第3話
「あの、コウさん、」
「とりあえずここに座りな?」
いつものリビング。ひとつだけ空いているソファの席。そこに座るっていうのはあたりまえのことなんだけど、僕にとっては違って、足がすくんで動かない。洗濯機の回っている音がやけに聞こえて、それよりも僕の心臓がうるさい。
「怒ってるわけじゃないんだよ?ただお話したいだけ」
「…」
「こっち、こないの?」
一歩、一歩、そっちに進む。ぽんぽんと叩かれた場所に腰を下ろす。今日は、膝の上じゃない。
「…ごめんなさい…」
「それは何に対してのごめんなさいだ?」
聞かれる前に謝ってしまった。顔が見れない。怖い、怖い。
「おねしょ、しちゃうこと…」
「それはわざとってこと?」
「っ!!!」
口に出して言われると、僕はとんでもなくハズカシイことをしていたのだと認識する。顔が燃えてるみたいに熱い。
「不思議だなぁって思っていたんだよ。ユウタの失敗、決まってお休みの日のどっちかだろ?」
「っっ~~~!!」
バレていた、僕が思っていたよりもずっと前から。
「なんでわざと失敗するんだ?」
履き替えさせてもらった黒い短いズボンの裾をぎゅっと握る。
なんでなんて、言えない。
甘いココアが飲みたかったから…いや、そんなの、コウさんならいつでも作ってくれる。
優しくしてもらいたかったから…そんなの、いつもは優しくないみたいじゃないか。
一生懸命作った言い訳が、頭の消しゴムにどんどん消されていく。
「っ、ぼく、は、」
言葉が全然出てこなくて、焦る。先生とか、施設の人に怒られるよりも、ずっとずっと怖い。なんて言い訳すれば良いのか、わからない。
「すてないで…」
絞り出してやっと出せた答えは、全然コウさんが聞いていたこととは違う。じっと見つめていた膝がぼやけて、次々とズボンに落ちていく。
「ごめ、なさい、もう、しない、から…」
ただ、嬉しかっただけなんだ。失敗を怒らないで居てくれて、励ましてくれて。シャワーを流してくれることも、膝の上に乗せられることも。手間なことに嫌な顔せずに受け止めてくれる、そんなこと、初めてだったから。
「捨てるわけないだろ」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を挟み込まれて、コウさんの顔と向き合う。
「おいで」
腕を大きく広げられて作られた、僕の場所。飛び込んで、胸に顔を埋める。
髪の毛が、揺れる。背中が温かい。コウさんの、匂い。ひどく安心してしまって、涙が、しゃっくりが抑えられない。
「別に怒ってるわけじゃないよ。でもね、ユウタが大きくなって、お泊まりとか、ここじゃないところで寝るときにやっちゃったら大変だろ?」
「…うん…」
「だからわざとするのはやめような」
「…ごめんなさい…」
「そのかわり、お休みの日は失敗しなかったら好きな朝ごはんを食べるってのはどうだ?」
想像もしていなかった提案に思わず顔をあげる。
「好きな…?」
「そうだ、どこかにお出かけしてハンバーガーを食べるのも良いし、家の中なら…そうだなぁ…ホットケーキとか…」
「僕、絵本みたいないっぱい重ねたやつ、食べてみたい…」
「できるできる。来週やってみるか」
「うんっ!」
さっきの不安は無くなって、わくわくが心を占める。嬉しくて嬉しくて、お兄ちゃんに抱きついた。
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