6話 剣と魔法と

 この世界にも四季がある。

 今は夏、異常気象が続く日本とは違い軽く汗ばむと言うくらいの熱さだ。

 今日は朝からラウル(の父)に呼び出され屋敷を訪れていた。

 なんと俺をラウルが受けてる家庭教師の授業に混ぜて貰えることになった。

 午前中は魔術の授業。講師は王国で3本の指に入る過去もある実力者だ。


「この世界にある精霊の力を借りて魔力を練り上げる。魔力は空気、水、大地、風様々に宿りもちろん人間の中にもそれぞれ流れているのじゃ」


 先生は髭を蓄えた杖の老人で腰も直角に曲がっているが実力は本物だ。

 それではまずは見本を、と言い手に持っていた杖を掲げくるくると円を描くように振りだした。

 するとたちまち快晴だった空に雲がかかり初め、すぐに雨が振りだした。


「な!すごいだろ俺の先生」

「確かにすごいな。天候を変えられるなんて」

「ほほほっそうじゃろそうじゃろ」

「ちょっと先生、洗濯物が全部びしょ濡れじゃないですか!天気をほいほい変えないでっていつも言ってるでしょう!」


 カンカンにぶちギレたメイド長が斧を持って出てきた。

 なぜか俺たちまで一緒に説教を受けた。

 1時間後にようやく解放された俺たちは気を取り直して実技に入った。


「それでは軽く模擬戦をやってみるかの」

「いきなりですか」

「魔術も大体感覚じゃ。習うより慣れろ」

「あまりにも教師に向いてなくないかこの人」

「まあとりあえずやってみようぜシオン!」


 嫌な予感がしていた。

 スキル[賢者] トップクラスの魔力適正を持つ者のスキル。

 ラウルはスキルが判明した後からすぐに魔術の勉強を始めた。

 無論神様お墨付きのチートスキル。ラウルの魔力はめきめきと上昇していった。


「それでは、はじめ!」

「先に仕掛けてきていいぜ、シオン」

「舐めやがって……」


 俺は右手で杖を構え、火球を3発打ち出した。

 この世界の人間には少なからず魔力が流れている。

 ラウルはスキルがわかってから、家庭教師が付くまえから自力で魔術の練習に励んでおり、俺も見様見真似で鍛練をしていた。

 ラウルはその膨大な魔力でド派手な魔術をほぼ再現なく連発できるが、スキルなし魔力も平凡な俺は工夫で対抗することを覚えていた。

 しかし実戦は初めてで人に当てることを躊躇ってしまった。

 一発はラウルの手前に、されに二発は軽く弾かれてしまった。


「下手くそだな、お手本を見せてやるよ。魔術はこうやって打つんだ!」


 俺への当て付けのようにラウルは杖を振り上げ太陽のように巨大な火球を生み出した。

 大きすぎて防御も回避もできない。

 やばい、こんなの当たったら一瞬で骨まで灰になる。

 目の前が真っ白になった。



 バケツの水をかけられ目を覚ました。


「ワシが止めなければここら一体火の海になってるところじゃ。やりすぎじゃラウル」

「ちぇっ、運が良かったなシオン」

「ふざけんな死ぬかと思ったぞ」

「あの階級の魔術はまだ教えてないはずじゃ!それも人に向けて撃つなんて何を考えてる!」

「そんな怒るなって、手加減したに決まってるだろ」

「すまなかったなシオン、そのまま休んでてくれ。ラウル、お前はまだ基礎魔術からじゃ」

「えーつまんねぇ!もっと強いやつ 教えてくれよ」


 俺は圧倒的な力の差に打ちのめされていた。

 この世界であのレベルの魔術を操れる人間は片手で数えるほどしかおらず、ほとんどが表舞台に現れることもないためパワーバランスに影響を及ぼすことはないらしい。

 そもそも魔法が存在する世界ではあるものの、戦闘における主力は剣を初めとする武器を用いたものがほとんどだ。

 午後は予定どおり剣術の授業が行われた。


「魔術の授業のあとに剣術やる体力なんて残ってないって!」

「どうせどんな時間割りにしてもお前は魔術以外理由を付けてサボろうとするだろう」

「剣術なんかつまらないんだもん!ずっと素振りばっかだし腕はパンパンになるし……魔法があるんだから僕には必要ないですって」


 様子を見に来た領主様にラウルは文句を垂れている。

 

「せっかく今日はお前のために都から凄腕の剣士を呼んだんだ。まじめにやりなさい」

「君がラウルか。領主様から君の剣術の手解きを任された」

「彼は都で騎士団の団長を勤めていた男だ。良い勉強になるだろう」

「騎士団団長!?すげえ!」

「それと今日はこの子も一緒に見てやってくれないか。ラウルの幼馴染みでシオンと言う」

「承知しました。よろしくなシオン」

「よろしくお願いいたします」


 団長は俺に視線を向けるとまじまじと覗き込むように顔を見つめた。


「シオン、君とはどこかで会ったことがあるかな?君の顔に見覚えがあるような」

「?いえ、俺はこの街から出たことはないですし人違いかと」

「そうか……ならすまない。早速稽古を始めよう」


 簡単な準備運動のあと、一人ずつ団長と木剣を使って指導を受けた。


「ラウル、剣先が下がってるぞ。剣を降る時に目を瞑るな。足を止めるな!」

「ハァハァ……もう無理」

「まだ10分も経ってないぞ。もういい休んでろ。次はシオンだ、教えた通りに攻めてみろ」

「はい」


 俺は両手で剣を持ち、さっきのラウルとの対戦を思い出しながらどうやったら有効に立ち回れるか考えた。

 団長は俺たちの何倍もでかくまるでゴリラのような体格からは想像もできない早さの剣を持っている。もちろん子供相手に本気を出すとも思えない。

 しかもハンデで右手を後ろに回し、利き手とは逆の左手で剣を持っている。

 さすがにパワーも身長も違う相手、子供では受け流すのがやっとだった。


「その調子だシオン。呑み込みが早いな」

「いえ、それほどでも」

「シオン!今度は俺とまた試合しようぜ」

「待ちなさいラウル。お前はともかくシオンは今日剣を持ったばかりだぞ」

「先生のお墨付きだろ。大丈夫だって」

「いいだろう団長、子供の戯れだ。少しやらせてみなさい」

「領主様……」

 

