第2話 カオル、道場へ・後
道場の真ん中に、カオルと門弟が立つ。
「皆、安心しろ。内弟子ってことは、マサヒデより全然弱いってことだぞ。
叩きのめして、身の程を知ってもらえ」
にやにやとカゲミツが笑っている。
叩きのめされるものか・・・
「よし、構えろ」
カオルと門弟が礼をして、互いに正眼に構える。
「始め」
瞬間、ぱん! とカオルが門弟の竹刀を叩き落とした。
ばたん! と竹刀が床に落ちて跳ね、門弟は痺れた手を見つめる。
「お見事! やるねえ! 次!」
「はい!」
竹刀を叩き落された門弟が、竹刀を拾って下がっていく。
次の門弟が、カオルの前に立つ。
「はい、構えてー」
互いに礼。構える。
門弟は先程の立ち会いからか、下段に構えた。
「始め」
くい、とカオルの身体が少し回った。
門弟の竹刀が飛び、天井にぶつかって、ばん! と音がして、ばたん、と落ちた。
「ははは! 天井壊さないでくれよ!」
「あ、これは・・・失礼しました!」
慌ててカオルがカゲミツに頭を下げた。
門弟が竹刀に向かって走って行く。
「冗談、冗談! マサヒデも良く天井まで飛ばしてたもんなあ。
な、ほら、さすがマサヒデの弟子だ。良く似てるぜ! ははは!」
「ははは、さすがですね」
「良く似ておりますな。ははは」
門弟達の固い笑い声。
頭を下げたまま、目だけをちらちらと左右に動かす。
良し。門弟達は私の空気に飲まれた。
もう問題あるまい・・・
「さすがに、マサヒデが見込んだだけはあるって所かな。
1対1じゃ歯も立たねえなあ。おい、次はお前とお前だ。
カオルさん、構わねえな?」
にや、とカゲミツが笑う。
ふ、とカオルも口の端を上げた。
「構いません」
門弟が、前と後ろに立つ。
カオルは前に礼をし、後ろを振り向いて、礼をした。
「よし。じゃ、構えろ」
3人が構える。
「始め」
踏み込んで、正面の竹刀を、横薙ぎとも斬り上げとも言えぬ斜め下から払い上げ。
振り向き回りながら、突かれた竹刀を真逆の筋で払い落とす。
1本の竹刀が飛び、1本の竹刀が床を跳ねて転がった。
「おいおいおい! 何やってんだ、2人がかりで手も足も出ねえってか・・・
じゃ、次3人な。カオルさん、いいよな?」
「は」
門弟が正三角形に立つ。
これはやりづらい形だ。だが・・・
にや、と小さくカオルは笑った。
3人に礼をし、正眼に構える。
「はい、始めー」
すぁっ! とマサヒデのように前に飛びながら、払う。胴一本。
振り向いた勢いに乗り、また振りながら跳ぶ。斜め横、少し上から、小手一本。
着地して、残りの1人に対面する。
「おお!」
周りの門弟達から声が上がった。
あっと言う間に、残りは1人。
「だあー!」
「・・・」
突いて来た竹刀を「ぱしん」とはたき落とす。
「そこまで。これじゃあ、3人が5人でも10人でも変わりねえな。
やれやれ・・・お前ら、も少し何とかならんのか?」
門弟達の顔が俯いてしまった。
良し! 次はカゲミツ様だ!
カゲミツは額に手を当てて首を振り、
「はあー・・・今日は、カオルさんにみっちりしごいてもらえ。
俺は弓やってる奴ら、見に行ってくるからよ」
「え!」
稽古はしてくれないのか!?
