第3話

 あの日の事を、今でも痛みとともに鮮明に思い出す日は少なくはない。

 

 私が二人のお世話係ではなくなった、あの日。

 正確には、私が目覚めたのは事の次第が終焉した一週間後のこと。もうその時には、父は隠居を余儀なくされ、父も兄達も家を追い出されていた。


 二人は私に父の家督を継ぐのだと告げ、それからは平穏な日々を送っている。

 私は彼と結婚することになった。元々、そういった事に頓着がないと言うか、生涯二人に尽くして生きていくと思っていたものだから、嫁入り修行すら怠っていた私には勿体無い話だ。


 どんな形であれ、一緒に過ごせるならそれで良い。

 もちろん、彼女も一緒だ。弟を盗られたと言って嫌な小姑になどならならないわ。そう言って、私と彼の結婚を祝福してくれた。

 

 

 あれからも、彼に食事を強請られる事は時折ある。

 なのだと言って。

 単純な私は絆されてはそのまま与えているのだ。今はもう、スプーンも注射器も使ってはいないけれど。

 何度も注射針をさした私の腕は正直綺麗な物とは言えず、彼がその傷痕を見る度に顔を顰めて悲しそうにするから、余計に注射針は刺せなくなっていた。

 

 二人にとって私は都合の良い駒だと思っていたが、二人から感じる愛情は本物で、今では二人が私の髪を梳る側になる事もある。


 ああ、幸せだ。







 そうそう、二人は時々私を家に残したまま地下に降りていく時がある。


「千鶴は決して覗いてはいけないよ」


 二人の口調は優しくて、私はあの日以降、一度として地下へは足を運んでいない。二人のお世話の必要がなくなった場所へ、もう用事などないから尚のこと。


 地下は真っ暗で、分厚い鉄扉てっぴが隔たる先。何も聞こえはしない。

 けれども、一人家に取り残された私は二人の秘密を知っている。

 今、地下に、知っている。

 だって、地下から戻ってきた二人の口からは、時折、鉄の匂いがするんだもの。


 でも、秘密だものね。

 大丈夫、知らないふりしてあげる。

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この家には怪物が棲んでいる @Hi-ragi_000

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