第18話 錆びた名刀


 にこにこと笑いながら、クレールとシズクが前を歩いている。

 町に入ってから、マサヒデはちらちらとラディが抱える刀を見ている。


「ラディさん」


「はい」


「その刀、相当に古い物ですよね。

 その鞘も、かなり青みが出ていますし、年代物だ」


「はい」


「誰の作か、見当は付いてるんですか?」


「まあ・・・」


「研ぎ上がるまで、どのくらいかかると思いますか」


「2週間・・・いや、もっとでしょう」


「2週間以上、ですか」


「古い物ですから、それは慎重に研ぎませんと。

 ただ、予想通りの者の作なら、20年待っても良いかと」


「それほどですか」


「私の予想が当たっていれば、ですが」


「それ、すぐに分かりますか?」


「家に帰れば、目釘抜きはあります」


「なるほど。古刀ですが、銘がある、と」


「私の予想が当たっていれば、ですが」


「ふむ・・・お父上のご意見も聞いてみたい。

 少し、寄って行って良いですか」


「はい」


 歩きながら、腕を組んで考える。

 古刀。

 古刀だと、銘が切ってある作は少ないが、ラディは銘があると見た。

 ただ古刀だと言うだけでも、十分に価値はあるが、おそらく名刀。

 一体、誰の作だ?


「ご主人様」


「んっ!?」


 後ろから声が掛かり、びく! とマサヒデの肩が上がった。


「そ、そんなに驚かずとも・・・」


「いや、すみません。考え事をしてしまって。何でしょう」


「私もご一緒しても宜しいでしょうか。

 どう見ても、1000年は前の古刀と見ました。

 それも、ただ古いというだけの作ではありますまい」


「ラディさん、構いませんよね?」


「はい」


 マサヒデはすたすたと前に歩いて行き、


「クレールさん。シズクさん」


「はい!」「なに?」


「私とカオルさんは、ちょっと、ラディさんの家に寄って行きます。

 あの刀、ラディさんのお父上のご意見も、聞いてみたいのです」


「分かりました!」


「本は明日には運んできますから、ちゃんとマツさんに相談しておいて下さい。

 帰ったらクレールさんが消えていた、なんて勘弁して下さいよ」


「うふふ。きっと、マツさんも喜ぶから、大丈夫ですよ!」


「ねえねえ、絵巻物とか、英雄譚とか一杯あるんでしょ?

 そういうのは私も読みたいな!」


「えっ」「え?」


 マサヒデもクレールも驚いてしまった。

 シズクは字が読めるのか!?

 字など読めないと思っていたが・・・


「い、いえ。シズクさんが本なんて、珍しいと思って」


「でででーすよねえー!」


「新しい本があると良いなあ。

 マツさんの本、仕事のやつとか、魔術の資料ばっかだもん。

 読んでみたけど、つまんないんだよー。読む物ないんだもん」


 マツの本も読んでいたのか!?

 ごろごろしているだけかと思ったが・・・

 驚いて、マサヒデとクレールが顔を見合わせる。


「沢山あると良いよね! 全部読み終わったら、また最初から!

 忘れちゃってるから、何度読んでも楽しいよね!」


「そ、そおーですねえ! ね、マサヒデ様!」


「ですね! マツさんのお許しが出たら、全部持ってきましょうね」


「クレール様、私からも頼むからさ、全部持って来ちゃおうよ!」


「そ、そおしましょうねえ! お許しが出ると良いですねえ!」


「明日が楽しみですね・・・」


 あからさまに2人の態度がおかしい。

 きらりとシズクの目が光る。


「む! 私が字なんか読めないと思ってたな!」


「まさか! ねえ、クレールさん」


「そうですともー!」


 2人の固い笑顔に、シズクはむっとして、


「あのねえ、字が読めなかったら、旅なんか出来ないでしょ?

