第12話 討入・2


 虫人族が立ち去り、皆の笑いも収まった。


「皆さん、やられ役なんて笑ってましたけど、猫族3人より強い方ですよ。

 それも1人でここまで旅して来てるって事は、相当です」


「はい」


「そうかなあ?」


「シズクさん、気を引き締めて下さい。

 では、ハチさん、見分よろしくお願いします」


「へい。分かりました」


 4人が玄関の前に立って、マサヒデはシズクに棒を渡した。


「取り敢えず、シズクさんの鉄棒はここに立て掛けておいて。

 どうしても真剣勝負希望、と言われたら、取りに来れば良いでしょう。

 その棒でも、全員なぎ倒せそうですけど」


「えー。これでえ?」


「そんな、殺したい、みたいな事は言わないで下さいよ・・・」


「そうじゃないけどさあ、やっぱちゃんとした得物じゃないと。

 何か、気合抜けちゃうなあ・・・」


「ぶつくさ言ってないで。さあ、行きますから」


 後ろのアルマダの方を向く。

 クレールとラディが左右に立っている。

 マサヒデはラディの方を向いて、頷いて手を上げた。

 ラディがしゃがんで、銃を構える。


 ぱぁん! と音が響いた。


 どたどたと中から音が聞こえ、ばたん! と窓が開く。


(やったな)


 顔を出したのは、猫族だ。

 こちらを向いた後、急にぐったりとして、窓から上体を垂らしている。

 ここまでまたたびが効くとは・・・


 マサヒデとシズク、カオルとハチ、左右に分かれて、玄関の横に立つ。

 マサヒデは、どんどん! と強く玄関を叩いた。


「すみません!」


 ぱたりと屋敷の中の音が止まって、しーんと静かになった。

 少し待ってから、どんどん! ともう一度戸を叩く。


「すみませーん! トミヤスでーす! お約束通り! 参りました!」


 ばたばたと玄関のすぐ向こうで走る音が聞こえた。

 戸の向こうで、人が待ち構えている。


「ううん、扉が大きすぎて、手が届きませんね。

 すみません、シズクさん、開けてもらえます?

 矢が飛んでくるかもしれませんので、気を付けて」


「いいよー」


 がちゃがちゃ。


「マサちゃん。開かないけど。鍵掛かってるみたい」


「ハチさん、壊しちゃって良いですか?」


「構いません」


「じゃ、開けるね」


 シズクがぐいっと扉を押し込むと、ばあん! と音がして、扉に穴が開いた。


「あらっ?」


「自分で、鍵がかかってる、って言ったじゃないですか・・・

 ドアノブの辺りを、今みたいに押して穴を開けて下さい」


「はーい」


 ばぎん! と金属の壊れる音がして、ドアノブが内側に弾け飛び、ふらあ・・・と戸が開いた。


「ん」


 戸を開けると、中で槍や弓を構えた虫人達が、啞然とした顔でシズクを見ている。


「マサちゃん。カオル。いるよ。こっち来て。皆、真剣だよ。

 ハチさん、気を付けて。危ないから、覗くだけにしといて」


 ハチも平気な顔をして注意を促すシズクを、呆然と見ていた。


「へい・・・」


 マサヒデは木刀を抜いて、中に入り込んだ。

 虫人5人。

 階段の上に弓が1人。

 正面に剣2人。

 左右に槍が1人ずつ。


「どうも。マサヒデ=トミヤスです。

 さて、皆さん。勇者祭の勝負です。始めましょうか」


「・・・」


「皆さん真剣ですが、私は木刀で構いませんか?

