不審者が怖くて失禁しちゃった少年の話 第1話

「最近不審者の目撃情報がちらほら出てきています。なので、なるべく一人で帰らないようにして下さいね。特に女の子」

朝の会で先生がそう言った途端、教室がざわざわする。

「こわいねー」

「わたしママに迎えに来てもらうー」

「一緒にかえろー」

(女子って大変だなぁ…)

教科書を準備しながらぼんやりと考える。先生がいうに、その不審者は子供の足とか胸を触って去っていくのだそう。

(ま、僕には関係ないけど)

女子はまだ不審者のことについて話していたけれど、僕の頭の中は今日帰ってくる算数のテストに塗り替えられていた。


「ふふっ、たのしみ」

 学校からの帰り道、半ばスキップ気味に歩いているのには理由がある。今日の算数のテストが100点だったのだ。

 係の仕事で遅くなってしまったけど、多分僕の方が早く家に着く。

(お兄ちゃん、びっくりするかな…)

抑えきれないワクワクとドキドキで、また笑みが溢れてしまう。

「わっ、ごめんなさい」

周りが見えてなかった。人にぶつかってしまう。

「こっちこそごめんねぇ、ねえ、君何年生?」

「えっと…にねんせい…」

「そっかそっかぁ…」

「っひ、」

少し太った、毛の濃いおじさんに急におちんちんを撫であげられる。

「あの、ぼく、かえる、」

「足もすべすべだねぇ…」

ぞぞぞぞ…

 背中に毛虫が入ったみたいに気持ち悪い。僕の太ももをつまんでは撫でて、つまんでは撫でて。ジロジロと観察される。

(ふしんしゃって、この人…)

でもなんで、

「ぼく、おとこだよ?」

震える声で聞く。

「ちいさい男の子が好きなおじさんもいっぱいいるんだよぉ、」

怖い、気持ち悪い。

(早く、逃げないと…)

でも、足が震えて。声も出なくて。

「あれ?おしっこしたかったのかな?ごめんね引き止めちゃって」

「え…」

(何をいって…あ、)

自分の足を、温かい水が伝う。

(うそ、なんで…おしっこしたいわけじゃ、なかったのに、)

「お詫びにお掃除してあげるねぇ」

おじさんの熱い息が、足にかかる。

れろっ

「~~~~っ、」

「うわっ、い゛っ、ーー」

おじさんの顔を蹴り上げ、走って逃げる。後ろは怖くて振り返れない。

早く、早く帰らないと。

「わぁっ、」

バランスを崩して転ける。両膝は擦りむいて、痛い。ズボンも足もびちゃびちゃ。でも、そんなのに構ってられないくらいに、怖い。


「はぁ、はぁっ、っは…」

家の中に入り、鍵を閉めると、足に力が入らなくて、その場にへたり込む。

「っは、っは…」

さっきの出来事がまるで夢みたいだ。

(おこっておいかけてきたらどうしよ、はいってきたら…)

息は整ったのに、心臓はうるさい。

(そうだ、おにいちゃんに、)

リビングの中に入って、震える手で番号を押して、お兄ちゃんに電話する。

「おかけになった電話番号は…」

受話器からは無機質な女の人の声。

(こわい…おにいちゃん…)

壁に背中をつけて、膝に頭をくっつける。

(…おしっこ…)

さっきお漏らししちゃったからか、溜まっていたのに気づいたからか、お腹がずくんと重い。

(おといれ…)

 でも、もしおしっこしてる時にあのおじさんが入ってきたら…なんて思うと、動けない。

「も、やだぁ…」

学校を出る時のウキウキはもう、なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る