10話 お尋ね者とクズとシスター
生まれ故郷を出て数日が経過した。
メイド長から貰った荷物にはパンや干し肉などの食料と現金、近隣の地図に加え着替えなどが入っていた。
俺はひとまず予定通り、領主様の知人のいる村を目指し歩く。
天候にも恵まれ、人生(2回分)初の旅は今のところ快調である。
予定よりは遅くなったが、6日目の昼に目的の村に到着した。
俺が住んでいた村よりは小さいが活気がある。
「領主様の知り合いの家って言ってたけど、どこにあるかわからん……」
「そこの人、そこの少年や」
「はい?」
声のする方に振り替えると、そこには可憐なブルーの髪の少女が道の端っこに座っていた。
視線を引くしっかり手入れされた髪と高く尖った耳に目が行った。
「お金を恵んでくれませんか?もしくは食べ物でも可」
「物乞いか!ていうかあなた、エルフってやつですか?」
「いかにも」
エルフ。森に暮らす長寿の種族、ラウルから話には聞いていたが本当に存在するとは思わなかった。
「本当に耳が尖ってるんですね」
「勝手に触るな!はい、ワンタッチ銅貨3枚」
「そんなワンクリック詐欺みたいな」
「なんで私みたいな可憐で孤高のエルフがこんなことになってるか聞け」
「は?」
「いいから聞けって。気になるだろう」
めんどくさいこいつ……。
「なんでエルフが乞食を?」
「言い方言い方!」
「なぜ路頭に迷ってるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。私は見ての通りのエルフで、その中でも類いまれなる魔力を持つエルフの中のエルフ!なのだが」
「何回エルフって言うんだ」
「実は昨夜、賭けで負けてしまってな。身ぐるみを剥がされ大事な杖まで失ってしまった」
「聞くだけ損した!自業自得じゃねーか」
「たまたま運が悪かっただけなんだ。負け分を取り替えそうと粘ったら……」
「そうやって止め時見失うから負けるんだよ!」
「おいお前ら、何を騒いでいる!見ない顔だな」
そこまで大きくない村ではよそ者は目立つ。
すぐに兵隊が数人集まってきた。
1人、司教と一緒にいた教会の者らしき姿も見える。
もう既に指名手配でもされてたか……。
「チッ!騒ぎすぎだぞ少年!」
「アンタのせいだろ!くっそこんなところで」
「おい、待て!」
俺は近くにあった木箱を倒し、兵隊が怯んだうちに路地に逃げ込んだ。
ラウルはある程度俺の逃走ルートを予想できただろうし、歩きの俺と違って向こうは馬も使える。手配が回ってても不思議じゃない。
物珍しさに油断してしまったが、これからは用心しないと……。
「私を置いていくなんて酷いじゃないか」
「うわっ!?なんでついてきてるんですか」
「まだ払って貰ってないからな。耳おさわり料」
「取り立てかよ。ああ、俺の生命線が……」
また騒ぎを起こされても困るので、彼女に渋々金を払うことにした。
しかし変わらず表は兵士がうろついており、迂闊には歩けない。
「まいどあり。またご要望あれば呼んでくれ。てか、肉体関係のよしみで金貸してくんない?」
「話がむちゃくちゃ過ぎるだろ。それに変な言い方やめてくれない?」
「いいじゃん。私に貸しを作っとくと特だぞ」
「例えばどんな?」
「尻くらいなら触らせてやる」
「エルフって売春以外特技ないの?」
「あるわ!しかも種族で一区切りにして、他のエルフに迷惑だろうが!」
お前の落ち度だろ。
ギャンブルで有り金なくして体売るエルフがいてたまるか。
「エルフは人間と違って、高い身体能力の他に高い魔力量を誇る。魔術師として用心棒もできるぞ」
「でも杖ないんだろ?」
「はい」
ダメじゃん。
「で、でも、金さえあれば必ず勝って買い戻すから……!」
「直接杖を買い戻す金じゃなくて、ギャンブル用の金かい!そういう思考だから負けるんだよ」
「いやいける!今ならツキが来てる気がするんだ」
「そんなこと言って当たってるやつ見たことないよ!ていうかあんまり騒ぐとまた見つかる……」
「こんなところでなにをしてらっしゃるんですか?」
「「ギャアアアアアアアア!!!」」
暗い路地の影から現れたのは、修道服を身に纏ったブロンドのシスターだった。
「なんだ、教会のシスターか」
「教会!?やばっ……」
