我,帰還せんとす。

トリニク

序章 マルとバツ

第1話

ある日地球にひびが入り,ぽっかり穴が開いた。


地面にじゃない,建物にでもない。空間にだ。


時空の裂け目ができたのだ。




時空の裂け目が出来てすぐ,その真っ暗な裂け目からぞくぞくと怪物が出てきた。


怪物,というより異世界人と呼んだ方がよいかもしれない。リザードマンやオークやエルフ。


とにかく人間のような姿をした二足歩行の化け物たちが,ダムが崩壊して水がどばーッ出て来るみたいに大量に現れたのだ。


それらはすぐに略奪を始めた。


食糧を奪い,資源を奪い,抵抗する人々は無残に殺されていった。




そして,戦争になった。




人々は,銃やドローン兵器を駆使して異世界人を元の世界に追い返そうとした。しかし,とてもじゃないが太刀打ちできなかった。


異世界人たちは超自然的な力─魔法をつかった。あるものは火を操り,ある者は水を操り,あるものは土をあやつり,あるものは植物をあやつり・・・.


そうして人々はなすすべもなく敗れ,数多くの人々が捕虜として時空の裂け目の向こう側,異世界へと連れ去られていった。






「そういうわけで,僕たちが捕虜として働かされてるってわけだね。」




「どこで聞いたんだよそんな話。」




カーン。




つるはしの先から火花が飛び散り,真っ暗な洞窟に,岩壁を砕く音が響き渡っていく。




「スペクタさんが教えてくれたんだ.あのヒト,優しいからね.」




「けっ,やさしいもくそもあるかよ。今までの奴らよりもマシってだけだろ?大体その話が本当なら,俺たちがこうして働く羽目になってんのはそいつらのせいじゃねぇか。」




「ははっ,まぁそうなっちゃうよね。あっ,青色鉱石10個目だ。ラッキー,もうノルマ達成したよ。」




「おお,よかったな.お疲れ.」




「なんだよ,冷たいなぁ.マルの分も見つけるまで一緒に掘るに決まってんだろぉ?」




「はぁ,・・・そうかよ.」




マルは,まんざらでもなさそうにそう言った。




カーン,カーン,カーン・・・










─────────────────────










ごろごろごろごろ・・・




二人の少年─マルとバツは,土砂の積まれた猫車をそれぞれ一台ずつ押しながら,薄暗い洞窟を歩いている。土砂は採掘の時にできたものだ。




「やっと終わったねぇ。まさか最後の一個を見つけるのにあれだけ時間がかかるとは思わなかったよ。」




「まぁな。すまねぇな,長い時間付き合わせちまって。」




「そういうときは『ありがとう』だろ?そもそもチームメイトがノルマを達成するまでは帰れない決まりなんだ。謝られる筋合いはないよ。」




「そうだな。・・・ありがとう,バツ。付き合ってくれて。」




「どういたしまして。お礼は夕食の卵一個でいいからね。」




「なんだよそれ・・・。」




「おっ,小僧ども。青色鉱石はちゃんと見つけたのか?」




「あっ,スペクタさん。」




洞窟のひらけた場所。二台のトロッコのある大広間に,炭鉱ヘルメットを身に着けた二人のリザードマンがいる。トロッコはそれぞれ土砂を積む用と青色鉱石を積む用に分かれていて,どちらも半分くらいまで入っている。二人のリザードマンは右の青色鉱石用のトロッコのそばにいて,そのうちのひとり,手前の方にいる男─スペクタが奥からやってきた二人を出迎えた。




