第19話 収め所


「また来て下さいねえー」


「はい・・・」


 ラディの母の声を背中で聞きながら、マサヒデとカオルはふらふらと工房を出た。


「コウアン、でしたね・・・」


「はい・・・」


 あの屋敷に住んでいた貴族が、家財道具を売り払ったのも分かる。

 コウアンの作なら、そのくらい安いものだ。

 ふわふわと、2人の足元がおぼつかない。


「六ツ胴って、酒天切と同じですよね・・・」


「はい・・・」


「2週間・・・」


「ご主人様、待ちましょう。旅より、こっちの方が大事ですって・・・」


「ですよね・・・」


 夢見心地で、2人は家まで歩いて行った。



----------



 からから・・・


「只今戻りました」


「お帰りなさいませ」


 マツが手を付いて、頭を下げた。

 ふらあっとマサヒデが上がって行く。


「マサヒデ様?」


 ふらふら、とカオルも上がって行く。


「カオルさん?」


 2人はふらふらと居間へ入って行く。

 何があったのだ?


「おかえりー!」「お帰りなさいませ!」


 居間から、シズクとクレールの元気な声が聞こえる。


「?」


 首を傾げて、マツは台所に茶を淹れに行った。



----------



「マサヒデ様! マツ様からお許し頂けましたよ!」


「そうですか」


「本がいっぱい読めるね!」


「そうですね」


 す、とマツがマサヒデの前に茶を差し出した。


「どうぞ」


「あ、はい」


「さ、カオルさんも」


「あ、奥方様・・・」


 2人は、ほわあん、と言った感じで湯呑を取り、ずず、ずず、と茶を啜る。

 どう見ても様子がおかしい。

 クレールがマサヒデの顔を下から覗き込み、


「マサヒデ様、何かあったんですか?

 もしかして、あの刀、魔剣だったとか?」


 ぶ、とマサヒデが茶を吹き出し、クレールの顔にかかる。


「うわあ!?」


「え!? 魔剣ですか!? あれ魔剣なんですか!?」


 クレールが顔を拭きながら、


「んむ、んむ・・・いえ、そうではなくて、あの刀がどうかしたのかなって」


「あ、ああ・・・いや、魔剣じゃないですけど、逸品でした」


「そうなんですか?」


「知らないと思いますけど、コウアンって聞いたことあります? 刀匠です」


「ううん、知らないです・・・」


「あら、コウアンですか? コウアン・・・どこかで」


 マツは聞き覚えがあるようだ。

 この国の国宝だから、以前王宮魔術師だったマツは聞いた事があるかもしれない。


「国宝に『酒天切コウアン』という刀があるんですよ」


 は! とマツが顔を上げた。

 クレールがあっと驚いて、


「酒天切コウアン・・・国宝、刀・・・マサヒデ様、じゃあ、あの刀は?」


「はい。まず、間違いなく」


「ええー!?」「マサヒデ様!? コウアンの刀があったんですか!?」


 マツもクレールも仰天して驚いた。

 シズクは驚いた2人を見て、寝転んだまま笑い、


「あはは! 知ってる知ってる! 鬼の首も斬れちゃうってやつでしょ?

 昔の何とかって人が斬ったんだよね? 絵本見た事あるよ」


 ぱん! とマツが畳を叩き、


「シズクさん! 笑い事じゃありません!

 コウアンと言えば、国宝になるほどの刀を打つ刀匠ですよ!?」


 シズクは怒るマツを笑い飛ばし、


「ははは! マサちゃんだったら、今の刀でも、私の首、斬れるじゃん!

 ね、マサちゃんなら、斬れるでしょ?」


「それは・・・まあ、多分、斬れますけど・・・」


「じゃ、その刀も鬼の首斬れちゃう、酒天切コウアン! 国宝だね! あはは!」


「・・・」


「ハワードさんも、カゲミツ様も、コヒョウエ様も、ジロウさんも斬れるじゃん!

