風邪をひいて失敗してしまう少年の話 第2話

 前の温もり、ランドセルの音、歩く振動。

「…ん…」

「お、起きたか」

「…あれ、おにーちゃん?…ごめん、!ぼく、おりる、」

目を開けると、お兄ちゃんは背中の上に僕を乗せて、前でランドセルを抱えている。

「だーめ。熱あるんだから。お迎え、遅くなってごめんな?」

お空はオレンジに染まっていて、サッカーボールの音、はしゃぎ声がうっすらと聞こえる。もう、放課後。でも、まだ夜じゃない。

「おしごとは?」

「抜けてきた」

「…ごめんなさい」

「何で謝るんだ?」

「だって、はんぼうき…いそがしいっていった」

「子供はそんなの気にしなくていーの。それよりユウタ、保健室の先生困らせただろ。佐倉先生から聞いたぞ」

「それは…」





「せんせー!!何かこの子、急に泣き出しちゃってー!!」

「あら、それは大変。それで連れてきてくれたのね、ありがとう。もう君は戻りなさい。ご飯食べる時間なくなっちゃうわ」

「でも…わかったー。君、お大事になー!」

「ッヒグ、う゛、っひ、」

 名前もクラスも、ありがとうも言えなかった。涙に遮られて、言葉が出ない。

「とりあえずベッド行こうか。わー、結構熱い。しんどかったねぇ~」

ベッドに寝かされて、背中をさすってもらって、ようやく涙がとまってくれた。

「クラスとお名前、言えるかな?」

「にねん、にくみ、たざわ、ゆうた…」

「よく言えました。この熱じゃお昼の授業は出られないね。お家の人、誰かいる?」

「…いない…おしごと…」

「そう。じゃあ、ケータイ電話にかけるわね」

「え、でんわするの、!?」

「するけど…何で?」

「だめなの、おにいちゃん、おしごとだから、いそがしいから、ぼく、ひとりでかえれるから!!」

「そうなの。でもね、迎えに来れないにしても、誰もいないおうちで一人だと、もしも何かあった時、困るでしょう?熱も高いし」

「じゃあ、授業さんかするから、きゅしょくもたべるから!!」

「だーめ。もっとしんどくなっちゃう」

「でも、」

「とりあえず、お兄さんに連絡するわ。そうしないことにはお迎えにきてもらえるかもわからないもの」

「やだ…」

「ん?」

「やだぁ、!!おにいちゃん、はんぼうきだから、いそがしいから、つかれてるもん、!!…おにもつにになっちゃうじゃん!!」

先生の持っていた電話を奪い取ろうとするけど、届かなくて、体を倒されて布団をかけられると、力が入らない。

「そんなこと思わないわよ」

先生は何も分かっていない。邪魔になったら捨てられちゃうんだから。

 好きになるのは簡単だけど、嫌いになるのは一瞬なんだから。





「それで泣き疲れて眠っちゃったんだってさ」

「…ごめんなさい」

「心配しなくてもお迎えに行くぐらい、どうってことないのに」

「…おしごとは?」

「終わらせてきたよ。だから明日も一緒にお休みな?」

「…ほんとに?」

「ああ、まだ眠いだろ。まだ少し歩くから寝てろ」

「ん…」




「んぅ…」

目が覚めたらいつものお布団の中。隣のお布団には誰もいない。

「…おにいちゃん?」

何度か呼んでみるけど、返事がない。心臓が跳ねる。一人の部屋はいやなくらいに静かで、ドクン、ドクン、って音だけがうるさい。

「っ…」

 おしっこしたい。そういえば、今日は3時間目のあとからおトイレには行ってない。お腹はぱんぱんで、出ちゃいそう。早く行かないと、お漏らししちゃう。

「あれ、」

体が、起こせない。

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