「うん!ちょっと時間がかかったけど,何とか10個見つけたよ。」




「おお,そうか。相変わらず早えなぁ。さすがは年長さんだ。猫車はいつものようにそこに置いといてくれ。」




「うん!・・・おいしょっと。」




バツは,猫車を土砂のトロッコのそばに置くと,猫車にひっかけていたつるはしを持ち,すぐさまスペクタの側へと駆け寄る。




「はい。青色鉱石。」




そう言って,腰にかけていた手提げ袋をスペクタに差し出した。手提げ袋はぱんぱんに詰まっていて,ずっしり重い。




「おう,確かに入ってるな。ケルン,中身をトロッコに積んでくれ。」




「おう。」




「マル,お前のも渡せ。」




「へいへい。・・・ほら,ちゃんと10個入ってるぜ。」




マルも,猫車からつるはしを持ち上げて肩に背負い,スペクタの側まで来ると,しょっていたつるはしを降ろして手提げ袋を渡した。




「おう,確かに。」




スペクタはそれもケルン─もう一人のリザードマンに手渡した。




ごろごろごろっ・・・




袋の中の青色鉱石が,一気にトロッコの中に吸い込まれていく。




「ねぇスペクタさん,他のみんなはまだ来てないの?」




「ああ,まだだな。・・・なぁバツ。今日も他のガキどもの手伝いに行ってくれるか?」




「うん,もちろん。ねぇマル,今日はマルも一緒に行かない?」




「えー,なんで。昨日はお前ひとりで行ってたじゃん。俺はさきに部屋に戻っとくよ。」




「いいじゃん,部屋に戻っても,どうせやることないんだろ?」




「おいおい,決めつけんじゃねぇよ。別にやることないわけじゃないぞ。」




「じゃあ昨日は一人で部屋に戻った後,何してたんだよ。」




うぐっ




「そりゃあまぁ,・・・昼寝してただけだけど。」




「ほら!やっぱ何もしてないじゃん。」




「くぅー,お前ほんとうにああ言えばこう言うなぁ。」




「どっちがだよ。」




「あっ!思い出した!」




たわいもない言い争いをしていたそのとき,ふいにケルンが大声を出してトロッコを離れ,壁際に置いてある自分のバックの方へと向かっていく。




「ん?どうしたんだケルン?」




「いや,昼の時言ってただろ。」




「ああ,あれか。」




ケルンはバックから四角い何かを取り出すと,それを片手にマルとバツの下へ近づいてきた。




ケルンが近づいてくるにつれて,持っているものが,木製の長方形の箱であることが分かる。




「ん?お弁当箱?」




「ああ,そうだ。弁当だ。ちょっと嫌いなものが入ってて残してたんだ.お前らにやるよ。」




ぱかっ




蓋を開けて中身を二人に見せるケルン。その弁当の中には,2枚の葉菜が残されていた。端の方に寄せられている,キャベツに似た葉っぱだ。他の食べ物の汁か水気を吸ったのか,湿ってしわくちゃになっている。




「えっ,いいの?やったー!」




バツはそれを見ると,喜び勇んで手を伸ばし,




パシッ




ケルンにその手をはたかれた。




「おまっ,汚いんだから弁当に手ぇつっこむんじゃねぇよ。ほら,口開けろ。」




言われるままに口を開け,アーっとするバツ。


リザードマンは葉っぱをつまむと,コイに餌をやるようにその口に放り込んだ。




「んー,おいしいー!やっぱり僕らが食べるものとは違うなぁ。こんな美味しいモノ食べたことないよ。」




もぐもぐしながら,幸せそうにほっぺに手を当てるバツ。




マルはそんなバツを見て,少しムスッとした。




なんで喜んでんだよ




「そりゃあそうだ。お前らが食ってる飯とは手の入れ具合が違うからな。ほらマル,お前も口開けろ。」




「・・・」




マルは一向に口をつぐんでいる。




「ん?どうした。いらねぇのか?」




「どうしたのマル。もらいなよ。すごくおいしいよ?」




不思議そうな顔をするバツ。




おそらく彼も,目の前にいるこいつも悪意はないのだろう。




それが心の底からイラつく。




「・・・わねぇ。」




「ん?なんだって?」




キッ




マルはケルンをにらみつけた。




「俺は食わねぇ!残飯の処理なんて,するわけねぇだろっ!」




「マル・・・。」




「・・・。」




「おいおい,せっかく善意で分けてやろうってのに。・・・ちっ,まぁいいや。そういうことなら・・・無理やり食わせよ!」




「むグ!?」




マルは急に顔を掴まれると、葉っぱを口の中に無理やりねじ込まれる。




ケルンの手は少しひんやりとしていて,硬く太く,力強く,振りほどこうと必死にもがくがびくともしない。




「おいおい,ケルン。」




「ほぉら,噛ぁめぇよっ!」




口の中に入ったものを吐き出そうともがいていたマルであったが,ケルンに容赦なく無理やり手で顎を動かされ,咀嚼してしまった。




シャキッ,シャキッ




「!?」




その瞬間,心地の良いしょっぱさが口いっぱいに広がった。いままで味気の無いモノしか食べたことのなかったマルにとって,それは想像していた以上に身体が求めていたものであった。




(クソッ。)




悔しくて目が潤む。




ゴクンッ




「よぉし,食ったな.」




ケルンが手を離そうとした瞬間,マルはすぐさまその手を振り払ってケルンのそばを離れた。




物凄い目でケルンを睨みつけている。




「おいおい,俺の善意を無下にしたお前が悪いんだぜ?なぁスペクタ。」




「いや,さすがに無理やり食わすのはねぇだろ。」




「そうかぁ?」




「・・・。」




「あっ,まってよマル。」




「おい,どこ行くんだお前ら。」




スペクタが,背中を向けて離れていく二人に呼びかける。




チッ




「他のみんなの手伝いだよ。あんたがそういったんだろ!」




「・・・ねぇマル。つるはし。」




「・・・。」




タッ,タッ,パシィッ!!




マルはスペクタ達の方に戻り,勢いよく自身のつるはしを拾い上げる。




「じゃあな。」




乱暴にそういうと,マルは再び洞窟の奥の暗い場所へと歩いていくのだった。

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