第11話
カチャカチャカチャ
スペクタは,トイレのカギをいじっている。
休息所のトイレのカギは一般的なトイレ同様,内側からしか掛けられないようになっている。しかし,外側のドアノブの下の鍵の部分にも,横向きの溝が入っており,上手くひっかけて回転させれば外側からでも開錠することができる。これは非常開錠装置というものであり,トイレ内で非常事態(トイレの中で気を失ってしまったり,便器の中に落ちてしまうなど)が起きた時に中の人を助けられるようにと設計されたものである。
スペクタはその溝に,自身の爪を引っかけて回転させようとしているのだ。
・・・カチャッ
カギが開いた。
ギッ
そして無情にも,スペクタはドアを開き,中の様子を──
─ガッ
ダンッ
「何勝手に開いてんだよ・・・。」
覗こうと瞬間,頭から血が滲み出ているマルが,半開きのドアから頭をのぞかせた。
「・・・お前,頭のその傷どうした?血が出てるじゃないか。」
スペクタは,いきなり現れたマルに,頭から血が出ている状態であることに,驚き戸惑っている。
マルは,(えっ,やっぱり血ぃ出てんの?)と一瞬動揺しつつも,
「さっきあんたがいきなりノックしただろ?その音にびっくりしてこけちまってよ。トイレの壁に頭ぶつけちまったんだ。」
と咄嗟に思いついた言い訳をした。
実際には,隠し通路の天井で頭を擦ってできた傷だ。急いで抜け出そうとしてこうなってしまった。
「・・・。」
スペクタは一瞬探るような目つきでマルを見つめる。
マルは堂々とした態度で,スペクタから目を離さない。
(大丈夫だ。もともと足音が響くような場所じゃねぇし,別にあり得ない話じゃねぇ。堂々としてればバレねぇ・・・!!)
心の声とは裏腹に,マルの背中に冷汗が流れる。
「・・・そうか。それはすまなかったな。」
スペクタは,素直に謝罪した。
良かった。どうやら納得してくれたようだ。
「しかし無事でよかった。返事がなかったんでまた気でも失ってるのかと思ったよ。傷の様子を見せてくれないか。応急処置くらいはできると思う。」
ズッ
そうしてスペクタはドアを開いてマルに近づこうとする。
「いやっ!!」
マルは,反射的に大声を出してその行為を強く拒絶した。
現在,隠し通路の穴はむき出しの状態であり,穴を塞ぐ石は穴の横に出ている状況である。冷静に考えれば,穴は扉の影に隠れる位置であり,石もそうとう扉を開かない限り当たらない位置であるため,スペクタがマルの傷を見るためにトイレの中に入ってきてもばれてしまう可能性の方が低いだろう。しかし,それでも,隠し通路の存在がばれてしまうという最悪の未来は容易に想像できてしまう。
それ以上入られるとまずい。そういう思いから,マルは咄嗟に大声を出してしまったのだ。
それがまずかった。
「・・・どうしてだ?」
当然の反応。
マルの事情を知らないスペクタにとって,あまりにも当然な,そしてマルにとって,あまりにも具合の悪い質問。
(まずい!やらかした!ここで返答をミスると確実に怪しまれる!)
焦るマル。口を開く刹那に,考えを巡らせる。
そして,ここがトイレであるという状況から,一つの最適解を導き出した。
「フルちんだからだ。」
「フルっ─」
「ああ,フルちんだ。」
マルは堂々とした態度で,スペクタから目を離さない。
「俺は今フルちんなんだ。なんたってさっきまで大便してたからな。だから恥ずかしい。頼むからちょっと待っててくれ。・・・それとも,俺にはそんなプライバシーもないのか。捕虜だから。」
「・・・。」
しばし,沈黙が流れる。
表情には出していないマルだが,心臓はバクバクしている。
(スペクタの位置からは,俺の下半身までは確認できないはず。発言にも矛盾はない筈だ。さぁ,どうでる。スペクタ・・・!!)
「・・・そうか。すまなかったな,いろいろ。それじゃあ傷を見るのは後にしよう。一応ハンカチだけは渡しとくから,それで傷口抑えとけよ。」
スペクタはそういうと,腰に着けてあるウエストポーチから藍色のハンカチを取り出し,マルに手渡す。ハンカチには,桃色の花の刺繍が小さく施されている。
「うん,ありがとう。」
「それじゃあ俺はこれから飲み水の取り換えをするから,また都合のいいときに声を掛けてくれ。」
「うん,わかった。ありがとう,配慮してくれて。」
「おう。」
カチャッ
そうしてスペクタはトイレから離れ,トイレにはマル一人となった。
「・・・」
(おっしゃあああああっーーーー!!!!耐えたぁあああああああっ――――――!!!!!)
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