7話 ラウルの狙い
少し時は流れ11歳になった。実年齢はもう40歳近い。
あれから色々と変わったことがある。
まずラウルに遊びに誘われる機会が減った。
街で会えば挨拶をしたりするが、どう見ても距離を置いているように見える。
家に行っても忙しいから、と断られるようになった。
もう一つ、酒と女遊びばかり繰り返していたこの世界での父親、彼がなぜかここ数年この2つを断ち俺の剣を見てやると言い出したこと。
本当に何かした覚えがなく唐突で気味が悪い。
ある日、団長に言われた通り庭で鍛練をしていると「踏み込みがまだ甘いし腕だけで剣を降っている」と俺に言ってきた。
「独学で覚えたのか」
「触りだけ少し習って、あとは自己流」
「だからか、悪くないがまだ無駄な動きを省けるはずだ。今から言う通りに動いてみろ」
特に頼んだわけではないのだが、妙に気にかけるようになった。
でも父の指導は、口は悪いが論理的で俺にも理解しやすい。
次第に父との訓練が日課となり、剣術の他にも戦士の精神論やサバイバルなどを叩き込まれた。
以前、気味が悪すぎて神父様に相談したら「ただの不器用」と言っていた。父なりの歩み寄りということらしい。
「シオン、アンタだいぶ筋肉ついてきたんじゃない?」
「確かに、もう四年近く鍛えてたから昔のエレナと同じくらいにはなったかな」
「まるで私が今のアンタよりも筋肉お化けみたいじゃない」
「ソンナコトナイヨ」
「昔っから人を獣扱いして!私だって傷つくんだから……バーカ!」
「帰るのか?」
「アンタに構ってるほど暇じゃないの!」
とか言って毎日来てるくせに。
最近ラウルはエレナとも会ってないようで俺の家に通うようになっていた。迷惑だ。
「お前、利口だと思ってたが女心はわかってないみたいだな。そういうとこはガキだな」
「父さん、あれは女じゃなくゴリラだよ。見た目は昔に比べて女の子らしくなったけど、心の奥には野性の本能が眠ってるんだ」
「それ本人の前で言うなよ泣くぞ……」
「そんなことより訓練の続きしようよ。次はもっといい線行ける気がするんだ」
「悪いな。野暮用があって、後は1人でやってくれ」
「また風俗?」
「ちげぇよ!こんな昼間っから行くか!てか誰だガキにそんなこと教えたの」
「神父様が言ってたよ」
「あいつ殺す……。まあ、今から行くのはその教会だ」
「え、大丈夫なの?父さん教会に入ったら十字架で焼けちゃうんじゃ……」
「俺を魔族かなんかと勘違いしてないか?てか慣れたと思ってたがこれもはやおちょくられてないか」
「なんの用事で行くの?」
「今日は都から教会の視察が入るんだ。各領土は教えをしっかり守っているか、飢えたり治安が悪かったりしないか、他に各教会の支部は仕事をしてるか、不正を働いてないかとかチェックするんだ」
まるで会社みたいだな。でもほぼ絶対的な権力を持つ組織だからそれくらいするのか。
「いつもは勝手にやってるんだが、なぜか今日に限って俺も呼び出されてな」
「そうなんだ。気をつけてね」
ん、とだけ発して父は教会へと向かった。
ここ数年で変わった親子関係だったけど、普通を知らない俺は少し戸惑っている。
ましてやこちらはおっさんの歳、父は29になるので10歳近く離れていて親になったこともないからいまだに何か企んでるのか、期待に応えられなかったら殴られるんじゃないかと思ったりもする。
でもその感情を、今の自分の肉体が否定している。
なんの能力を持たない俺がここまで鍛えられたのは父との時間があったからだ。
おかげか精神的にも安定している。今を心地よく感じている自分がいるんだ。
もう少しこのままなら、いつか本当の親子を理解できるかもしれない。
*
教会に着くと、入り口には見栄えの良い馬車が停まっていた。どうやら客は既に到着しているようだ。
中に入ると変わり者神父は誰かと話している。
他に使者2人ほど、資料に目を通しており他に領主と他貴族数名それに領主のガキのラウルまでいやがる。
シオンはここ何年か顔を合わせてはないようだが、バカでも家柄相当の品は身につけたようだと見て思った。
『あれは大司教か。こんな片田舎にわざわざ出てくるなんて一体……』
「おお、来たか。遅かったな」
「片脚負傷した要介護者を歩かせてよく言うぜ」
「そう言うな。大司教様は面識があるな。お前を呼んだのはあの方だ」
「俺をか?」
司教は教会の最高役職、首相かそれらと同等。各国にも顔が効く人物だ。
「久しぶりだな、元団長。お前を呼んだのは他でもない。お前の息子の件だ」
「息子って言うのはシオンのことで……」
「だからわかるわエロ神父!下ネタ挟む空気感じゃねえだろ」
全員の冷たい視線に神父はあ、すんませーんと言って後退りした。
こいつは昔からすぐ話の流れを無視してくだらない小ネタを入れたがる。
「匿名の通報が入った。お前の息子はスキルなしだそうだな」
「いや、それは……なにかの手違いじゃないでしょうか?
