が飛び出て「こん!」と、机に刺さる。
刃を戻し、刃先を確認。
「良し・・・」
使うような場面にはならないだろうが、油断は禁物。
自分は相手をすぐに甘く見てしまう。
そうしていないつもりでも、何度も注意された。
気を抜かず、万全を期す。
昨日見た所、獣人の、猫族の者は、大した腕ではないと分かった。
だが、かの種族の勘の良さは、恐ろしいものがあると言う。
もしまたたびに気付き、逃げに徹しられたら、馬でも追うのは難しい。
そうなったら、追えるのは自分しかいない。
追いついたら、自分が1人で戦うのだ。
3対1になるかもしれない。
見つけられなかった者も、いるかもしれない。
「良し」
頷いて、ナイフを鞘に収めた。
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「・・・」
じっと刀を見つめるマサヒデの背中を、マツとクレールが緊張して見つめている。
シズクも肘枕で寝転がったまま、無言でマサヒデの刀を見ている。
夏だというのに、部屋の空気が、真冬の夜のように冷たく感じる。
マサヒデが頷き、ゆっくり、静かに刀を収めた。
空気は緊迫したまま。
マサヒデは腰から脇差を抜き、静かに鞘から引き抜いた。
刀匠ホルニ作の脇差が、朝日を浴びて冴えて光る。
以前見た時は、美術品のような美しさを感じたものだ。
美しさは変わらないのに、今朝は冷たいものを感じる。
ゆっくりと脇差を回し、縦から、横から、立てて、寝かせて・・・
無言のまま、マサヒデはじっと脇差を見ている。
しばらくして、マサヒデが手を止めた。
脇差が鞘に収められた瞬間、ふわ、と部屋の空気が少し軽くなった。
「良し」
はあ・・・と、マツとクレールが息をついた。
にやっとシズクが笑って、
「ふふふ。刀は面倒だね」
「ええ。本当に。でも、手の掛かる物ほど、愛着が湧くって物ですよ」
マサヒデは立ち上がって、縁側から庭に下りた。
庭木の側に立ち、刀を抜いて、どん! と木を叩く。
ふい、ふい、と揺れて葉が落ちてきた。
す! と刀が振られる。
「おー見事ー!」
シズクが声を上げた。
はらり、と斬られた葉が落ちた。
奥から見ていたマツとクレールは見えていなかったが、何があったかは分かった。
普段なら驚いて声を上げ、拍手でもする所だが、そんな雰囲気ではない。
ゆっくりとマサヒデが戻ってきて、縁側に座った。
「ふふふ。ただの見世物ですよ」
「またまた。そんな風に振られたら、避けられるもんじゃないって」
「全然ですよ。私は2回斬れれば良い所です。
サマノスケは、落ちてくる葉を10回以上も斬れたとか」
「まじで!? すごいね、無願想流・・・」
「ところで、私は木刀も持って行きますが、シズクさんはどうします?」
「棒2本は、さすがにかさばるなあ。どうしようかな?」
「木の方は私が持ちましょうか」
「じゃあ、お願いしちゃおう! 木の棒、持ってくよ!」
マサヒデは頷いて、
「ま、殺さずに済むなら、それで良いでしょう。
というか、普通は棒って木ですけどね」
「あははは! 確かにそうだね!」
2人は笑いながら喋っているが、マツもクレールも恐ろしさを感じた。
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1刻ほど後。
「おはようございます! ホルニコヴァです!」
ささ、とカオルが出て行き、ラディと一緒に居間に入って来た。
マサヒデは縁側から振り向いて、
「おはようございます」
「よ! ラディ、おはよ!」
シズクも寝転がったまま、手を上げた。
さ、とローブを正して、ラディが正座する。
マサヒデは背中を向けたまま、
「緊張していますね」
「はい」
「ラディさんは、クレールさんと後ろにいて、呼ばれたら来てくれれば良いです。
私、カオルさん、シズクさんが前で戦いますから」
「・・・」
「ただ、相手には猫族がいます。
恐ろしい速さで、飛び出てくるかもしれません。
十分に注意して下さい。近付かれたら、敵いませんよ」
「はい」
「アルマダさん達が、相手の根城の屋敷の周りを遠目に囲みます。
ラディさん、クレールさんは、アルマダさんから少し離れて側にいて下さい。
馬が駆け出すかもしれませんから、少し離れて、ですよ」
「はい!」「はい」
「では、ゆっくりしてて下さい。
昼餉を早めに食べて、正午にここと反対側の町の出口に向かいます」
「はい」
ラディは背負った銃を取り出し、ゆっくりと眺めた。
しばらくして、かしゃしゃ、とレバーを上げてボルトを引く。
頷いて、ポーチから挿弾子を出し、がちゃ、と押し込む。
かちちん、と前にボルトを押し込む。
かち、と安全装置を掛け、ケースの上に置いた。
「おお・・・ラディ、何か慣れた感じになってきたな・・・」
驚いた顔で、シズクがラディを見ていた。
ラディがシズクに顔を向け、
「まだまだです」
と言って、銃剣を鞘から抜いて、じっと見始めた。
す、とマサヒデが縁側から立ち上がり、座って銃剣を見ているラディを見て、
「おや?」
と足を止めた。
「なんでしょう?」
ラディがマサヒデを見上げると、マサヒデは銃剣を見ている。
「その短刀は・・・それ、もしかしてお父上が?」
「はい」
そう言って、ラディはかちゃりと銃剣を銃に着けた。
「ん? それは?」
「マサヒデさんは知らなかったんですか?