「じゃ、カオルさん。こいつらよろしく頼むわ。
1人づつ、しっかり叩きのめしてやってくれ。
ついでに、カオルさんの練習台にしていいから」
カゲミツは立ち上がって、ひらひらと手を振って出て行ってしまった。
「そっ」
そんな! と手を前に出しかけて、門弟達の目がカオルを見ている事に気付いた。
ここでカゲミツ様に泣きついたりは・・・
「・・・それでは、次の方・・・お願いします・・・」
「はい!」
門弟が元気良く手を上げた。
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もうすぐ昼。
ぱしん、ぱしん、と竹刀の音がする。
じゃ、じゃ、と玉砂利を踏みながら、カゲミツは道場に歩いて行った。
既に顔合わせはしている。
どうせ、何か引っ掛かって聞きに来たんだろう。
そのくらい、誰だって分かる。
(あれで半分、か)
全然足りない。
カゲミツ自身が10点満点なら、まだまだ1点。
マサヒデもまだ全然だと言っていたそうな。じゃあ、2点か3点か。
どうやら、慢心はしていないようだ。
縁側に立つ。
カオルがぱしん、と門弟の竹刀を弾いた所で、
「そこまで! 朝の稽古は終了だ! メシ食ってこい!」
と声を掛けた。
「ありがとうございました!」
と、門弟達がカオルに頭を下げた。
「さ、カオルさんも来てくれ。本宅で昼は用意したから」
ふ、ふ、と軽く息をきらせながら、
「は! ありがとうございます!」
と、カオルが頭を下げた。
しばらく待っていると、門弟達に混じってカオルが出て来た。
少し息が切れている。
「お疲れさん。この程度で息が切れてるようじゃ、まだまだだな」
「は」
「じゃ、来てくれ」
カゲミツが歩き出し、少し後ろをカオルが付いてくる。
「カオルさん」
「は」
「どーせ、何か分かんなくなって聞きに来たんだろう?」
「はい」
「マサヒデには聞いたか?」
「はい」
「何て言ってた?」
「指先からの動きが、まだ半分だと。
弓で言えば、まだ止まった的を射っている状態だと。
動く的に当てるようにしろ、と言ったような・・・」
お、とカゲミツは驚いた顔をした。
「何だと・・・あの野郎、良い助言をするじゃねえか・・・
ふふふ。駄洒落じゃねえが、的を射た助言だ。
じゃ、今の所は、俺から言う事は何もねえな」
「そうですか・・・」
「で、マサヒデは立ち会って稽古してくれたのか?」
「はい」
「どうだった?」
「振りは、私の方が遥かに綺麗だ、お手本にしたいくらいだと仰るのです。
なのに、実際に立ち会うと私の振りは、紙一重で全く当たらないのです。
ご主人様の振りは、間合いから遠く飛び下がっても、私に当たるのです」
稽古の様子が目に浮かぶようだ。
カゲミツはふう、と溜め息をついて、呆れた顔で振り向いた。
「・・・あんた、忍だろ・・・もう少し、勘を働かせてくれよ・・・
そこまでしてもらって、まだ分からねえのかよ・・・」
「え!?」
「マサヒデに、あまり弟子を甘やかすなって伝えといてくれ」
「は・・・」
カオルはがっくりと項垂れて、カゲミツに付いて行った。
甘やかされたと言われる程だったのか・・・
「薄々分かってると思うけど、無願想流の型は、人によって変わる。
マサヒデとあんたも、傍から見ると全然違うはずだ。
基礎はともかく、決まった型なんてねえ。だから、見ても盗めるもんじゃねえ。
普通に道場で使っても構わねえぞ。聞かれたら我流だとか言っとけばいい。
マサヒデに、良い所があるから我流でも伸ばせって言われた、とか誤魔化せよ」
「はい・・・」
「メシ食ったら、午後の稽古も少しやってけ。門弟相手に振ってみなよ。
さっきみたいにちまちまじゃなく、思いっ切り全身で無願想流で相手してやれ」
「はい」
がらっ、と勢いよくカゲミツが本宅の玄関を開けた。
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カオルは居間に通され、カゲミツとアキと昼餉の膳を前に座った。
「じゃ、いただきまーす」
「頂きます」「頂きます」
3人が手を合わせ、がつがつとカゲミツが飯をかきこむ。
「なあ、アキ、こないだも話したけど、マサヒデの所、ほんとに女ばっかりだろ?
