第5話
「ケン,ケン。~~~~~~~~~~~」
誰かが俺に話しかけている。
高くて,温かみがあって,なんだか懐かしい声だ。女性の声だろう。
俺は目を開ける。目の前には足があった。太ももから脛までがあった。グレーのパンツを履いていた。俺はしゃがんでいて,目の前の人は立っている。
「~~,ケン。~~~~~~~~~~~」
なんて喋っているのかは聞き取れない。でも,ケンという言葉だけは分かる。
俺は顔を上げていく。白い服のすそが見えてきて,白い服を着た上半身が見えてきて,首が見えてきて,顔が見えた。でも,目,鼻,口がどんななのかわからない。目の前で立ってる人の顔が,ぼんやりとしていて確認できない。肌色は分かるのに,長い黒髪ってことは分かるのに。顔だけがぼんやりとしている。
がらがらがらがら・・・
突然,車輪の音が聞こえてきた。音のする方を向くと,コンビニ台車を押している人の背中が見えた。緑色の服に,黒いスラックスを履いている。
周りは明るく,左右には商品棚が何列も積み重なって高くそびえたち,暖色系や青色の見たことのない袋がずらーッと陳列している。
「もうケン,ほんとにこの子は。」
ボーっとしていた俺は,急に手を握られ,引っ張られて,歩かされる。突然のことだったが,まったく驚きはない。それどころか安心感すらある。
その手は温かくて,しっかりと俺の手を握っていて・・・。
俺は,白い服の人物に引っ張られながら,どんどん前へ前へと進んでいく。
歩きながら,俺は思わずその人物の背中に向かって呼びかけた。
「お母さっ!・・・ん」
言い切る直前に,マルは目を覚まし,目の先に薄暗いごつごつした天井が現れた。
───────────────────────────────────
「・・・。」
暗い。いつもと変わらない薄暗さだが,あの夢を見た後だとより一層暗く感じる。
「・・・。」
何だったんだろう,あの夢。なんだか懐かしい夢だった。あんな場所行った覚えもないし,あんな人と一緒に出掛けた記憶もないのに。もしかしたら,とっくのとうに忘れてしまった,物心つく前の記憶だったのかもしれない。ハウスで暮らすよりも前の,この世界に来るよりも前の・・・
(・・・夢の中の『ケン』って言葉,妙に聞き馴染みがあったよな。もしかしたら,元の名前が『ケン』だったりするのかもしれないな。)
そんなことを考えていると,ふいに目頭が熱くなった。
「グっ・・・」
その瞬間,噴水みたいに心の奥底から悲しさがあふれ出てきて,マルは右腕の前腕を閉じた両目の上に置く。
(何でいまさら・・・!!今になって・・・!!)
「・・・はぁー,やっぱ行ってみてぇなぁ元の世界。行ってみてぇなぁー・・・。」
目を潤ませながらそう呟きつつ,「はぁっ」と湿っぽいため息をつくマル。
(・・・そのためにも,さっさと開通させねぇとな。隠し通路。)
そう改めて決意し,「はぁっ」ともう一度ため息をついて心を落ち着かせたところで,マルは自身の腹の辺りに何か重いものが乗っている感覚があることに気づいた。
「んっ?なんか重くね?・・・なんだバツかよ。」
頭を起こして確認すると,バツがマルのお腹の辺りで腕枕をし,こちらに顔を向けてすぅすぅ寝息を立てていた。
マルは,警戒して損したというような感じで首の力を抜いて頭を降ろす。
(まったく,バツの奴。・・・人の腹の上で寝やがって。・・・ん,ちょっと待てよ?俺今どこで寝てんだ?)
マルはもう一度頭を起こし,今度は自身が何の上で寝ているのかを確認する。すると,自身が木製のベッドの上で仰向けになっていることに気が付いた。つまり,バツは地面に膝をついてベッドに身体をあずけた状態で寝ているということである。
(なるほど,ベッドで寝てたのか。バツの位置がなんかおかしかったからびっくりしたぜ。・・・にしてもなんで俺ベッドで寝てんだ?このベッドって病人や重傷者のためのベッドだったよなぁ。)
「・・・あっ,そっか。そういえば俺,気を失ったのか。」
ここにきて,マルはようやく自身が赤い鉱石をバツに見せようとして気絶したことを思い出した。
(そっか,なるほどね。それでベッドの上に運ばれたってわけね。)
マルは横を向く。
藁のむしろで雑魚寝している子供たちを見下ろすことができる。
(・・・もう,夜中になっちまったんだなぁ。そんなに気を失ってたのか俺。なんであのとき気絶しちゃったんだろう。ってか,赤い鉱石どうなっちゃったかなぁ。やっぱスペクタ達に回収されちゃったかな。・・・まぁ,別に回収されててもいっか。何かに使おうと思ったわけでもねぇしな。・・・とりあえず,バツが起きるのを待って,そのあと何があったか聞くか。今起すのも悪いし,物音を立てるのもみんなに悪いしな。・・・んっ?)
そのとき,今度は右手に違和感を覚えるマル。手を握りしめようとすると,掌の中央辺りに硬い異物があるような感覚がある。
気を失ってる間にケガでもしちゃったのかなぁと思い,右手を顔の正面に持ってきて,掌を確認した。
「・・・。」
掌のそれを見て,マルは言葉を失った。
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