第9話

マルの脳は,あまりにもあっけなく崩れた壁に,目の前の状況に,理解が追いついていなかった。約10年間採掘をしてきたマルにとって,大きなヒビはできているものの,まだまだ崩れる気配のなかった壁が,たった一回石を打ち付けただけで崩れてしまうという現象は,あまりにも異様であった。




えっ,早。っていうか,これって・・・.




マルは,眩しい光が差し込む穴を凝視する。穴の向こう側に,白い景色が見える。岩だ。ごつごつとした岩の地面が広がっている。岩の地面が,陽の光を受けて,眩しく輝いて見える。




「・・・そと。」




ガッ




その瞬間,マルの腕は再起動し,目の前の壁に石を打ち付け始める。




「そと,そとっ・・・」




マルは,考えることができない。すでに先程抱いた違和感は,マルの頭にはない。うわごとのように「外」とつぶやきながら,一心不乱に壁を崩していく。




ガラッ,ガランッ




目の前の壁が崩れ,土砂ができる。外界と隠し通路を遮断するその土砂を,行き止まりの向こう側へと力強く払っていく。




「そと,そと,外っ!」




ガランッ,ガランッ




穴がどんどん大きくなっていく。光がどんどん大きくなっていく。外の景色が大きくなっていくにつれ,マルの視界が潤んでいく。腕の動きのタガが外れる。




「そと,そと,外っ!!」




ガランッ!ガランッ!ガンッ!ガランッ!!




穴を無我夢中で掘り続ける。土砂が向こう側に飛んでいく。壁が崩れていく。目の前の穴がどんどん大きくなっていく。目の前の穴が,マルの顔と同じくらいの大きさになる。白いごつごつした岩の地表が視界いっぱいに広がる。あたたかな陽の光が,マルの顔全体を包み込む。




「ああっ・・・ああ゛っ!・・・ああ゛っ!!」




マルはもう「外」という言葉すらいえない。何も言葉が出てこない。目の奥の涙が,考えることをせき止めている。マルは,両目を見開き,口を開き,目を潤ませながら,ただ腕を,土砂を払う腕だけを動かしている。




ガラッ,ガラッ,ガランッ!!




ついに,穴は身体が十分通れるほどの大きさになった。




「はっ・・・はっ・・・」




マルはしばらく静止する。




「グっ・・・グぅ・・・」




目から涙があふれ,唇をかみしめる。




そうしてようやく,震える手を外界へと伸ばした。




・・・あたたかい。




温かくごつごつとした地表の感触が,掌に伝わる。




赤い鉱石も暖かかった。だがこの感触は,このぬくもりは,もっと優しい,包み込むような温かさだ。まるで外界が,暗い所にいるマルを,出て来ておいでと優しく誘っているかのような,そんなぬくもりをマルは感じた。




「はぁ・・・はぁ・・・」




感涙で息切れしながら,マルはずるずると,光の方へと這い出ていく。




頭,肩,お腹,足




ゆっくりと,ゆっくりと,顔を上げた状態で,身体全体で,地表のぬくもりを,感触を,入念に確かめるようにゆっくりと,外へと出ていく。




「はぁ・・・はぁ・・・」




全身を外へ出したところで,マルはゆっくりとその場に立ち上がった。




視線が高くなるにつれて,岩の地表の向こう側に広がる,緑の景色が目に映る。どうやらこの場所は,山の中腹当たりのようで,麓は森に囲まれているらしい。




「・・・はぁぁ。」




マルは,約10年ぶりの青空を,眼下に広がる青々とした緑を,陽の光に包まれた世界を見つめながら,しばらくの間,その場に立ちすくんでいた。

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