第6話
マルは自らの掌を見て,言葉を失う。理解が追いつかなくて,信じたくなくて。
そこには赤い鉱石があった。バツに見せようと思っていた,気を失う前に掘って手に入れた,赤い鉱石が。
右手に斜めに突き刺さっていて,半分以上が手の中に埋まっている状態で。唐紅色の一部分だけがひょっこりと掌の中央辺りから頭をのぞかせている状態で。
「・・・うぃいええええええええええええ゛っ!!!!」
マルは絶叫し,右手を凝視したまま上半身を起こす。マルの腹の上に頭を置いて寝ていたバツは,無抵抗に弾かれ,勢いよく地べたに後ろ頭を打ち付けた。
「痛っ・・・たぁーーーー」
顔を歪めながら,ぶつけたところをさすってゆっくり起き上がるバツ。
「ああバツすまんっ!大丈夫かっ!?」
「うん。・・・って,マル!起きたんだ。よかったぁー急に倒れたから心配したんだよ?」
「ああ,悪かったな。・・・って,そんなことより見てくれよ!俺の右手ッ!!」
マルは,バツの眼前に右の掌をかざす。
戸惑いながらその掌を見つめるバツ。
「んっ?右手がどうかしたの?」
「いや,分かんだろっ!?刺さってんだよ鉱石がッ!?」
マルの言動に,怪訝そうな顔をするバツ。
「どこにっ?」
「いやだからっ!・・・あれっ?」
マルが再び右掌を確かめると,そこに赤い鉱石の姿はなかった。何の変哲もない,ただのてのひらだ。
「おっかしいなぁー・・・?確かに刺さってたんだけど・・・。」
マルは頭をぽりぽりと掻きながら,右手を握りしめたり広げたりしている。
バツはそんなマルの様子を見て,言いにくそうに口をもごもごさせた後,
「・・・もしかしてさ,幻覚だったんじゃない?」
そう,言葉を発した。
「幻覚?」
「うん,マルが倒れた後さ。すぐにスペクタさんを呼びに行ってさ。スペクタさんに頼んで,お医者さんに診てもらったんだ。お医者さんは『過労で気を失っただけだろう』って言ってた。過度のストレスがかかると,血管の不整脈が起きて気絶することがあるんだって。だからさ,鉱石が刺さってるように見えたっていうのも,ストレスが原因でそういう幻覚が見えただけなんじゃないかなぁ。」
「・・・すぅー,ストレスで幻覚って見えるもんなのか?」
「わからないけど,実際刺さってないわけだし。僕にはそうとしか考えられない。・・・どうする?一応明日の朝,もう一度スペクタさんに頼んでお医者さんに診てもらおっか?」
「・・・いや,別にいいよ。身体に不調はないみたいだし。幻覚って言われれば,幻覚のような気もするしな。悪いな,いろいろと気を使わしちまって。」
「ほんとに大丈夫?ちゃんと苦しかったら苦しいって伝えてよ?」
「分かってるって,ありがとな。いろいろ。」
「・・・はぁ,それならいいけど。とりあえず,スペクタさんは明日は休んでいいっていってたからしっかり休んでよ。」
「えっ,明日休んでも大丈夫なのか?」
マルは驚く。病気や足を骨折した際に休ませてもらえることはあるが,気絶して次の日休みを貰えるというのは今までにない経験だったからだ。
「うん,スペクタさんが許してくれた。・・・マルの分の採掘も免除してもらったから,明日は何も気にせず休みなよ。」
「免除まで・・・。なるほど,病気扱いなのか。」
通常,足や腕の骨折では免除してもらえない。同じチームの人が骨折した人の分の青色鉱石まで採掘しなければならないという決まりがある。骨折は連帯責任とされているからだ。
「分かった。伝えてくれてありがとな。明日はのびのびと休むことにするよ。・・・ごめんな,こんな夜遅くに起こしちまって。」
「いいよ全然。僕の方こそ,昨日はいろいろと言っちゃってごめんね。」
「おう。そんじゃお休み。」
「うん,お休み。」
そうしてバツはベッドから少し離れたところでうずくまる。
マルも,「ふぅーっ」と息を吐きながら,ベッドに背中を預けた。
(・・・あっ!赤い鉱石がどうなったか聞くの忘れてたっ!・・・まぁいっか,明日でも。)
「・・・。」
マルは薄暗闇の中,もう一度右手を目の位置に持ってくる。
(幻覚。幻覚か。・・・幻覚なのか?結構はっきりと見えてたはずなんだけどなぁ,赤い鉱石。・・・まぁでも,実際なんともないんじゃ幻覚としか考えられねぇよなぁ。・・・にしても,『ストレスで気を失った』・・・か。確かにいろいろとストレスはあるけど,気を失うほどのものだったかなぁ。ってか,ストレスで気を失う時ってあんな突然気を失うもんなのか?・・・わからねぇ。わからねぇけど,まぁいいや。はっきりしてんのは,俺が気を失ったってことと,明日は一日フリーだっていうことだ。)
マルは両手を頭の後ろで組み,天井をみつめながら,
「・・・この機会に開通させねぇとな。隠し通路。」
そう,決意を呟くのであった。
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