この銃、この短刀を先に着けられるんです」
「あれ、そうだったんですか? 知りませんでした」
「マサヒデさんが選んでくれたので、知っていると思いました」
ラディは銃を持ち上げ、
「短刀を引っ張ってみて下さい」
「はい」
ぐいぐい。
「お? お? 抜けませんね?」
ラディが柄を掴んで、突起を押す。
かちり、と銃剣が抜ける。
「ほら。こうすると抜けます」
「ほう・・・」
「この短刀だけはちょっと、その・・・
それで、お父様に作り直して頂きました」
「なるほど。ミナミさんは、刃物を打つのは得意ではなかったんですね」
「そのようです」
「しかし、上手いことを考えましたね。
こうやって、近付いた相手にも対処出来るように作ったのか」
しげしげとマサヒデが八十三式を見つめる。
「良く考えられています。が・・・」
マサヒデは座ってラディの顔を見つめ、
「ラディさん。もし猫族に近付かれても、決してそれで戦おうとしてはいけません。
カオルさんと同じくらい、速いと思って下さい。
一歩離れる為だけに使って下さい。まともに戦おうすると、死にます。一歩です。
一歩離れる事が出来れば、アルマダさんか、クレールさんが倒してくれます」
死にます。
嫌でもラディの身体が強張ってしまう。
「は、はい」
緊張した顔で、ラディが頷く。
マサヒデは笑って、ぽん、とラディの腕を叩いた。
「今回は、ラディさんに開戦の合図をしてもらいましょうか」
「開戦の合図・・・ああ」
最初に1発、銃弾を射って脅かすのか。
「最初にどこでも良いので、1発、窓に穴を開けて下さい。
驚いて、相手が窓から顔を出してくれれば、儲けものです。
またたびが開いた窓から入れば、猫族は一巻の終わりですからね」
「またたび?」
「ラディさんも、まさか猫族にまたたびが効くなんて、知らなかったでしょう?」
「え? 効くんですか? 獣人ですよ?」
これにはラディも驚いたようだ。
かくん、と肩の力が抜けたのが、目に見えて分かった。
「ええ。酔っ払ったようになってしまうそうです。
泣き上戸、笑い上戸、暴れ酒のように、効果は人それぞれらしいですが」
「そうだったんですか」
「ふふふ。なんと虎族にも効いてしまうそうですよ」
「ええ!?」
「もし虎族が暴れ出したら大変ですから、使いはしないそうですが。
ははは! 面白いでしょう?」
「今回の猫ちゃん達、どうなるのかな? んふふふ」
シズクもくすくすと笑う。
「あの、もし暴れ出して、飛び掛かって来たりしたら」
「その時は、アルマダさんとクレールさんに任せて下さい。
あと、暴れても、網を投げれば簡単に捕まえられるそうです」
「網? 投網ですか?」
「ええ。酔っ払いですからね。
勝手に暴れて、どんどん絡まっていくそうですよ」
「そうなんですか」
「網は奉行所がお貸ししてくれるそうです」
「分かりました」
ぽん、とラディの肩に手を置くと、マサヒデは立ち上がって、奥へ入って行った。
マサヒデの話と、くすくす笑うシズクの声を聞き、ラディも少し落ち着いた。
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