2話 異世界転生ハウツー

 恋愛やSFのように、異世界転生という小説のジャンルがあるらしい。

 厳密には転移や召喚など細かく分類があるらしいが、俺たちはこの中世ヨーロッパのような文明レベルの異なる世界に転生した。

 どうやらこの世界では使える人は多くはないが、魔法やドラゴンみたいなファンタジー動物なんかが存在する。

 そしてそういった作品のキャラクターは大概、飛び抜けた能力や武器を手に入れて簡単に世界を救ったり女の子にモテたりするらしい。

 らしいを連発しているがこれも全部あの高校生、生前の名前は聞かなかったがこの世界ではラウルという名前を貰ったようだ。

 これらの話は全てラウルの受け売りだ。

 彼は俺と同じ年に同じ村に転生し、この辺の領主の子供だった。

 

「それがすごいんすよ!美人のメイドさんがいっぱいいて家はでかいし、スマホやネットがないのはかなりキツいですけど……今度剣術の家庭教師を付けてくれることになったんです!」

「そうなんだ。てかいいよ敬語じゃなくて。今は同い年なんだし」

「あっ、ありがとうござ……じゃなくてありがとう。それでそっちは?」

「こっちは……まあ普通かな。普通の家」


 俺は新たな世界でシオンと名付けられた。

 ラウルにはそう言って誤魔化したが、俺の家庭環境は生前と大差なかった。

 ギャンブル好きで家族に暴力を振るう威厳ある父と、実は奉公先のラウルの父と不倫関係にある偉大なる母の間に産まれたのが俺。

 家はほとんど母の稼ぎで繋いでおり、父はその稼ぎのほとんどを酒と女とギャンブルで浪費する毎日。

 たまに不憫に思ったラウルの両親が食事に誘ってくれるのが割りと生命線だったりする。

 さすがに気付かないほどラウルもバカじゃないので、マメに気遣ってくれるようだ。


「頭の怪我、大丈夫か?親父さんに殴られたんだって?」

「もうだいぶ良くなったよ。傷は残るかも知れないけど」

「そっか。なんかあったらいつでもうちにこいよ」

「ありがとう」


 ラウルは生前はあまり友達もなく引きこもり気味と言っていたが、転生して環境が変わったことで聞いてたよりは前向きな性格に変わったのだろうか。


「ここから僕たちは、隠されたスキルやステータスが明らかになって、国中で一目おかれる存在になっていくのがお約束なんだよ!」

「そうなんだ。俺あんまりそう言う本とか読んだことなかったから、助かるよ」

「いやそんなことないって~!まあ前世じゃもしも異世界転生したら?とかシュミレーションしたりもしてたけど~」

「それはすごいな。他にはどんな展開があるんだ?」

「そうだな~そろそろヒロインポジションのキャラが出てきてもいい頃だけど……」

「いたーーーーーー!!!!!!!」


 俺たちが腰掛けていた丘を目掛けて赤毛の少女が駆けてくる。

 

「また2人で内緒話してる!」

「また来た……エレナには関係ない話だよ」

「そうやって私だけ仲間外れにする!領主様に言いつけるからね!」


 エレナは俺たちと同い年の女の子。幼馴染みというやつだ。

 綺麗に手入れされた長い赤毛が特徴的な女の子で、その整った顔立ちとは裏腹に快活な子供だった。

 幼馴染みなんていかにもヒロインらしいじゃないかと思ったがラウル曰く「あれはゴリラだ……ヒロインなんて可愛いものじゃない」とのこと。


「ラウル、領主様がカンカンで探してたわよ。家庭教師が来てるのにまだ息子は帰ってないのか!って」

「家庭教師ってさっき言ってた剣術の?」

「いや経済の先生だ……座学は嫌いなんだよな……」

「サボってばっかいるとまた折檻されるわよ」

「うるさいなぁ!ほっとけよ」


 ラウルは俺に「また明日!」と言って急いで帰った。

 やはりいくつになっても興味のない科目の勉強はやる気がおきない物だ。

 彼は特にそういったことが多いようで、前世では学べなかった剣術や魔法のような戦闘技能、世界の歴史や国際情勢には興味が強く、逆に生きていく上で必要な読み書きや経済のような数学系、テーブルマナーなどの教養といったものが苦手らしく、よくサボっては領主様にどやされていた。

 俺の方はそもそも同じ土俵にすら立ててない。

 父親が金をギャンブルで擦ってくるせいで勉学に当てる余裕がない。

 前世のように補助金や奨学金のような制度もない世界では俺は学ぶことすら満足にできなかった。

 今はまだいいとしても、もうすぐ7歳になったら小学生と同じ年、この世界では小学校中学校のような教育機関はなく、その歳の頃は家庭教師だったりと家庭内学習で大抵が基礎教養を身につける。

 この世界の教育機関自体まだ少なく、入学できるのは基本的に高校生くらいになってからだ。

 しかも厳しい試験と入学金がかかるらしく、現在子供の俺にはどうしようもなさそうなことだった。

 前世では勉強は嫌いじゃなかったし、努力することも苦には感じない。

 

『まずは金銭的な問題をクリアしないとな……』

「またなにか考え事?」

「まだいたのかエリー」

「いちゃ悪い?」

「いえ……」

「ラウルはずっとガキみたいで頭悪いけど、シオンは真逆でずっと思い詰めたような顔してるよ?」

「酷い言われようだなラウル。俺はそんな風に見えたのか」


 お前もガキだけどなという特に捻りもなく殴られるだけのツッコミは胸にしまった。

 俺やラウルは生前の年齢+6歳くらい、それぞれが20後半から30代くらいの精神年齢ということになる。

 それに比べてまんま6歳のエレナは俺たちと同等かこれ以上にしっかりとした性格をしている(狂暴性を除いて)

 話していてもあまり年齢の差を感じさせない。

 

「なにか悩みがあるなら言ってよ。友達なんだから」

「子供に心配されてしまうとは、俺もかなり疲れてるみたいだ」

「アンタも子供でしょうが!」

「いてっ」


 軽く肩をどつかれるだけでも倒れそうになる威力。

 エレナはそのまま怒って帰ってしまった。

 しかしこの世界での今後の人生を考えるなら金や勉強の問題は切り離せない。

 ある程度大人になったら家を出て自分で生計を立てる必要がある。

 でも俺……ラウルのおこぼれで転生したのに生きてなにがしたいんだ……?

 考えすぎるといつもこの疑問にふとたどり着いてしまう。

 きっとこの答えを探さないと俺の人生、前世と同じドン底だ。




「……これ、肩脱臼してる?」

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