「逃げないでくださいシオン様!」
「え、なんで俺の名前を?」
「私は味方です。どうぞ、こちらに」
そう簡単に信用してノコノコついていくのもどうかと思ったが、彼女には他の人たちとは違って敵意のようなものを感じられなかった。
そうしてノコノコと、裏路地を使いながら見つかることなく俺達は教会へとやって来てしまった。
「なんであなたも来てるの?」
「聖職者のご慈悲で金貸してくれるかと思って」
「シスター、このバカに天罰を与えてください」
「私は天罰とかそういうのはできなくて……あくまでシスターですから」
俺達はそれぞれ離れた所に座った。
シスターは奥から綺麗な箱を持ってきて俺に手渡してくれた。
「東の街の神父様があなたにと、預かってました」
「神父様から?」
箱の中には1通の手紙が入っていた。
『シオン、この手紙を読んでいるということは無事に村に到着したということだろう。そこの村のシスターは美人だろう。若いしスタイルもいいから、手を出すなよ。私の友人だからな。』
「なんの話だよ!もっと書くべき事あるだろこのエロオヤジ!」
『くだらない話はさておき、まずお前のスキルのことで皆隠していたことを謝らせてほしい。お前のためを思ってだったが、こんな事態になってさぞ混乱しているだろう』
手紙には教会の上層部の人間は、宗教的な問題でスキルのない人間を差別していることや領主様達への殺人容疑について書かれていた。
大人達は大丈夫、俺の事が心配だ。と俺を気遣う内容も書かれていた。
まずは生きるために逃げろ。
神父の中のいい人達のいる教会には事前に話をしてくれていて、引き渡さずに匿ってくれるから甘えるように、と書かれていた。
『いい体してるからってエロいお願いはするなよ。ちゃんと避妊はするように。神父より』
「だからなんの話だよ!便箋1枚くらい真面目に書けねえのか!最悪の文末!」
あまりのアホらしさに俺は手紙をビリビリに破いて捨てた。
「領主様の知人宅は既に見張られています。今はこちらでお休みください」
「でもいいのかな?教会に追われてるのに教会野中に隠れるのって」
「まさか誰も、こんなところにお尋ね者が潜んでるとは思いませんよ」
確かに、灯台もと暗しと言うやつか。
「なるほどねー。君が東の領主や教会の使者を殺した逃亡犯か~。そりゃみんな血眼になって探すよね。しかも異端のスキルなしとは」
「殺人に関しては冤罪だ。友達にハメられたんだ」
「君を殺人犯にするやつをまだ友達と呼ぶなんて、お人好しだね」
「……」
返す言葉もない。
正直、これからどうしたらいいのかもわからないし、1人では限界がある。
「どちらにせよ君は教会に狙われ、庇えばそいつも異端扱いで極刑確定。これからどうするつもり?」
「ラウルは……友人は唆されてやっただけなんです。多分……。だから黒幕に一泡吹かせてやりたいんです。やつの目的を妨害することで。」
「なるほど。そういうことなら、私と契約しないか少年」
「契約?」
「見ての通り、私は[賢者]にも匹敵する大魔法使いだ。そんな私が君に知恵と力を貸してやろう。君の目的に同行する」
「見ての通り?」
「そこに疑問を持つな」
「その見返りは?」
「私の杖を一緒に取り返すために金を貸してくれ。あとご飯」
「結局ギャンブルじゃねーか!全うに働いて稼ごうって気はないのか!」
「シンプルに働きたくないって言うのもあるが、多分普通に私の杖を買い戻そうとしたらすごいことになるぞ」
「というと」
「私の杖は一級品で、至高の職人が最高の材料で作った値段にしたら人生5回は遊んで暮らせる品だ」
「それはすごいけどそんなものを質に入れた神経が信じられない……」
「まあとにかく、どうにかして杖を回収する。じゃないと旅も始まらない。やるのかやらないのか?」
少し考えはしたが、味方の少ない俺には迷う余地はなかった。
「わかったよ、アンタに協力する。俺はシオンだ」
「エルフのルーナ。よろしく」
「私も協力できることがあればなんでも言ってください!神父様のよしみで!」
「それじゃあ早速1ついいかなシスター」
「はい!なんでも!」
「……お金、貸してください」
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