第6話(ルート1)

「ぅ゛…う゛~…」

やべ、寝てた。俺の膝に頭を乗せて、小さく丸まっている体が動く。また、うなされているのだろうか。

「ゆうた、ゆうた、」

きっとゆうたのいう「おばけ」は、あの日の再映なのだろう。疲ているからって頭ごなしに叱ってしまった。布団に潜り込んできた時から苦しめられていたのだろう。もう少し早く気づいてやればよかった。

「おにいちゃん、おしっこぉ…」

軽く背中を叩くと、予想していたものとは違う言葉。よくみると、手を太ももに挟んでモジモジと足を揺らしている。

「でちゃう、でちゃうぅ…」

目は閉じたまま、どんどん動きが激しくなって。起こしてやらないと、そう思うけれど、せっかくよく眠れているのにまた泣かせてしまうのも可哀想だ。

(なにか…あった)

今日持って帰ってきた空のペットボトル。ゴミ箱に入っているものを取り出す。

(500あるし大丈夫だろ)

ゆうたの体を起こし、膝に乗せる。寝ているから、力が入らず、頭の重心がガクリと揺れて、慌てて体を寄せた。

もじもじとそこを擦り合わせているけど、所詮は寝ている時の力。簡単に手を外すことができ、ソレを出すことができた。

「んっ、も、でるぅ…」

(コーヒー慣れしてないもんな)

「トイレ着いたぞ。しーしーしよう?」

「んん…」

うっすらと開く目。でも、意識は夢の中。

「といれぇ?」

「そうそう。もうおしっこしていいぞ」

「んー…っふぁ…」

ちょろちょろと控えめな音を立てて容器に収まっていく液体。わずかに緩む口元。

「んんぅっ、」

じょぽぽぽ…

お腹をさすってやると、勢いが増し、ボトルの中で小さな泡を作る。

「ふぁっ、ぁ…」

しょぉ…

終わりの合図とともに、小さなため息。

「おわったぁ…」

「良い子」

ソレをしまい、頭を撫でると猫のように胸のあたりをすりすりと頬擦りする。頭の置き場所を探しているのだろう。

「よっと…」

抱えたまま、ソファの上に寝転がる。ゆうたは器用に俺に抱きつくような形をとった。

「おやすみ」

小さく呟いても返事は返ってこない。もう、夢の中なのだろうか。




「ん…」

目が覚めると、ソファの上だった。

「起きた?おはよう」

体を起こすと、下にお兄ちゃんの顔があって。

「嫌な夢見なかった?」

「うん…」

「よかった。もー昼か。ご飯何食べたい?」

「んー…」

上半身を起こし、ぼんやりとした頭で考える。

「あれ…」

ふとテーブルの上を見ると、黄色い液体が入ったペットボトル。

「これ…」

「あ、ああー、なんでもないよ」

お兄ちゃんはそう言ってそれをどこかに持っていく。でも、ぼんやりと思い浮かぶ、何か。

「ゆめ、じゃない…?」

 今日の夢は、いつもよりお兄ちゃんの声がくっきりと聞こえた。トイレって言われたからおしっこしたけど、便器はなぜか光っててよく見えなくて。

『しーしーしよう?』

『おしっこしていいぞ』

顔が熱い。あれは紛れもなく僕のおしっこで。寝てる間にさせてもらってたってこと。

「ふー、どうした?」

戻ってきたお兄ちゃん。でも、どんな顔して見たらいいか分からない。

「お、おにぎりたべたい!!」

声が裏返る。

(きまずい…)

「おー、いーなー。ご飯炊くから顔洗っといで」


「うわっ、」

鏡の中の僕の顔は、とてもとても赤く染まっていた。

「はずかし…」

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