 何がいくらとか、どっち行ったらどこって看板も、分からないんだぞ」


「・・・」


「里に暦がなかったから、字なんか、なんて考えてたな!」


「すみません・・・」


「ごめんなさい・・・」


「ふん! 少し考えれば分かるだろ! 馬鹿にするなよ、もー!」



----------



 ホルニ工房。


 がらり。


「只今戻りました」


「あ、おかえんなさい。あら、トミヤス様」


「どうも。ちょっとお邪魔しに。すぐ帰ります」


 ぺこり、とカオルも頭を下げる。


「ゆっくりしてってくれて良いんですよ?」


「お母様。マサヒデさん達は用事もありますので」


「あらそう?」


 ラディはマサヒデ達の方を向き、


「そちらの、仕事場の方でお待ち下さい。

 銃を置いたら、私もすぐに」


 そう言って、ラディはマサヒデにローブに包まれた刀を渡し、中に入って行った。


「では、少しお邪魔します」


「はーい。熱いから、お気を付けて下さいね」


 がらがら、と扉を開け、仕事場に入る。

 奥にラディの父がいる。

 机の上に何本か剣を置いて、おそらく注文票であろう物を確認していた。

 お、とマサヒデに顔を向け、


「おお、これはトミヤス様」


「お邪魔します。ちょっと、変わった物を手に入れまして。

 すぐにラディさんも来ますので、一緒に見て頂けますか」


「変わった物ですか?」


 くるくるとローブを解いて、脇にあった机の上に刀を置く。

 すたすたとラディの父が歩いて来て、


「ううっ!?」


 と声を上げて、ぴたりと足を止めた。


「こ、こいつは!? 一体どこで!? 誰の!?」


「100年くらい前に無人になった、貴族の屋敷から出てきました」


「これは、これは名刀では?」


「お父上も、そう見ますか。私もラディさんも、同じ意見です」


「ううむ・・・青貝の鞘。鍔も金無垢です。この鍔も相当の物ですな。

 この拵えだけでも、いくらしたことか・・・

 しかし、この目貫は何だ? 見た事がありませんな。

 雲か? 雲なら竜が付き物ですが・・・」


「どう見ても、空気が違いますよね」


「ですな・・・トミヤス様、抜いてみてもよろしいですか?」


「構いませんが、錆びだらけでして。

 良く分からないかもしれませんが」


 ラディの父は、赤子を触るかのように、そっと刀を取り上げた。

 軽く頭を下げ、ぐ、と力を入れる。

 ほんの少し錆の擦れた「じゃ」という音がして、刀が抜けた。


「ううむ・・・間違いない。これは名刀です。

 古刀ですな。1000年は前の物でしょう。

 万が一贋作だとしても、恐ろしい腕の贋作だ。贋作の名刀です」


 すー・・・と目の高さまで柄頭を持ってきて、水平にして反りを見る。


「反りは・・・1寸・・・1寸だな・・・」


 刀を立てて、じーっと鍔から先、先から鍔まで見る。


「長さは、2尺6寸5・・・いやもう少し、7寸あるか?

