第7話 相手は10人以上・2


 マサヒデは平然と『相手は10人以上』と言った。


「いや、そんなに驚かないで下さいよ・・・

 私の組も、アルマダさんの組も、5人ずつでしょう。

 合わせて10人いるんですから」


「あ、確かに・・・」


 マツが少し安堵した顔になった。


「それと、集落が近いそうなので、同心の方にもご同行を願おうと思っています」


「同心? 同心の方の立ち会いがいるのですか?」


 クレールがなぜ、と聞いてくる。


「相手もこちらも人数が多いでしょう。

 もし集落にまで戦いの場が広がれば、被害が出るかも知れない。

 一般人の避難などをお願いしたいと思いまして」


「あ、なるほど」


「それより、クレールさん。もし行くとなったら、あなたにも来てもらいますよ。

 今のうちに、着込みをしっかり確認しておいて下さい」


「え? 私もですか? 私、まだ許可が下りてませんけど・・・」


「大丈夫。参加者じゃなくても平気です。

 その為に、同心の方に立ち会いを願うんですよ」


「あ、なるほど・・・分かりました!」


 ごそごそと着込みを脱いで、クレールはじっと顔を近付けて、舐めるように着込みをゆっくりと確認する。


「・・・行くにしても、アルマダさん達が戻ってから。

 あの山に馬を捕まえに行っているのですから、相当疲れているはず。

 今日には帰ってくる。休んでもらって・・・早くても明日の朝、ですね」


 見ていた棒手裏剣を綺麗に拭いて、差し戻す。

 次の棒手裏剣を手にして、


「む、クレールさん。忍の方に、ラディさんに言伝を届けてもらいますか。

 『本番になるかもしれない。相手は多数。早くて明朝出立。準備を願う』と。

 大きな怪我人が出るかもしれませんから、ラディさんには絶対に来て欲しい」


 クレールが顔を上げ、


「分かりました」


 と言って立ち上がり、縁側で「ぱん! ぱん!」と手を叩く。


「聞いておりましたね! 今すぐホルニ工房へ行き、ラディさんにお伝えを!

 ご両親を心配させてはいけません。必ず御本人に直に伝えるのです!」


「は!」


 姿の見えないレイシクランの忍の返事だけが聞こえ、去って行った。

 クレールが戻ってきて、また着込みに顔を近付ける。


「うむ・・・」


 手にした棒手裏剣を戻した所で、マツがすっと包を差し出した。


「マサヒデ様」


「これは・・・ああ、鉄扇ですか?

 お二人が選んでくれたんですから、良い物でしょうね」


「いえ、その・・・まあまあ、です」


 マツとクレールは目を合わせ、微妙な顔をした。


「まあまあ?」


 包を開け、小さな箱を開ける。

 1尺と、3寸ほどか。結構長くて、さすがに重さがある。

 広げると、何の絵もない、金属の普通の鉄扇。


「おお、良いじゃないですか。これなら気兼ねなく使えますね。

 壊してしまっても、気になりませんよ」


「そ、そうですか?」


「ふふふ。正直に言うと、不安だったんですよ。

 金貨何十枚とかすごい値段の、きらびやかで武器として使えない物では、と。

 それで、また飾り物になってしまうんじゃないかって」


「・・・」「・・・」


 得物として使うから、いやいや、少しは美しさが、などと、2人は随分と頭を悩ませたのだが、やはり武骨な物で良かったのか。


「あの、あの、寂しくはないですか? 何も描かれてませんけど」


「いいえ。問題ありませんよ。扇げるし」


 ぱたぱたと少し扇いで、ざら、と鉄扇を畳み、マサヒデは帯に差した。


「ふふふ。ありがとうございました」


 と、マサヒデは笑ってから、顔を引き締めて棒手裏剣を取り上げ、上から下までゆっくり眺めてから、磨き始めた。



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 3人で昼餉を食べてから少しして、カオルとシズクが帰って来た。


