第11話 討入・1


 しばらく街道を歩くと、集落が見えてきた。

 ぽつん、ぽつん、と数軒の小さな小屋のような家があるだけだ。


 マサヒデは足を止め、


「カオルさん、ハチさん、あそこですね」


「はい」


「そうです」


 2人が頷いた。


「じゃあ、ここらで休憩しましょうか」


 と、街道を少し離れて、座り込む。


「アルマダさん、クレールさん、ラディさん」


「なんでしょう」


「はい!」


「はい」


 3人がマサヒデの前に座った。


「アルマダさん。この2人は、アルマダさんの近くに置きます。

 よろしくお願いします」


「お任せ下さい」


 とアルマダは頷いた。


「ハチさん、またたびは?」


「こちらのハワード様方の皆様にお渡ししてあります」


 アルマダが立ち上がり、馬の鞍袋から、小さな紙の包みを持ってきた。


「これです」


「この中に、またたびの粉が入っております」


 マサヒデは頷いて、クレールに顔を向けた。


「では、クレールさん。アルマダさん達が屋敷を囲んだら、皆さんの後ろから、屋敷に向かって風を吹かせて下さいね。風が吹き始めたら、そのまたたびです」


「はい!」


「マサヒデさん。またたびを撒いたら、皆さんが順に手を上げていきます。

 私が手を上げたら、準備完了です」


「分かりました。そうしたら、我々が玄関に向かいます。

 ラディさん。玄関の前で私が手を上げたら、窓に1発お願いします」


「はい」


「トミヤス様、いきなり鉄砲でどかんと一発ですか?」


「ええ。驚いた所で、我々が『火付盗賊改だ!』と飛び込みます」


 ぷ、とクレールが吹き出した。

 ハチが呆れ顔で、


「いやいや、トミヤス様・・・」


「ははは。冗談ですよ。音で驚かせて、窓を開けさせるのが目的です」


 ぽん、とハチが手を叩き、アルマダも感心して頷いた。


「ああ、なるほど!」


「む。マサヒデさん、やりますね。

 驚いて窓を開けたら、猫族はそれで動かなくなる、と」


「窓が開かなくても、銃の穴から少しは入るでしょう。

 まあ、玄関を開ければ入りますが・・・

 いきなり目の前に猫族がいて、またたびが効く前にって事もありますからね。

 少し間を開けてから入りますか」


「それが良いでしょうね。玄関を開けなかったらどうします」


「シズクさんに壊してもらいます。入った後は、成り行き次第ですね」


「分かりました」


「では、もう少し足を休めたら、行きましょうか」


 ごろん、とマサヒデは仰向けに寝転がった。


「ははは! マサヒデさんは呑気なものですね!」


 これから斬り合いになるかもしれないというのに。

 クレールもラディも、呆れてしまった。


「ふふふ。お二人共、そんな顔をしてはいけません。

 ほんの少しの時間でもしっかり休めるのも、武術家の心得ですよ」


 そう言って、アルマダまで寝転んでしまった。


「本当ですかあ? 全然、緊張感がないんですが」


「全くですね」


 マサヒデが寝転がったまま、


「二人共、寝転がってよく休んで下さい。

 あなた達は歩き慣れていないから、私達より疲れているはずです。

 緊張して疲れを感じてないだけですから、休まないと駄目ですよ」


「うーん、わかりました・・・」


「はあ・・・」


 ころん、とクレールも寝転び、ラディもごろりと寝転んだ。


(本当か?)


 ハチが見回すと、シズクもカオルも騎士達も座っているだけだ。



----------



 四半刻ほどたっぷり休憩して、マサヒデ達は集落へ向かった。

 ハチが一軒ずつ戸を叩き、住人達に離れるように、と話していく。

 皆、綺羅びやかな騎士達や鬼を見て、只事ではない、と慌てて走って行った。


「あれが屋敷ですか」


 集落から少し離れた所に、小さく屋敷が見えた。

 周りには草が生えているが、開けている。

 カオルが懐から遠眼鏡を出し、屋敷の方を見ている。


「む?」


 カオルが眉を寄せて、遠眼鏡を覗き込んだまま、声を出した。


「どうしました?」


 カオルはマサヒデに遠眼鏡を渡し、


「ちょっと・・・ご覧になって下さい」


「はい」


 遠眼鏡を覗いて屋敷の方を見ると、玄関の前で何やら人が縛られている。

 周りを虫人族3人が囲み、何か言っているようだが・・・


「何でしょう? 揉め事でしょうか・・・」


 遠眼鏡を馬上のアルマダに渡す。


「・・・ううむ・・・ハチさん」


「へい」


 ハチも遠眼鏡を受け取って覗くが、


「何してんだ?」


 と、眉を寄せる。


「何でしょう? 暴行を加えている感じでもないし、何かの見せしめでしょうか」


「さっぱりですね」


「マサヒデさん、もし仲間割れしているなら、好機かもしれませんよ」


「そうですね。ここで見てたって分かりませんし、行きましょうか」


「あの者達が見えるまで近付いたら、我々がさっと走って行って屋敷を囲みます。

 クレール様、囲んだらすぐに風を頼みます」


「はい!」


「じゃ、行きましょうか」



----------



 少し歩いて行って、アルマダ達が一斉に走り出した。

 屋敷の前の虫人族達が、慌ててうろうろしている。

 さ、さ、さ、とアルマダ達の手が上がり、クレールが魔術で風を起こした。


「行きますよ」


 マサヒデが声を掛け、ざざざーっとカオル、シズク、ハチが続く。


「あ!」


 と声を上げて、虫人族の魔族達がぴたっと止まった。


「すみませんでした!」


 ぴた、とマサヒデ達の足も止まった。


「申し訳ありません! 昨日、奉行所からのお使いを殴ったのはこいつです!」


 ぴ、と虫人族が縛られて座らされた者を指差した。

 ふん、と縛られた者が顔を逸らす。


「これから、ふん縛って奉行所まで連れて行こうと!