 ううむ・・・錆びて地金が良く・・・深く錆びていなければ良いのですが。

 トミヤス様、この地金から錆びていくのは、古刀の証です。

 この腰の反り方・・・この鎬、小切先・・・この姿・・・いや、まさか」


「ラディさんも、その反りと切先に」


 がら! と勢いよく戸が開けられ、マサヒデの言葉が切られた。


「お待たせしました!」


「ラディさん」「ラディ」


 3人の顔が、大声のラディを向く。


「お父様! 予想通りなら、きっと銘があるはず!」


 ラディの父がはっとして、


「お、おお! そうだ! 茎を! 目釘気を付けろよ! 割るなよ!」


 ラディの手に刀が渡される。

 とんとん・・・とんとん・・・とんとん・・・

 慎重に、目釘が叩かれる。


 とん・・・

 目釘が出て来た。

 ラディが目釘の先をつまみ、くくく、と、ゆっくりと目釘を抜く。


「ふう・・・」


 柄を握った右手を、とん、とん、とん、とゆっくりと叩く。

 刀身が浮いてきた。

 皆が、ごく、と喉を鳴らす。


「抜きます・・・」


 す・・・と刀身が抜かれ、机の上に置かれた。

 ちゃら、と切羽が音を立てる。

 黒くなった茎に、点々と赤錆が浮いている。

 茎の赤錆というのは、刀の状態としては、かなりまずいものだ。

 だが、皆、銘の方に目が行った。


 皆が茎に顔を近付ける。

 はっきりと、4字だけ刻まれていた。


「コ、ウ・・・コウ、ア・・・ン!? コウアン!?」


「や、や、やや、やはり・・・コウアンの!」


 ば! とラディが刀剣年鑑を取り出し、ばらばらばら! とめくる。


「コウアン、コウアン・・・」


 ぱらぱらとめくられた本が、ぴた、と止まった。


「キホの国、コウアン。

 活動時期の詳細不明。

 おおよそ、1200年から1000年前。

 刀工の祖と呼ばれる刀匠・・・


 作の特徴。

 腰の反り高し。その腰、踏ん張り良し。切先小さく、その姿、優美也。

 板目、泡立つ。地沸、強し。地斑、はきと見ゆる。

 刃紋、小乱れに互の目と小湾交じる。

 刃中の働き、匂深く、沸良く、金筋、砂流しかかる。

 区際、焼き落とす」


「銘の切り方は・・・」


 刀剣年鑑を刀の横に置き、描かれた銘と、茎に切られた銘を何度も見直す。

 間違いない。


「お父様! 銘は合ってます!」


「どれだ!? コウアンのどれだ!?」


「え、ええと、ええと、待って下さい! ええと・・・」


 ぱらり、


「酒天切コウアンは国宝、王宮博物館所蔵、だから、これじゃないし」


 ぱらり、


「鬼切コウアン、は、北之天社所蔵、だから・・・

 これ? 無銘伝コウアン? いや、銘があるし、ええと・・・」


 ぱらり、ぱらり・・・


「違う、違う・・・」


 ぱらり、ぱらり・・・


「ない! 載ってない!」


「ラディさん! 古い方! 古い年鑑! あるかも!」


「あ! は、はい!」


 ばたばたばた・・・ばん!

 ばたばたばた! がらっ! ごつん!


「ラディ! 大丈夫?」


「いたっ! お母様、平気! ええと、ええと」


 ぱらぱらぱらぱら・・・


「あった、コウアン、コウアン・・・あ、これ! これかも!?

 載ってないのがあります! 雲切丸! コウアン作!」


「雲切丸!?」


「長さ、2尺7寸!」


 ば! とラディの父が走り、長い定規を持ってくる。

 どたどたと走ってきて、ぴたりと定規を当てた。


「2尺と・・・7寸・・・2尺7寸!」


「反り、1寸!」


「うむ、反り、1寸!」


「鎬造り、小切先!」


 ば! と皆が切先を見る。


「鎬造り、小切先!」


「目釘孔、1つ!」


 ば! と皆が茎を見る。


「目釘孔、1つ!」


「先、栗尻!」


「先、栗尻!」


「小板目肌、地沸厚く、地斑交り、地景しきりに入る。

 沸出来、小乱。足入る。金筋かかる・・・

 その美しさ、雲の切れ目より差す光の如し姿、故に雲切の名が付く」


 ぐ! とラディが年鑑に顔を近付け、大声を上げた。


「ああっ! 待って、待って下さい! これ、ここ!

 酒天切と同鉄で作らし剣也。よりて、酒天切と雌雄也!

 酒天切と同じ鉄!? 雌雄!? 酒天切の兄弟刀!?

 え!? 六ツ胴!? 六ツ胴なの!? 酒天切と同じ!?」


「六ツ胴!?」


 しーん・・・と、工房が静まった。

 少しして、ラディの父が身体を起こし、ざりざりと顎ひげをいじりながら唸った。


「ううむ・・・ラディ、予想通りだったな。これはコウアンだ。

 錆びついて地金が良く分からねえが、俺には分かる。

 研いでみりゃあ、はっきり分かるはずだ。

 その雲切丸じゃあねえかもしれねえが、コウアンの作ってのは間違いねえな」


 ばさ、とラディの手から刀剣年鑑が落ちる。

 マサヒデとカオルは息をつめて、じっと錆びた刀を見つめた。

 これは、本当にあのコウアンの作なのか!?



<<補足:六ツ胴とは>>

 人間の死体6人を重ねて全部斬れる刀。実在する刀で本当にあります。

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