第3話(ルート1)

ひた、ひた…

 自分の足音が、やけに不気味。いつもの廊下がすごく長い。壁に手をついて歩く。後ろに気配を感じてしまって、何度も振り返りながら。

「ついた…」

トイレの電気をつけると、自分がすごく汗をかいていることが分かる。

(はやくおわらせちゃおう…)

この空間が怖くて怖くて仕方がない。早く、戻りたい。そんな焦りとともに、ズボンをずらし、前をかかげた。

じょろろっ、

「あれ、」

最初に少し出たきり、出なくなってしまった。いつものようにお腹に力を入れても、息を大きく吐いても、それは出てくれない。

(なんで、こんなにしたいのにっ、)

 まだまだお腹はパンパンで、全然スッキリしなくて。でも、怖くてここに居たくない。結局、ほとんど透明な便器を流して、手を洗うのも忘れて小走りで部屋に戻った。


(うー…おしっこぉ…)

 戻ってからはお兄ちゃんの布団ではなく、自分の布団に丸まっていた。足の間に手を挟み込んで。

 眠たいし、だるいし、おしっこしたいし。でも出ないし。時計の針がうるさくて、心細い。

(ばかみたい…)

あのおじさんは逮捕されたのに、怖がっている。何も痛いことをされてないのに。

(ばかみたい、ばかみたい、ばかみたい)

おばけを怖がるより、ばかみたい。

じわり、と涙が浮かぶ。浮かんだそれは、次々とほっぺたを流れて、布団を濡らす。

「っぐ、っぃ、」

ぱんぱんのお腹を縮めて、お腹を抱える。時計の音がうるさい、電気のジーって音がうるさい。自分の息がうるさい。


「んーゆーたー?」

 ふと聞こえる寝ぼけたような声。慌てて布団から出てお兄ちゃんの方に行くと、目は閉じている。でも、もう色々限界で。

「おに、ちゃん、」

肩をゆさゆさと揺らす。

「ん゛~…」

「おにーちゃん、おにいちゃん、」

「んんー…ゆーた?トイレ?」

うっすらと開いた目。暗くて見えていないのか、腕をぺたぺたと触ってくる。

「といれ、ッヒグ、」

「え、泣いてる!?」

「といれ、ついてきてぇ、ッヒ、」

「わかったわかった、一緒に行こうな?」

 ぐしゃぐしゃに頭を撫でられて、張り詰めた心がほぐれて。前をぎゅっと握りしめながら、でも、涙が止まらない。


「あれ、電気ついてる。まあいいや、行っておいで」

中に押し込まれて、軽くドアを閉められる。ぼやけた視界のまま、おちんちんを出す。

しょろ…しょろろ…しょおおおおおおお、

さっきまで出し渋っていたおしっこが、だんだん勢いを増して、放出される。どんどんお腹が軽くなって、すっごく気持ちよくて。

「おわった…」

「手ぇ洗ったか?」

「うん…」

「よし。怖い夢みた?」

「ちがう…おしっこ漏れそうだっただけ」

何となく、夢のことは言いたくなかった。

「そっか。いつでも起こすんだぞ?着いてってあげるから」

「うん…」

「じゃあ寝るか」

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