 同心様、ご迷惑をお掛けしました!」


「あ、ああ・・・そうかい・・・」


 ちらちらと、虫人族がマサヒデとシズクを見ている。


「あの、トミヤス様ですよね・・・」


「あ、はい。そうです」


 ぺ! と縛られた男が唾を吐いて、


「へ! トミヤスが来るってなあ本当だったか!

 300人抜きのトミヤス様も、今は奉行所の犬とはなあ!

 おおっと、こいつは失礼。本物の犬もいるじゃねえか! ははは!」


 む、として、ハチが十手で縛られた男の頭をごん、と小突いた。


「痛えな!」


「威勢が良いじゃねえか。おい。こいつの縄ぁ解いてやれ。

 奉行所の犬がどんなもんか、見せてやる」


「ハチ様」


 す、とカオルがハチの前に手を出し、すらー・・・とゆっくり小太刀を抜いた。


「私が」


 カオルが小さく口の角を上げて、ハチを見た。


「この者、勇者祭の参加者と聞きました。

 ならば、同じ参加者から斬られた所で、問題ありますまい」


 カオルはまだ参加者ではないが、脅すのだろう。

 ハチはにやりと笑って、縛られた男を見て、一歩下がった。

 カオルがぴたりと男の首の裏に、小太刀の切先を当てる。


「お、おい!」


 驚いて、縛られた男が顔を上げ、カオルの顔を向いた。

 全くの無表情。

 周りの虫人達も、ざざ、と下がった。


「顔を上に上げていると、一度で斬れないので痛いですよ。

 さ、下を向いて下さい」


 す、とカオルが小太刀を上げる。


「姉ちゃん、そんな脅」


 ぴ! と小太刀が振られ、首の皮1枚を斬った。

 脈まで斬っていない。


「しっ・・・は・・・」


 ぶわ、と男の顔に汗が吹き出た。


「さ、早く下を向いて下さい。痛いですよ」


 マサヒデが座って斬られた傷を見る。


「おお! カオルさん、皮1枚とは見事ですね。脈まで届いてませんよ」


 すー、と傷にそって指を滑らせ、血の付いた指先を男に見せる。


「さ、下を向いて。痛い思いはしたくないでしょう?

 この方なら、きれいに斬ってくれます。痛くないですから。ほら」


「ま、待って! 降参、降参! 奉行所に連れてって下さい! お願いします!」


 ハチが座って、男の首に十手をぽん、と当てた。


「一振りの猶予をくれて良かったな。じゃ、お前は奉行所行きだ。

 取り敢えず、傷害、不法侵入、公務執行妨害は確定だ。

 他にもつくかもしれねえから、洗わせてもらうぜ。覚悟しとけよ」


 ハチが男の首を十手でぴたぴたと叩き、後ろで慄いている3人に声を掛けた。


「さて、と。お前さん達はどうする? トミヤス様と・・・やるかい?

 トミヤス様は、こちらの姉さんのお師匠様だ。

 試合観てたら知ってるだろ? この鬼の姉さんも叩きのめしたんだ。強いぜ」


 にや、と笑ってシズクが「どん!」と鉄棒を地面に突く。


「いえいえ! まさか、とんでもない!」


「降参かい?」


「はい! 降参します!」


 びし! と3人が頭を下げた。

 まるで、闇討ちをしてきた3人の虫人のようだ。


「だそうで」


 マサヒデは頷いて立ち上がった。


「そうですか。じゃあ、皆様にちょっとお聞きしたい事があります。

 答えたくなければ、別に構いませんよ」


「何でも聞いて下さい!」


「中に何人います?」


「えっと・・・5の、3の、全員で9人です!」


 9人? この4人と合わせると、13人。

 1人、確認出来ていない者がいる。1人で来ているのか?


「9人? 5人の組と、3人の組と、1人?」


「そうです!」


「5人が虫人族の組。3人は猫族の組、ですよね。

 その1人の方は、勇者祭の参加者ですか?」


「はい!」


 マサヒデ、カオル、シズクは顔を見合わせた。

 1人で・・・


「その方、強いですか?」


「はい! 皆から、先生と呼ばれています!」


「先生、ですか・・・なるほど。強い方ですか。

 猫族の3人よりも強いのですね?」


「はい!」


「種族は?」


「獣人族! 犬族です!」


「ん、ありがとうございました。

 では、この方を連れて、屋敷から離れていて下さい」


「はい! 失礼します!」


 3人の虫人は、縛られた男を立たせて走って行った。


「ううむ、猫族3人の組よりも強い、1人ですか」


 ハチがにやにやしながら、


「先生、ですか・・・何か、やられ役のような・・・」


「あれでしょ! 先生、お願いします! だよね!」


 それを聞いて、カオルが吹き出した。


「ぷっ! ハチさん、シズクさん、やめて下さい!」


 ははは、と3人は笑い出したが、マサヒデはぐっと緊張してきた。

 猫族3人より強い、先生と呼ばれる犬族の者。

 これは生半の腕ではあるまい。

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