9話 神の意思

 通路を進むと聞いてた通り、地下水道に辿り着く。

 暗い水路を壁伝いに歩き続けた。

 30分くらい歩いただろうか、光が見え始めた。


「よおシオン。タイミングバッチリだな」

「ラウル……なんで」

「父さんが考えることなんてお見通しだよ。それよりもお前がよくここまで上手く逃げられたことに驚きだ。大人たちの動きは全部把握してるつもりだったはずなんだけどな」


 水路を抜けた先、ひらけた草原、奥にはさっきまでいた屋敷が見える。ラウルが屋敷と俺の間に立っている。

 背筋がゾクっとしたが、この様子だとエレナが関わってるとは思っていない。


「なんで俺が追われてるんだ。それにお前も……」

「知らずにここまで逃げてたのかよ。どんだけおめでたいんだ。お前は僕のストーリーには邪魔だったんだよ」

「ストーリー?」

「お前、神と話たか?」

「神?この世界に来る前が最後だ」

「やっぱり、僕にしか聞こえなかったんだ……。僕に神様から啓示が来たんだよ。邪魔物を消せって」

「邪魔物って、俺か?」

「父さんもだけどね。この物語は僕が主役、僕が選ばれて俺だけがチート能力を貰った。おこぼれのお前は僕のストーリーにモブとしてもいらないの」

「なに言ってんだ。だったら別にこんなことしなくたってよかっただろ」

「追放だと強くなって帰ってくるパターンがあるからダメなんだよ。だから今、確実に消しとかないと」

「パターンとかストーリーとか知らねえよ。俺はマンガはジャンプしか読んだことねえよ!」

「マンガじゃなくてラノベだよ!なんも知らねえならさっさと退場しやがれ」


 ラウルは持っていた剣を抜き斬りかかる。

 丸腰の俺は、全てをギリギリのところで回避し続けた。

 どうにかして巻いて逃げるか?いや、それだと背後から魔法で攻撃される。

 どうしてここまでラウルが思い詰めてるのに気付けなかったんだろうと、考え続けた。

 俺がもっと上手くやれてたら、誰も傷つかず済んだのではないか。


「くそっ……逃げてばっかりだと勝てないぞ」

「俺はお前と戦いたい訳じゃない!もうやめてくれよ」

「そういうところ、お前の全部が鼻につくんだよ」


 その時、俺は足を踏み外し再び水路に落ちた。

 水を払い相手の位置を確認する。しかしそのタイムラグが命取りになった。

 終わった。トラックに轢かれて死んだあの日と同じ、最後の瞬間はとてもスローに見えた。

 ラウルは俺の首を目掛けて剣を振り下ろしている。


「止まってんじゃねえ!」


 間一髪、ラウルが振り下ろした剣は弾き返された。


「なんでここに……」

「父さん……!」

「ガキどもの考えることなんてお見通しなんだよ!てかシオン、お前俺があんだけ教えてやったこと忘れたのか?友達だからって手加減するな!」


 この世界でも、俺は父に嫌われてると思っていた。

 現実、片足が悪い父はそれでも命を救うために目の前に現れた。

 前に神父様は父のことを「戦士としては一流だが親としての才能が皆無」と評しており、俺はその意味が今の瞬間まで理解できていなかった。


「手加減って、親バカが過ぎるんじゃないか?こいつはずっと僕になんでも負けっぱなしで……」

「お前の剣術の家庭教師は俺が鍛えた。そしてシオンも俺が鍛えた。本気なら丸腰でもお前を殺せるぞ。それくらいの才能がある」

「よく言うよ。父さんに聞いたよ、あんた魔族との戦闘で脚を怪我してもう昔みたいには戦えないって。そんなやつが教えたからなんだって言うんだ」


 初耳だった。父は自分の話はしたがらない。

 そんな状態で俺を助けに……。


「確かに、今ギリギリで割って入るのが精一杯だし魔術ありの戦闘になれば勝ち目はかなり減るが……シオン、お前なら一瞬で方が付く」

「しょうもない家族ごっこしやがって……そいつはお前の子供でもなんでもないのに、あの領主のジジイと同じだな」

「お前、本当にどうしちゃったんだよラウル。お父さんのことだって……」

「だから本当の親じゃねえだろ!シオンも、僕だって、こいつら全員《《NPC