見てみろよ、内弟子さんもこんな美人なんだぞ」
「うふふ。本当」
「そのうちまた増えるぞ。嫁も増えるかもしれねえ」
ぽ、とカオルの頬が染まる。
一瞬だったが、カゲミツは見逃さなかった。
「む! カオルさん! あんた、満更でもねえって顔だ!」
ぴし! と箸でカオルを指す。
「あなた! 箸で人を指すのは下品ですよ! おやめ下さい!」
「う、うむ。そうだったな・・・すまん」
「奥方様、構いません。その、カゲミツ様、勘違いをされると困るのですが」
「なあにい~? 勘違い~?」
「私、諸々の事情で、結婚を許されておりませんので・・・
ただ、女としてそういった事に憧れはあるのです。
いつか・・・いつか、添い遂げたい殿方と、出逢う事があってもと・・・」
カオルが遠い目をした。
アキはもろに引っ掛かって、ぐっと目の端に涙が浮いた。
「・・・」
が、カゲミツは引っ掛からなかった。
にやにやと笑いながら、
「ふうん。そうなんだ。お家の事情、みたいなやつ?」
「ま、まあ、そういった所です」
知ってるくせに! と怒鳴りそうになったが、次のカゲミツの言葉に驚いた。
「じゃあ、俺が陛下に口聞いてやるよ! 知らねえ仲でもねえしよ!
さすがに陛下から言われたら、誰も文句言わねえだろ?」
「うぇ!?」
驚いて、カオルが背を反らせた。
「あなた! 是非そうなさって下さい!
ね、カオルさんもその方が!」
ぐぐ、とアキが身を乗り出す。
カオルは、はっとして慌てて体勢を戻し、
「は・・・いや、私は納得して、この身を剣術に捧げております!
これ以上は身に余るもの! 国王陛下に口利きなど、とんでもない!」
「遠慮すんなよ! 早くしねえと婚期逃しちまうぞ!
後で後悔しても遅いってもんだぜ? 許しだけでも先にもらっとけよ!」
「そうですよ! カオルさん、甘えてしまいなさい。
明日にでも、そんな方と出逢う事があるかもしれないのですよ!」
「は・・・」
これはまずい。カオルの背をたらたらと汗が流れる。カゲミツの事だ。
今は冗談でも、後で「面白くなりそうだ」と、本当に陛下に上申しそうだ。
そうなったら、情報省や養成所で何と言われることやら・・・
「有り難いお申し出、身に余るお言葉を賜り・・・
そ、その時が来たら・・・お願いしに参りますので」
「ああ、そうなの? まあ、それなら良いけどさ。
遠慮せずに来てくれよな!」
にやにやと笑うカゲミツ、涙を浮かべて、うんうん、と頷くアキ。
何とか逃げられたか・・・
「ところでカオルさん」
まだあるのか!
ぴた、とカオルの箸が止まる。
「午後の稽古だけど、ちゃんと門弟達にも打たせてやってくれよ。
まともに立ち会うと、ちょっと腕に差がありすぎてな」
稽古の事か・・・
す、とカオルの肩から力が抜けた。
「は」
カオルの様子を見て、ふ、とカゲミツは笑い、
「まあ、適当に見て、何手か譲って欲しい。良いか?
あれじゃあ稽古にならねえからさ」
「は」
「済まねえなあ。ウチのだらしねえ門弟達のせいでよ」
「いえ、このようにまともに師範役など、したこともありませんので・・・
マサヒデ様と、ギルドで冒険者の相手をする程度です。
此度は良い機会を与えて下さり、感謝の極みでございます」
「ま、教えるってのも修行のうちってやつよ。
幇間稽古にならねえように、びしびしやってくれ」
そう言って、カゲミツはがつがつと飯を食べ始めた。
カオルも頭を下げ、
「は。気を付けます」
と、箸を動かした。
箸を進めるカオルを見て、カゲミツはもしゃもしゃと口を動かしながら、
「カオルさんよ、もう少し顔に出ねえようにしろよな。面白すぎるぜ」
と、にやりと笑った。
「は・・・」
剣術どころか、忍の術も、まだまだ修行不足だ。
これは査定に響くだろうか・・・
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