 団長の制止も聞かずラウルはらしきから本物の刃の付いた剣を二本持ってきて、俺に投げ渡した。

 手に持ってみると、木製の剣とは比較にならない重みで鞘から抜くのにも手間取った。

 手入れもしっかり行き届いている刃は軽く触っただけでも切れてしまいそうだ。


「体に当てるなよ。危険だと判断したらその時点で中断する。殺し合いじゃないからな」

「わかってますよ心配性だな。いくぞシオン!」


 木剣と違い鋭い切っ先に反射的に避けようとしてしまう。

 避けてるだけでは勝てないぞと団長の声が聞こえ、避ける動きを利用し勢いを付けて切りかかる。

 とっさの動きにラウルは後ろに勢い良く転んでしまった。


「いってぇ……調子に乗りやがって」

「えっ?」


 今なんて言った?

 ラウルはすぐに起き上がり再び攻撃を浴びせてくる。

 ムキになってるのか?俺は冷静に見切り剣でいなす。

 慣れてみると剣を降るのも早いわけではないし割りとスキだらけだ。

 大降りのスキを付き間合いを詰め、首元で寸止めを……。


「そこまで!」


 俺の剣は手前で団長に止められ、ラウルは手を滑らせ尻餅を付いている。


「シオン、お前の剣は駄目だ。練習から外れなさい」

「え……?」


 何でだ?首を狙ったから?

 寸止めするつもりだったしなにが気に障った?

 団長の視線の先を見て納得いった。

 忖度だ。領主様の前で息子が負けるようなことがあってはならない。

 当然ラウルのプライドにも傷が付く。

 俺が褒められてたのが気に障ったのか。


「はい、ありがとうございました。良い経験になりました」


 俺は剣を脇に起き、領主様に会釈をして帰路に着いた。


「ラウル、もう少し日課として鍛練をしっかりやりなさい。君は才能はあるしもっと強くなれる。次会うときを楽しみにしているよ」

「はい……!ありがとうございます!」


 去り際、領主は団長に耳打ちした。


「バカ息子の為に、ありがとう」

「やはりお気付きでしたか。シオンには強く当たりすぎたでしょうか」

「あの様子ではちゃんと伝わってないだろう。任せても良いか」

「最初からそのつもりでした。しかし彼は一体……?」

「元々の運動能力もあるが、あとは血筋だろうな。今は呑んだくれだが」



「シオン、待ってくれ」

「団長様……」

「様はやめてくれ。さっきはすまなかった。彼の手前、ああ言うしか……」

「大丈夫です、理解しています。領主様の前だしやはりラウルを立てなければいけないし実際俺の実力なんて」

「自分を卑下するな、君は勘違いしている。君とラウルは実力の差がありすぎる。君にあのまま完封されてしまっては彼はもう努力はしなくなるかもしれないと思ってああするしかなかった。領主様もお気付きだった。」

「俺が……?」

「君は鍛練すればもっと強くなる。初めてとは思えない動きの良さだった。元から要領がよく素質もあったのだろう」


 確かに自分でも初めてとは思えないくらい上手く動けたと思う。

 前世で剣道をやってた訳じゃないが、そういえば前に誰かの動きを見ていた気がする。


「12歳になったら都に出るといい。こんな小さい街で終わるには惜しい」

「本当ですか」

「ああ、しかしラウルの方は今後の努力次第だな。君たちは仲がいいと聞いていたが彼は少し精神に難があるようだ。家柄のせいか、才能のせいか少し自分に自信がありすぎるようだな」


 最初は俺の勘違いかと思っていたがやっぱりあの時の言葉は……。



 その夜、異なる世界から呼ばれた少年は夢を見た。彼がこの世界に来る前の記憶。

 少年の世界は彼に優しくはなかった。

 それでも神にまで不要と言われたもう一人よりはマシだが。

 彼は周りの人々に馴染めず、世界を拒絶していた。 

 みんなが当たり前にできたことができないし、話も噛み合わない。運動神経も悪いし容姿は自分でも周りに指示される見た目ではないと理解していた。

 彼は創作物の虜になり現実から逃避するようにのめり込んでいた。

 親も彼を腫れ物のように扱い顔を合わせる回数も減っていった。

 暗い部屋で1人画面に顔を向けている。

 僕が悪いんじゃない。僕を認めない世界がおかしいんだ。

 また邪魔されるのか?僕のお陰でまた人間として生きているのに?

 スキルなしのグズが僕よりもラノベ主人公みたいなムーブをしてるなんておかしいだろ。

 あんなのはまぐれだ。金もない魔力もない家族に愛されてもないあんなのが僕より強いはずもない。





 あの日彼をこの世界につれてきた神が彼の後ろに立ち囁く。


「邪魔者を消せ」


 そうだ、これは僕の異世界転生だ。

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