その場にいた全員がわかっていた。
この世界の人間は、等しくスキルを持つ。どんなに低ランク、用途のよくわからない能力でも、持たない人間は存在しなかった。
そんな世界に産まれた唯一の異物。
大人たちはそれをシオンや他の子供たちには伝えなかった。
この街で生きていくなら支障はなく、そして持たざる者がどうなるかを大人たちは知っていた。
権利も意思も奪われ、人としての全てを生まれながらに失ってしまう、そんな定めを子に負わせない為に。
そして残酷にも、この世界に2人を招いた神は、それを知っていて彼に何も与えなかった。
「ならそれでいい。しかし事が判明しそれを隠すために口をつぐんでいたことがわかれば、ここの人間はみな謀反者とみなされ罰を受けることになる。ただの確認だよ、念のため。何も問題なければ良い」
「そうですか……」
「で?息子はどこにいるんだ」
「息子は……どこだったかな~昔から仲が悪くてロクに口も利かないので……」
「最近は献身的に剣術を教えてるそうじゃないか」
「あまりの粗雑さに見るに耐えなくて……」
「まあいい、一度お前の家に行こう」
「はい……」
司教の態度にもうある程度調べはついてるのだろうと察して男は折れた。
司教は連れてきた他の使者や護衛の兵士、シオンの父を連れ馬車に乗り込んだ。
「ラウル、先回りしてシオンをうちに匿うんだ。お前の馬なら司教様たちより早く着くはずだ。私もすぐに追いかける」
「わかったよ父さん」
もちろんラウルには父の言いつけを聞く気はなかった。
父の予想通り、ラウルは司教たちよりも早くシオンの家に到着した。
シオンを釘付けにし、司教に確実に引き渡すためだ。
「シオン、いるか?ラウルだ!」
家はもぬけの殻だった。
どこだ?あいつが行くところなんてたかが知れてる。
家の中を掻き回したがどこにもシオンの姿はなかった。
すぐに司教が現れ父親を問い詰める。
「本当にどこに行ったのか心当たりはないのか」
「ないですって!家を出た時は確かに……」
「この辺の家や倉庫を片っ端から探させろ!1人はここに残り帰ってこないか監視するんだ」
「な、何も子供相手にそこまでしなくても……そのうち帰ってきますって」
父親の言うことに司教は耳を貸さない。
領主もすぐにやってきて事情を聞いた。
「お前もどこにいるか知らないのか」
「ああ、僕はもう少し近くを探しています」
「うむ、頼む」
なぜ父はここまでシオンに肩入れするのだろう。
*
ラウルがやってくる数分前、シオンの元にエレナが現れた。
「どうしたんだそんなに慌てて」
「シオン、今すぐ逃げないと!このままじゃ……」
エレナは酷く動揺していた。彼女は大人たちが教会で集まって秘密の会合をしていると興味本位で覗き見ていた。
大人たちの言っていることはよくわからなかったが、シオンの父親の反応からして彼によくないことが迫っていると感じたのだろう。
ドンドンドン!
「ひっ!」
『シオン、いるか?ラウルだ』
「ラウル?今日は来客が多いな」
「出たらだめ!」
「え?」
「ラウルもさっき教会にいたの!それに最近ずっと避けられてたじゃない。変よ」
2人は床下に隠れ、その後をやり過ごした。
しかし司教が残した監視役の男とラウルがまだ部屋の中をうろついている。迂闊には出られない。
「貴様は領主の息子だったな。幼馴染と聞いていたが、なぜ密告した」
「それはやはり精霊様の教えを守り、ここの住人たちが健やかに暮らしていくためにリスクを排除するためですよ」
ラウルは脇に立てかけてあったシオンの剣を見つけた。
「それは例のがガキのか?」
「ええ、ようやく見つけました……」
「なぜだ。探してたのは子供の方じゃ……何……?」
ラウルは引き抜いた剣で使者の心臓を貫いた。
「捕まらないならもう僕の前に現れないようにするまでです」
剣先から垂れた血は、床板の間からシオンの目の前に落ちた。
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