その音楽は戦場を駆けるように響く

時は明治。日露戦争の頃。この物語は軍楽師でフルートを担当する祥三郎が主人公の物語だ。
留学先のベルリンで恋に落ちた彼は必ず戻ると約束して日本に帰国する。しかし、日本では婚約を破棄したはずの婚約者が彼の帰りを待ち構えていた。
この時代において家の結びつきを伴う婚姻は思っている以上に強固なものだ。
否、と言って簡単に破棄出来るようなものではないうえに婚約者の晴子が魅力的な程に強い。併せて祥三郎の心根があまりにも優しい為になかなか婚約破棄まで進めないのである。
薩摩隼人の軍人家系の家で育った優しい主人公は相当に生きづらかっただろうと思う。そんな彼の拠り所が音楽であった。
作中で紡がれる音楽は雄々しく、時に優しく、伸びやかな音を奏でながら物語全体を優しく包みこむ。
音楽の知識が浅くとも、文章で語られ紡がれる言葉が物語の中へ自然に優しく誘ってくれるのだ。
そして始まる日露戦争の描写でキャッチコピーのファンタジーの意味が分かる。
初めてその部分を拝読した時、思わず息を呑んだほどだ。
死の色が強く漂う戦場で降り立つその人――同時に音楽が鳴り響く。
戦争の中には音楽がある。救いでもあり、脅威でもあり、死を手向けるものでもある。
祥三郎の異国の地でのやり取りと対比して戦争の惨さと痛ましさが伝わるのだ
そうして祥三郎は何を選んだのか。
終わりまで見届けた先に聞こえる音楽に思いを馳せる。

それぞれの道を選んだ彼らの幸いを希う物語です。

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