第8話 猫にまたたび


 日も暮れかかった頃、がらっと玄関が開いた。


「失礼します! ハチで御座います!」


 マツが夕餉の支度をしているので、クレールが出て行った。

 頭を下げながら、ハチが入ってきて座った。


「どうも、遅くなりまして」


「いえ、こんな遅くまで、ご苦労さまです」


 マサヒデが頭を下げた所で、縁側にいたアルマダも横に座って頭を下げた。

 ちら、とハチはアルマダを見て頭を下げ、マサヒデに目を戻した。


「朝に使いを出してから、しばらく見張りを1人残しておりまして。

 出て行く様子があるかどうか、見張らせておいたのですが・・・」


 顔と口ぶりからすると・・・


「出て行く素振りもない、と」


「その通りで」


「使いの方は何か? 直にお話したと思いますが」


 ハチは顔をしかめ、


「情けねえ事に、ぶん殴られて尻尾巻いて帰って来ました」


「そうですか。殴られて・・・

 出て行く気もない、奉行所からの使いに、平気で手を上げるような輩ですか。

 放っておくと、危険な事になりそうな気がします」


 アルマダが手を挙げ、


「横から失礼します。殴った者はどこの種族の者でしたか」


「虫人族しか見なかったそうで」


「虫人族ですか。で、マサヒデさん。いつ行きますか。

 これは早い方が良いでしょう」


 ハチがアルマダを見て、


「行くと仰られますと・・・あなた様も?」


「私、トミヤス流のアルマダ=ハワードと申します。

 マサヒデさんと同じく、勇者祭の参加者です。

 話を聞きまして、助勢したいと。お許し願えますか」


 あっ、とハチが驚いた顔をして、


「あなたがハワード様・・・念の為にお聞きしますが、貴族のお方ですね?」


「はい」


「ううむ・・・さいですか・・・あなたが、アルマダ=ハワード様で・・・」


 ハチはしばらく考えて、顔を上げた。


「実は、このお屋敷なんですが、ハワード家の物だったらしいんですよ。

 ハワード家は沢山ありますから、そちらのハワード様とは別口かと思いますが」


 はて? とアルマダは少し首を傾げ、


「私の実家は、ここから馬で2ヶ月も離れた所ですから・・・

 別のハワード家だと思いますが、もしかすると、という事もありますね」


「もしかすると?」


「私の家では聞いた事はありませんが『居なかった事にされた者』かも。

 往々にしてあることです。子孫が残っていないのも、そのせいかもしれません」


「どういう事でしょう?」


 マサヒデとハチが首を傾げる。


「例えば、何かやらかして、家を追い出された者とか。所謂、島流しですね。

 そういう者は、大体、身分を剥奪されて、領地から遠くに追いやられたりします。

 系譜にも残らず、すぐに忘れられ、仕送りもなくなり、貴族として死んだも同然。

 この辺はハワード領ではありませんし、一部お借りしていた・・・とか」


「へえ・・・そんな事もあるんですね。私のように放逐されたんでしょうか」


「まあ、かもしれないってだけです。

 ハワードという姓は多くありますから、私の家ではないと思いますが・・・」


「そのハワード様、どんなお方だったんでしょうかね?」


「どこのハワードであれ、碌な人物ではなかったでしょう。

 田舎町とはいえ、オリネオは昔から豊かな土地だったのですよ。

 普通に経営をしていれば、周りに家が数軒、なんて事はないはずです」


「でしょうな」


 と、ハチも深く頷いた。


「ハチさん。カオルさんを偵察に行かせています。

 そろそろ返ってくると思いますので、お待ち頂けますか。

 人数や周りの地形なんかも考えて、軽く段取りを決めておきましょう」


「はい」



----------



 夕餉も終わった頃、やっとカオルが帰って来た。


「遅くなりました。ご心配をおかけしまたか」


「いえ。カオルさんを心配なんてしませんよ」


 は! とシズクが笑い、


「マサちゃん、それは酷くない?」


 マサヒデも笑って、


「ははは! それだけ信用してるって事ですよ!

