勇者祭 14 討入

牧野三河

第一章 カオル、道場へ

第1話 カオル、道場へ・前


 翌朝。


 マツはまだ戻っていなかった。

 森でまだお祈りをしているのだろうか?

 マサヒデ達は朝餉を食べながら、


「ううむ・・・マツさん、戻って来ませんね・・・」


「ご主人様、私がお呼びしに参りましょう。

 ついでに、昨日、川に沈めておいた鹿も拾って来ましょう」


「カオルさん1人では、鹿を持って来るのはきついでしょう。

 シズクさん、頼めますか」


「行ってくるよ。ところでさあ、カオルちゃん」


 にや、とシズクが笑った。


「なんですか、カオルちゃんて・・・」


「そろそろ、道場に行ってみたら?

 マツさん呼びに行くのは、私だけで良いだろ?」


「む・・・道場、ですか」


 カオルは、カゲミツに一撃で気絶させられた事を思い出した。


「少しカゲミツ様に稽古つけてもらったら?

 お前、すごく綺麗に振れるのに、マサちゃんに当てられないだろ。

 もしかしたら、それが何か分かるかもしれないじゃん」


「む! 確かに! ご主人様、よろしいですか?」


 縋るような目でカオルがマサヒデを見てくる。

 マサヒデは頷いて、


「行って来て下さい。今の貴方は内弟子です。

 すぐ近くなんですから、顔くらいは見せておきませんと」


「は!」


 シズクの方を向き、


「では、シズクさん。

 マツさんがまだ火を燃やしてたら、無理矢理にでも連れて来て下さい。

 魔術師協会の仕事を溜めたら、すぐに町が回らなくなります」


「分かった。カオル、鹿は昨日の所からどっち?」


「川沿いに上流です。釣りをしていた場所からそのまま」


「了解!」


「私は午前中はギルドで稽古を行っています。

 クレールさんも行きましょうか」


「はい!」


「飯は向こうで出してくれるからさ、安心して行ってきなよ。

 楽しい稽古になるといいな。あははは!」



----------



 洗い物を済ませて、カオルはすぐに出た。

 菅笠を被り、すたすたと早足で街道を歩く。


(道場ではどのような稽古をしているのだろうか・・・)


 まさか、先日のように門弟達を叩きのめしているわけではないだろう。

 すぐに全員が動けなくなってしまう。

 得物は貸してくれるそうだが・・・


(直に尋ねても、カゲミツ様は教えてはくれまい)


 無刀取りの方法を尋ねた時もそうだった。

 どうせ、俺に勝ったら教えてやる、などと言うに決まっている。

 ならば、門弟達を叩きのめし、カゲミツに手合わせを願うまで。

 何手もらえるか分からないが、一振りごとにカゲミツは丁寧に教えてくれる。


(必ず・・・)



----------



 しばし後、森の中。


「のうまくさんまんだーばさらだん! せんだんまかろしゃだやそはたや! うんたらたっ! かんっ! まんっ!」


 マツの後ろには、数人の狩人や木こり達が並び、一緒に真言を唱えていた。

 昨日より、異常に気合が入っている。

 まさか、一晩中やってたのか?


「うーん・・・」


 シズクは呆然として、離れた所からその光景を見ていた。

 あのマツを連れていけるだろうか。

 とりあえず、声を掛けるだけは掛けておこうか・・・

 どすどす・・・


「マツさん」


「のうまくさんまんだーばさらだん!」


 すごい集中してる。

 話だけはしとかないと・・・

 無理矢理でも連れていけるだろうか?


「マツさん!」


 大きく声を出し、ぽん、と肩に手を置くと、すごい形相でマツが振り向いた。


「なんです! 邪魔しないで下さい!」


「もう朝だよ。お仕事しなきゃ。帰らないといけないよ」


「仕事なんて構いません! 私はここで煩悩を消さなければ!」


「鬼だぞ!」

「ええい、鬼めが!」

「我らの祈祷を邪魔するか!」


 後ろに並ぶ狩人や木こりが、弓を構えたり、斧を持ってシズクを囲む。

 シズクは構わず、


「ね、マツさん。仕事放ってお祈りはいけないよ」


「何故!」


「だって、マツさん、オリネオの魔術師協会のたった1人の人じゃん。

 仕事放ってたら、町の人が困っちゃうじゃん」


「む・・・」


「マサちゃんが言ってたけど、町の人が困ってるの見たら、神様も怒っちゃうよ」


「う! し、しかし! 煩悩を消す必要があるのです!」


「町の人放っといて、自分1人が煩悩を消したいとか・・・

 それって、マツさん1人の欲というか・・・煩悩ってやつじゃないの?」


 がーん!