 鬼族の首斬れる人なんて、他にもいっぱいいるんじゃないの?

 別に珍しくないんじゃない?」


 笑うのはシズク1人。

 だが、シズクの言葉は真実を突いている。


「マツ様もクレール様も、私の首なんか魔術ですっぱり斬れるじゃん。

 そんなに驚く事ないって! 魔剣みたいのじゃないんでしょ?」


「そうですが・・・」


「じゃあ、良く斬れる刀ってだけじゃん。古いね、凄いねってだけだよ。

 きっと、そのホルニさんの脇差と、そんなに変わらないって。

 そりゃあ凄い斬れるとは思うけどさ、そこまで驚く事ないんじゃない?」


 ふわふわしていたマサヒデの気分が、急にふっと落ち着いた。

 マツもカオルも、すとん、と落ち着いた。


「でも、でも、国宝・・・」


「いや、クレールさん、今のシズクさんの言葉、一理ありますよ。

 使い手次第、という事ですね」


「そうそう! そういう事!

 別に国宝じゃなくたって、マサちゃんは鬼なんか斬れちゃう!

 試してないから分からないけど、竜だって斬れちゃうかもしれないじゃん」


「じゃあ、マサヒデ様の腕が国宝って事ですね!」


「あら! クレールさん、お上手。うふふ」


「そりゃあ、良い物を使うのに越したことはないと思うけどね。

 もしかしたら、その刀使えば、魔王様も斬れちゃったりして!」


「そんな事はしませんよ。別に魔王様と戦いに行く訳じゃないんですから」


「あははは! マサちゃん、勇者失格ー!」


 皆がくすくすと笑い出した。


「ふふふ。しかし、歴史ある刀だという事には変わりありません。

 折角ですから、寄付なんてせずに、頂いてしまいましょうかね?」


「うわあ! マサヒデ様、悪い人ですね!」


「うふふ。使われる方も、腕の良い方に使ってもらいたいと思います」


「ふふふ。ご主人様、中々やりますね」


「やるじゃん! そうしときなよ! ハチさんからお許しもらってるんだしさ!

 でも、持ち出したのがそんな刀って知ったら、ハチさんもびっくりだよね!

 お縄になっちゃうかなー? あはは!」


「お許しもらってるんだから、私はなりませんよ。多分ですけど。

 でも、ハチさんが怒られてお縄になってしまうかもしれませんし、秘み・・・つ」


 ぴた、とマサヒデの笑顔が止まり、さーと血の気が引いていった。


「しまった・・・」


「ご主人様、どうされました?」


「あの金庫、玄関に置きっ放しじゃないですか・・・

 奉行所の方が来たら、何と説明したら・・・」


 は! と、カオルとクレールの顔も固まった。

 あの金庫は、ハチが去った後に見つけた物だった。

 何が入っていた、と聞かれるに決まっている。


「ご主人様! すぐに参りましょう!」


「いいじゃん。猫ちゃん達が泥棒です! で」


「ハチさんはずっと見てたんですよ?