 カオルさんは、父上から一本取った腕前なんですよ。で、首尾は」


 と言って、顔を引き締めた。


「確認が出来た者で、虫人族9人、獣人族3人の計12名。

 虫人が4名、5名の2組、獣人3名が1組です」


「ほう。獣人の組がいましたか。よく見つかりませんでしたね」


 カオルが、にや、と小さく笑った。


「あれでは、ギルドの冒険者でも楽に倒せましょう」


「で、獣人は犬族? 猫族?」


「全員猫族です」


 ハチが驚いた顔で、


「え? 全員が猫族ですか?」


「はい」


「ふうむ・・・そうですか・・・珍しいですね・・・」


 と、腕を組んだ。

 マツもクレールもシズクも、首を傾げている。


「何か不自然でも?」


「いや・・・猫族の者は、あまり、群れて動く事はありませんので。

 大体、猫族は1人、後は他の種族、といった感じです」


「ふむ。まあ、中にはそういう例外もいるでしょう。

 親兄弟や親戚だとか、近い者かもしれませんし」


「ああ、それなら考えられますね」


「で、屋敷の方はどういった所でした?」


「小さいとはいえ、それなりの大きさはありました。

 向かいの冒険者ギルドより一回り小さいくらいの大きさでしょう。

 左右対象の造りで、玄関ロビー、廊下を挟んで3部屋づつ、2階建て。

 凝った造りではなく、集合住宅のように同じ広さの部屋が並んでおります」


 集合住宅のような屋敷。

 アルマダが言ったように、どこかから追いやられた貴族だろうか?

 適当に建てて与えられた、というだけの屋敷か?


「ほう?」


 アルマダが顎を手に当て、


「カオルさん、屋敷には入れましたか?」


「いえ、獣人がおりましたので、念の為、近付くのはやめておきました」


 ハチが頷いた。


「賢明ですな。猫族は恐ろしく勘が鋭い奴らです」


 アルマダは険しい顔で、


「ううむ・・・隠し通路や隠し部屋なんかがあると、厄介ですね。

 適当に作られた屋敷でも、そのくらいは作ってあるかもしれません。

 無ければ良し、あっても気付いていなければ良いのですが」


「周りは開けておりますが、膝丈より少し低い程の草が生えております。

 隠し口も考えて注意して見てみたのですが、遠目からではよく・・・

 草の下に出口があっては、面倒ですね」


「マサヒデさん。私達のパーティーは全員騎馬です。

 我々が離れて周りを囲みましょう。逃げる者がいたら、我々が対処します。

 隠し通路で逃げようとしても、追えるかもしれません」


「では、我々は玄関から行きましょうか」


 ハチが驚いてマサヒデに顔を向け、


「いやいや! トミヤス様、真正面からですか!?」


「ええ」


「それはいくら何でも・・・」


「大丈夫ですよ。それより、獣人の組に逃げられないかが難しい所です。

 訓練場で何人かと相手をしましたが、皆、恐ろしくはしこいですからね。

 アルマダさん、猫族が逃げても、馬で追えますかね?」


「ううむ・・・逃げる猫族ですか・・・

 向かってくるなら相手は出来ますが、逃げるとなると、馬でも難しいですね。

 山や林に入られたら馬は追いつけませんし・・・

 もし集落に入られてしまったら、目も当てられませんよ」


 アルマダが腕を組んで、天井を仰ぐ。

 ハチがにやっと笑って、


「皆様、猫族相手なら、逃げられない方法がございます」


 皆の目がハチに向けられた。


「またたびをお使い下さいませ」


「・・・」


 猫にまたたび?

 獣人族相手にも効くのか? 冗談なのか?