 マツの頭から足先まで、電撃が走ったように、ぴし! と動きが止まった。

 次いで、どさ、とマツが膝を付いた。

 話を聞いて、険呑な雰囲気の狩人や木こり達も、ばったりと膝を付いてしまった。

 マツの魔術で燃えていた炎がすっと消え、辺りが涼しくなる。


「その、通り・・・です・・・」


「じゃ、帰ろうよ」


「はい・・・」


 シズクと、がっくりと肩を落としたマツは、森の中へ消えていった。

 残された狩人や木こりは、


「あの鬼ぁ、きっと火の神様のお使いに違えねえ・・・」

「そうじゃ、火の神様は恐ろしげな顔をしておる。あの鬼娘はお使いじゃ」

「儂も目が覚めたわ・・・」


 と、口々にシズクを褒め讃えたのであった。


「ところで、マサちゃんて誰じゃあ?」

「そうじゃ、マサちゃんが言ってたって言うとったの」

「きっと、偉えお坊様か神主様に違えねえ!」

「ありがてえ事じゃ、そんなお方が町におったのか」



----------



 トミヤス道場、門前。


「・・・」


 くい、と笠を上げて、カオルは道場の方を見つめた。

 ここからでも、小さく竹刀の音が聞こえる。

 稽古は始まっている。


「すうー・・・ふう・・・」


 深呼吸して、一歩。

 入った。

 すたすたと歩き、道場の入り口に立つ。


 ぱしん!

 「まだまだ! もっと踏み込め!」

 カゲミツの大きな声が聞こえる・・・


 ぱんぱん、と埃を払って、襟を正し、笠を取って、戸に手をかける。

 がらり。


「おはようございます!」


 しばらく待っていると、門弟が出て来た。


「おはようございます。如何なご用件で」


「私、カオル=サダマキと申します。

 先日、マサヒデ様の内弟子となりました。

 本日は、カゲミツ様へ、ご子息の内弟子となった報告と、ご挨拶に参りました」


「おお、マサヒデ様の内弟子に! そうでしたか!

 それは、カゲミツ様もさぞお喜びになりましょう!

 ささ、どうぞお上がり下さいませ」


「失礼致します」


 小さく頭を下げ、足袋を脱いで上がる。

 通された部屋でしばらく待っていると、しーん・・・と道場が静かになった。


「・・・」


 少しして、先程の門弟が廊下で頭を下げ、


「お待たせ致しました。

 どうぞ、道場へお入り下さい。カゲミツ様がお待ちです」


「ありがとうございます」


 す、と立ち上がり、道場へ入った。

 壁に沿ってずらりと門弟が正座して並ぶ。

 奥にカゲミツがにやにやと笑いながら、あぐらをかいて座っている。

 カオルは座って、手を付いて頭を下げた。


「どうも、朝早くからご苦労さん!

 確か、カオルさん、だったな。

 どうだい? 振れるようになったかい?」


「おはようございます。

 何とか、ですが・・・少しだけ、掴めたかと」


「ほう! やっぱりマサヒデより早かったな!」


「いえ、ご主人様・・・いや、マサヒデ様は、私よりも早く」


「何? そうか。あんたの方が早いと思ったけどな・・・

 まあいいや。で、マサヒデは何か言ってたかい?」


「まだまだ、私は半分しか分かっていない、と。

 マサヒデ様が分かっている分の、半分です。

 マサヒデ様も、まだまだ全然だ、と」


「ほーう。マサヒデの半分か・・・じゃ、その半分、見せてもらおうかな。

 構わねえだろ? そのつもりで来たんだよな?」


「は」


「じゃ、そこに竹刀あるから、好きなの選んでくれ。

 腰の物は、適当に置いといて」


 くい、とカゲミツが顎をしゃくる。

 道場の隅に、竹刀が筒に入って置いてある。


「は」


 カオルは、す、と立ち上がって、竹刀の入れ物に歩いて行った。

 短めの物を手に取り、腰の小太刀を抜いて、置く。

 ふ、とカゲミツが笑って、門弟の方を向いた。


「じゃあ、お前から順番に相手してもらえ」


「はい!」


 カゲミツに近い門弟が立ち上がった。

 やはり、カゲミツは相手をしてくれない。

 まだまだ、振りが何とか分かった程度だ。

 だが、ここにいる全員を倒せば・・・


 カゲミツ様に教えを受けたい。

 たった一振りで良い。

 必ず、私の振りの進歩の為に、教えを下さるはず!

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