5話 ある酒場にて

 シオンの父は家にいない間ほとんどを酒場か売春宿で過ごす。

 彼がいつものようにカウンターで飲んでいると店に似つかわしくない格好の男が入ってくる。


「神父様がこんなところになんのようだ」

「たまには飲むこともあるさ」

「マジか」

「今日は昔馴染みと飲みたいと思ってな」

「じゃあおあいにくだな。そいつはもう来ねぇよ」

「そうなのか。ならお前と飲むことにしよう」

「世話焼きな奴だな……相変わらず」

「最近どうだ、の方は」

「一言目それかよ!てか神父がそんなこと言って良いのか!」

「なんだしてないのか」

「してるよ!けどそう言う話は普通ある程度酒が回ってからだろ!」

「男同士そう言う話もするだろう。それに酔いはお前が回ってるからいいのさ」

「適当だなおい」


 男性の陰部のジェスチャーをする神父に思わずツッコミせざる負えなかった。


「ところでお前の息子は……ああ、シオンの方な」

「わかるよ!てかその流れで繋げて話すなよ気持ち悪いな」

「やっぱりいきなり本題は気まずいだろ」

「だとしてももっと話の順序あったろ」

「昨日、領主の家で剣術の指導を受けてるのを見たよ」

「剣術を?」

「やはり聞いてなかったか」

「あいつがそんなことを俺に話すかよ」

「それは日頃の行いというものだろう。指導をした家庭教師はお前の後輩だそうだよ」

「それがどうした。俺に関係ないだろ」

「あの子は筋がいい。元からの運動神経の良さが出てるが、才能の方は親ゆずりだと私は見たね」

「そんなことあいつに言うなよ。可哀想だ」

「お前はそうやって不貞腐れているが、この様子じゃ鍛錬は怠ってないみたいだな」

「日課なんだよ。やめたら調子が悪くなる」


 神父が叩いた男の腕は衰えない鉄のような筋肉と、大きく深い傷跡が残っている。

 男は顔を隠すように背を向け酒をあおった。


「シオンを恐れてるのか?だから遠ざけるため強く当たるんだろう。お前は飲んだくれになった時だって、家族に手をあげたことなんてなかったろう」

「……別に殴ろうと思ったわけじゃないんだ。追い払うために近くにあった瓶を振ったら当たっちまった。弱くてもう剣もろくに振れなくなった自分が惨めで、なのにあいつのキラキラした目に耐えられなかったんだ」


 神父は口を挟むことなく真っ直ぐに男を見つめた。


「少し血が流れて気を失った、さすがにやってしまったと思って焦ったよ。すぐに目を覚まして安心した。でも目を覚ましたアイツは変わってたんだ。自分の血と俺を交互に見て、まるで落胆したような目をしてた」

「まさか記憶を?」

「逆だよ、人が変わったみたいだった。それからアイツは急に大人になったみたいに利口になったんだ」

「なるほど、少し納得したよ。同じ年の頃、ラウルも転んで頭に怪我を負った。それからあの子も人格に変化があったらしい。」

「なんかの病気か?」

「それなら精霊の加護を受けてる私が気付く。また違うものだろうが、私は特にシオンのが気になった」


 少年はある日から、周りを見る目が変わった。

 相手を観察しものを考えて話すようになったし、稀に大人達が驚くような知識や発想をすることもある。

 情緒があり、話しているとまるで自分よりも歳上に感じることさえある。

 

「それに時々、悲しそうな顔をする。お前の言った落胆した様子ではなく、縋るようなな表情」

「どういうことだ」

「以前言ってたよ。誰かに必要とされたいんだと。あの子はきっと乾いてるんだ」

「喉がか?」

「わかれよ、愛にだ」

「……」


 男はかつて都で名の通った剣士だった。

 妻を貰い子も生まれ、順風満帆だった。

 しかしある日魔族との戦争の中で重傷を負い、もう戦える体ではなくなってしまった。

 傷は癒えてもその敗北により男は地位を失い、家族共々生まれ故郷のこの地に戻ってきた。

 男の変わりに妻が家計を支え、生活の手助けもして献身的に支えていた。

 しかし男にとって剣こそが全て。それを失い、妻が稼ぎ自分は要介護者になりその惨めさを埋めるために酒に逃げた。

 子供はまだ小さく、男がどういう状況かわかっておらず無邪気だった。

 彼はその無垢で輝く視線に耐えられなくなった。


「たまにはお前が剣を見てやれ。憎まれ口ではなくありのままにシオンと話してみろ」

「結局小言かよ。他人の家族の話だ関係ないだろ」

「いつまで子供みたいに拗ねてるつもりだ?まるで親と子が逆転してるようだ」

「ほっとけって!」

「おいどこ行くんだ」

「便所!」


 神父は呆れて男の背中を見つめていた。

 脚を引きずるボロ雑巾のような背中は、恥ずかしさと葛藤が入り交じったように見えていた。


 彼の子供がその真意を知るのはまだ先だ。



 

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