 そんな言い訳、通るわけないじゃないですか。

 あれが見つかったら・・・」


「じゃ、見つけたけど空っぽだった! で通しちゃいなよ。

 ハワードさんが一族かもしれないから調べてた、てのは知ってるんだし」


「・・・通りますかね、それ・・・」


 シズクは嫌らしく笑って、


「ハチさんには、こっそり教えておけば良いよ。

 そうすれば、自分で適当に言い訳してくれるって。

 持ってっても良いよ、って言っちゃった自分もヤバいんだから」


 カオルがぐっと膝を進め、


「ご主人様、ラディさん達には、どこから出て来たかを誤魔化すよう伝えましょう。

 物が物ですから、さすがにハチ様のクビが危ういかと・・・」


「そ、そうですね。確かにその通りです。

 あんな物が出たら、研ぎ師に鞘師に、職人街で大騒ぎになってしまいます。

 ええと、どうしましょう。私がどこかから見つけたとか・・・」


「その点については、私に案がございます。

 では、急ぎ伝えて参ります」


 さ、と立ち上がって、カオルは出て行った。


「あっ・・・」


「行っちゃいました・・・どうやって誤魔化すつもりでしょう?」


 ころん、とシズクが転がって、


「マサちゃんが斬った、名無しのセンセイじゃないかな。

 あの人が持ってた事にするんじゃない?」


「え?」


「勇者祭の人なんだから。別に、荷物持ってっても良いでしょ」


「それじゃあ、死人に口無しじゃないですか」


「え、ちょっとそれは・・・」


 マサヒデとクレールは、批難がましい目をシズクに向ける。


「ハチさんがクビになるより良いよ。

 あんまり良い気分じゃないかもしれないけどさ、そこで納得しなきゃ。

 あれだけの物持ってたんだ! 達人だ! って思われるかもしれないじゃん。

 泥棒だ! って思われるかもしれないけど」


 マツもシズクの言葉に頷いて、


「マサヒデ様。クレールさん。

 良い気分ではないかもしれませんが、大事な事を忘れてはいけませんよ。

 死んだ者より、生きている者の方を大事にしなければ。

 今回は、ハチ様を大事にするのですよ」


 マサヒデもクレールも、納得がいかない顔をしている。

 シズクが2人のその顔を見て、


「ははは! 若いなあ! 世の中、なんでもきれいには行かないよ。

 納得いかなくても、収める所で収めなきゃ。

 ハチさんが良いって言ったので、泥棒しました! 自首します!

 なーんて素直に言ったら、ハチさんクビになっちゃうよ。

 クビならまだ良いけど、お縄になっちゃうかもしれないんだよ?」


 む、とマサヒデは眉を寄せて、


「それは、そうですけど・・・」


「クレール様も、すごい本があっても、あのお屋敷で見つけた事にしちゃ駄目だよ。

 実家の蔵書のひとつ、とかで誤魔化しときなよ」


「ううん・・・」


 顔をしかめる2人に、マツがそっと膝を進め、


「お二人共、もう少し世に慣れれば分かります。

 落とし所、というものが大事なのですよ。

 何でもきっちり収まることは少ないのです」


「ふふーん。マサちゃんもクレール様も、もう持って来ちゃってるんだから。

 今更遅い! 諦めなさい! 分かったかなー?」


「むう・・・」「んー、んん・・・」


「あと10年もすれば、自然と分かってきますよ。

 クレールさんも、領地の経営に関わってくれば、すぐに分かる事です」


 マツが2人の湯呑に静かに茶を注ぐ。


「でも、何でもかんでも誤魔化しちゃえ! ってなっちゃいけないよ。

 納得はいかないけど、ぎりぎりで仕方がないって、大事だと思うよ」


「ハチ様も、いけない事と分かっていて、持ち出しを許してくれたのですよ」


「む、むむ・・・」


「清濁併せ呑む。マサヒデ様、これは剣術も同じではありませんか?

 攻めにも守りにも、刀にも身体にも、敵にも己にも寄らず、中庸を保つ心。

 まだまだ、変な所で清い方に寄り過ぎなようですね」


「く、く、くく・・・参った・・・」「ううん・・・」


 かくん、とマサヒデとクレールが諦めたように俯いた。


「あっははは! 参った、だって! ねえ、忘れちゃったの?

 さっき自分で、頂いちゃおう! 秘密で! って言ってたじゃん!」


「うふふ。まだまだお若いですね。もう少しですよ」


 がっくりと俯いたマサヒデを見て、マツが柔らかく笑う。

 シズクも2人を指差して笑う。

 清濁併せ呑む。中庸。

 マサヒデにはまだまだ出来そうもない。

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勇者祭 14 討入 牧野三河 @mitukawa

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