 皆が呆れて声も出ない。


「ははは! 皆様、お疑いでございますな。冗談ではございません。

 猫族相手の捕物の時は、いつもまたたびを使うんで」


「・・・それ、本当ですか?」


「ええ、本当ですとも。泥棒なんかは、猫族が多いですからね。

 相手の居場所が分かってるなら、さっとまたたびの粉を撒きます。

 後は風の魔術で丸く囲むように、居場所に向けてふわっと風を流すだけです」


 マサヒデは胡乱な目で、


「それで、どうなるんです?」


「酔っ払っちまうんです。寝ちまったり、転げ回ったり、抱き合って笑い出したり。

 暴れ出すような奴もいますが、とにかく、まともに頭は回らなくなります。

 またたびが効いてる間にふん縛っちまえば、簡単ですよ」


 アルマダもまだ信じられない、という疑問の顔で、


「もし暴れるような猫族がいても、簡単に取り押さえられますか?」


 ぱん、ぱん、と膝を叩きながらハチは笑い、


「ははは! 簡単ですとも!

 丈夫な網をばさっと被せちまえば、暴れてどんどん絡まっちまいます。

 頭が回らねえから、自分で勝手に絡まっていくんですな!」


 げらげら笑うハチを見て、


「そんなものですか・・・」


 皆、声も出ない。

 本当に、簡単に捕まえられてしまうのか。


「皆様に、その網をお貸ししましょう。

 もし飛び出て来ても、ぱっと投げつければ簡単にお縄に出来ますよ。

 重りが付いてて、投げつければ、ばさっと宙で広がりますから」


「ありがとうございます」


 と、アルマダが頭を下げた。

 ふと、マサヒデに疑問が浮かんだ。


「ハチさん、質問なんですけど」


「へい、何でしょう」


「もしかして、ですけど・・・またたびって、虎族にも効くんですか?」


 ぷー! とハチが吹き出した。


「わーっははは! 効いちまうんですなあ、これが!

 もし暴れちまう奴だと大変ですから、使いやしませんけどね!

 あいつらあ、鉄の網でも簡単に破っちまいますから! わははは!」


「虎族にも弱点があったんですね・・・」


 げらげらと笑うハチを見て、皆の引き締まった心がふっと軽くなった。


「ふふふ、こいつぁいけねえ、少し笑いすぎちまいましたね。

 しかし、猫族共には注意もあります」


「注意ですか」


「ええ。絶対に夜に相手しちゃあいけねえって事です。

 動物の猫と同じです。あいつらあ夜行性なんですな。

 夜目がきく。耳もきく。私ら犬族ほどじゃあねえが、鼻もきく。勘もすげえ。

 動きもとんでもなく軽くなる。まさに泥棒にうってつけなんですよ」


「なるほど。では、明るいうちに行きますか。

 カオルさん、昼頃に出れば良いでしょうか?」


「昼餉を早めに取って、正午に町を出れば十分でしょう。

 長引いても、夕刻まではかかりますまい」


 マサヒデは頷き、


「分かりました。では、正午に町の出口の所に集合としますか」


「分かりました」


「合点です」


 と、アルマダとハチも頷いた。


「では、これで解散としますか。

 ハチさん、遅くまで引き止めて、申し訳ありませんでした」


「いえいえ。明日が楽しみですな! ははは!」


 そう言って、ハチは出て行った。

 アルマダも、


「では、私もこれで。皆も馬を手に入れて浮かれているでしょう。

 明日は捕物と聞かせて、早めに休ませておきます」


 と言って、出て行った。


「ふふん! 腕が鳴るね!」


「ふふふ。猫族が相手だと楽しみにしておりましたが、簡単に運びそうですね」


「私の風の魔術の出番ですね! しっかり流しますよ!」


 皆が鼻息を荒くしている。

 ハチが笑って雰囲気を良くしてくれた。

 このまま、事が上手く運べば良いのだが・・・

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