》》なんだよ。コンピューターと一緒」

「全然違うよ!みんな生きてるし意思もある。前世となにも変わらねえだろ」

「なんでそんなことでキレてるんだよ。お前をハメたことに対してならわかるけど、やっぱ合わないな」

「おいシオン、いつまで喋ってる。ダラダラしてると追手が来るだろ。そんなやつほっとけ」


 話はどこまで行っても平行線。

 確かにこのままだと追手が来るかもしれない。

 でも父さんをここに置いていく訳にも……。


「これを使えシオン」


 父さんは俺に持っていた剣を手渡した。

 誇りは少し被っているものの、重く少し熱を感じるような剣。

 その長い刀身はまだ俺の体には不釣り合いな気がした。


「これ、家に飾ってあったやつだよね?」

「俺の騎士団時代の剣だ。古いが手入れもしてある。そいつには竜の鱗が素材に使われてて炎をも切れる一級品だ。餞別にやる」

「……ありがとう父さん」


 父さんは剣を手渡すと崩れ落ちるように座った。

 

「さっさと片付けて行け」

「わかった」

「スキルなしが調子に乗って……もう僕がここで直々に殺してやるよ!」


 再び繰り出されるラウルの攻撃に、受け取った剣を抜いて応戦する。

 さっきもだが、攻撃は全て見える。

 隙だらけの攻撃を受け流し、強く剣を振り上げラウルの剣を折った。


「なに……?」

「どうせまた剣術はサボってたんだろ。気付かないか?俺の軸足は全く最初の位置から動いてないぞ」

「そういうなんでも簡単に言うところとか前から癪にさわるんだよな~。確かに認めるよ、剣ではシオンには勝てない。でも僕のスキルは魔法系最強の[賢者]だってこと、忘れてるだろ!」


 ラウルは剣を捨て、右手に杖を出現させ振り上げた。

 あの時と同じ、いやそれ以上の魔力が練り上げられている。

 巨大な火球、以前よりも大きくすごい早さで立ち上る。

 こんなものを食らえば確実に焼け死ぬし、ここらも草木が全部焼け落ちるだろう。


「やれ、シオン!」

「はぁああああ!!」


 父から託された剣は、ラウルの巨大な火球をもろともせずに真っ二つに切り裂いた。

 俺はそのままラウルの前まで走り込む。

 勝った。確実にこの隙だらけの間合いで首をはねることができる。

 俺は直前で剣を止めた。

 もうラウルには戦う気力はない。杖を落とし、まるでいじめられてる子供のように丸まってしまっている。


「やっぱり甘いな。本当に俺のガキか?」

「そんなことないよ。俺だって怒るときもある」


 俺は鞘に収めた剣で思いっきり首をぶっ叩いた。

 ラウルは数メートル後方に吹き飛び、気を失った。

 元の世界なら死んでしまうかなにか後遺症が残ってしまうが、ここなら治癒魔法が発達しているしこいつにお灸を据えるにはこれくらい必要だと思った。

 騒ぎを聞き付けたのか、馬に乗った使者たちが街から向かってくるのが見えた。


「もう行け。あとは俺が引き受ける」

「でも……」

「ほとぼりが覚めたら帰ってこい。それまではどうにか生き延びろ。お前にはそれができるように教えてきたんだ」

「父さんはどうなるのさ」

「どうにでもなる。しかし教会も面子ってものがある。真犯人どうこうよりもお前をまず捕まえたいはずだ。だから捕まればもう無実の立証は不可能だと思え」

「……わかった、行くよ。母さんによろしく」

「いい父親じゃなくて、悪かったな」


 その言葉に俺は返事をしなかった。

 振り向かず、なにも考えられないように思いっきり走った。

 置いてきた家族、友達、街の人たち、思い出したら進めなくなりそうだった。

 ラウルが言っていた。神の啓示が聞こえたって。

 全部仕組んだのはあいつだ。

 あいつがラウルを唆さなければ、そんな事を考えていた。

 きっと今も、どこかでことの顛末を見てることだろう。

 いつか一矢報いることを胸に誓い、俺は初めて街の外の世界へと走り出した。

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