 出来る限り、斬りたくはないもので・・・」


「はあ・・・」


「では、参ります」


 すたすたとマサヒデが正面の2人に歩いて行く。

 2人は未だに呆然としている。

 間合いに立った所で、


「よろしいですか」


 と声を掛けると、は! として、右の虫人が振りかぶる。

 ばしん! と胴に木刀が入って、階段の下まで転げて行き、気を失って倒れた。

 左の虫人が突いて来たのを流し、上から木刀を振り下ろす。

 腕が曲がり、膝を付いた。


「うわあ! ああっ!」


 槍が突かれた。

 かん! と横に弾いて、踏み込んで肩に叩き込む。

 めき、と肩の骨を砕いた感触。

 がらん、と槍が落ち、肩を押さえて虫人が倒れ込んだ。


「先生! 先生ー!」


 と、階段の上の弓の虫人が奥に駆け込んで行く。

 振り向くと、カオルの足元に虫人が転がっている。

 マサヒデは倒れ込んだ槍の虫人に、


「降参しますか?」


「降参! 降参です!」


 こく、と頷いて、腕を砕いた虫人の所へ行き、


「降参しますか?」


「うっ、う・・・」


 こくこくと虫人が頷く。

 階段の下に転がった虫人の所へ歩いて行き、足で転がした。

 首に指を当てると、ちゃんと生きている。

 気を失ってしまっているだけだ。

 カオルの所に転がった虫人の所へ歩いて行くと、こちらも気を失っている。

 マサヒデは頷いて、


「では、カオルさん、猫族を見てきて下さい」


「は」


 ささー、とカオルが奥に駆け込んで行った。


「シズクさん。この2人はまだ降参してないので、縛りあげておいて下さい」


「私の出番これだけ!? 立ち会いないの!?」


「仕方ないじゃないですか。シズクさんが出るまでもなかっただけですよ」


 マサヒデは降参した2人の所に行って、


「外に治癒師がいますので、治してもらいなさい。

 出て正面の騎馬の騎士の近く。ローブを着てますから、分かるでしょう」


「はい、はい・・・」


 2人はふらふらしながら、外に出て行った。


「・・・」


 階段の上に目を向ける。

 あの弓の虫人は、2階の奥に行った。

 マサヒデがゆっくり階段を登って行く。

 上に登った所で、ふらふらと徳利を片手に持った、痩せた犬族の男が出て来た。


 ことん、と徳利を手すりの上に置いて、下を眺める。

 ふらっとマサヒデの方を向いて、木刀を見た。


「木刀、ね」


「・・・」


「若いな。勇者祭?」


「はい」


「真剣で良いか」


「構いません」


 ことん、と壁に木刀を立て掛け、すー、と静かに刀を抜いた。

 男も、すらりと刀を抜いた。

 ふらふらしていた男の身体が、ぴたりと止まった。

 男は上段に構え、マサヒデは無形に構えた。

 2人が構えると、はっ、とシズクが階段の上のマサヒデ達に顔を向けた。


「名を、お聞かせ願いますか」


「名無しの権兵衛よ。家族もない。

 死んだら、適当に埋めてくれ。墓もいらん」


「・・・トミヤス流、マサヒデ=トミヤスです」


「我流、名無しの権兵衛」


 予想以上に、この男は強い。

 あれだけ酒でふらふらしていたのに、ぴたりと止まった。

 上段に止まった剣は、毛ほども動かない。

 乱れが一切ない。


 ロビーの空気が冷たくなり、寂として静まり返った。


 マサヒデも男も動かない。

 この剣は受けられまい、避けられまい、とマサヒデは感じた。

 そう感じた瞬間、男が、じりっと足を進めて来た。


 攻めるしかないな。

 そう腹が据わった時、ふあ、と身体の力が抜けた。

 飲まれていたのだ。


 ぴた、と男の足が止まった。

 くい、とマサヒデの身体がほんの少しだけ回った。

 同時に男も踏み込んだ。


 すっとマサヒデの身体が右斜め前に出た。

 マサヒデの剣は、踏み込まれた男の足の膝の少し上を下から斬り上げた。

 男の剣はマサヒデの背中の後ろを通り、ぴたりと腰の高さで止まった。


 すっとマサヒデの身体が振り向くように回った。

 残された足が、踏み込んだ足を軸に、半円を描くようにマサヒデの後ろに回る。

 マサヒデは引きながら、斬り上げられた剣を振り下ろした。


 剣先が男の首の横を通った。

 少しして、がくん、と男の身体が崩れ、首と足から血を吹き出しながら、ごとごとと音を立てて、階段を転げ落ちて行った。


 マサヒデの足元に、ごとん、と斬り落とされた男の足が倒れた。

 転がり落ちた男は絶命していたが、両手にしっかりと刀を握っていた。

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