 居間にいるのはマサヒデ1人。

 マツは執務室へ、クレールは何やら手紙を書く、と部屋へ引っ込んでしまった。

 居間に入ってきた2人に、


「おかえりなさい。少しお話があるので座って下さい」


 と、マサヒデが真面目な顔で言った。


「は」「うん」


 マサヒデの顔を見て、何かあった、と2人は察し、真面目な顔で座った。


「ちょっと、厄介な頼まれ事をしました。

 斬り合いになるかもしれません」


 は、と2人の顔が引き締まった。


「相手は多数だそうで、今回はアルマダさん達にも手伝ってもらうつもりです。

 まだ帰って来ていませんので、揃ったら事のお話しと打ち合わせをします」


 アルマダの組も必要。

 2人の顔に緊張が走る。


「は」


「ふうん、そんなに多いんだ」


「分かっているだけでも、10人以上です。

 カオルさん。偵察を頼みたい」


「お任せ下さい」


「場所はアルマダさん達のあばら家のある街道を、寺と逆方向。

 小さな集落があり、その近くに捨てられた貴族の屋敷があります。

 彼らはそこに陣取っています。人数だけで構いません。

 獣人族や鬼族がいると、カオルさんでも見つかる危険があります。欲張らずに」


「は。では行って参ります」


「お願いします」


 さ、とカオルが立ち上がって出て行った。


「ね、マサちゃん」


「どうしました」


 シズクは自分を指差して、


「私、まだ祭の参加者じゃないけど、一緒に行っていい?」


「勿論。来てもらいますよ」


「でもさ、真剣でってなって、やっちゃったりしたら、しょっ引かれてお白洲、とかならない?」


「ちゃんと、奉行所の方に立ち会いを願ってあります。

 奉行所の方が証人になるんですから、斬り合いになっても平気です。

 ですが、証人の方が斬られたりしないように注意はしませんとね」


「そっか。じゃあ安心して暴れられるな!」


 シズクはそう言って、部屋の隅に転がしてあった鉄棒を取って、磨き始めた。

 マサヒデも刀を抜いて、じっと刃を見つめる。



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 半刻程してから、玄関が開いた。


「お邪魔します! ハワードです!」


 声が浮かれている。

 良い馬が捕まえられたようだ。


「む」


 刀を収めて、マサヒデが立ち上がった。

 さ、と執務室の襖が開いたが、マサヒデが顔を向けて軽く頷くと、マツも頷いた。

 マサヒデが玄関に出ると、


「やあ! マサヒデさん、今回も良い馬が捕まえられましたよ!

 皆さんも、それはもう大興奮してしまって、馬が逃げてしまうかと」


 にこにことアルマダが上機嫌で笑顔を向ける。

 マサヒデも笑って、


「ははは。そうでしたか。ちょっとお話があるので、上がってもらえますか」


「ええ、良いですとも!」


 くるりと振り向いたマサヒデの背中を見て、はっとアルマダの笑顔が消えた。

 これは、何かあったか。

 居間に入ると、マツが良く冷えた茶を出してくれた。

 湯呑を取って、ぐいっと飲む。


「で、お話とは」


「簡単に言いますと、10人以上との斬り合いになるかも、という話です」


「ほう。中々の人数じゃないですか。穏やかじゃありませんね。

 で、相手は祭の参加者ですか?」


「そうです。もしかしたら、そうでない者も混じっているかもしれませんが。

 ちょっと人数が多いので、手を貸してもらいたいと思っているのです」


「構いませんよ。今すぐじゃないですよね?」


「ええ。今、奉行所から彼らに注意勧告の使いが出ているはずです。

 それで立ち退けば良しですから」


「立ち退き、というと、どこかに居座っている?」


「あばら家から、寺と逆方向へ行くと、小さな集落があるそうです。

 そこに、無人になった貴族の屋敷があって、そこに居着いてしまったと」


「ほう」


「先程、カオルさんを偵察に出しました。

 戻りは夕方か、遅ければ夜になるでしょう。

 お疲れでしょうが、カオルさんの報告を聞いて、少し打ち合わせを」


「分かりました。では、私はギルドで湯でも借りてきましょうか」


 ふ、とアルマダが笑って、


「ところで、カオルさんが戻るまで、ここで昼寝してても良いですか?」


「ははは! 構いませんとも!」


「ぷはっ!」


 真面目な雰囲気から、いきなり昼寝、と来て、シズクも吹き出してしまった。

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