11話 大博打
エルフのルーナと同行することになった俺は、彼女の杖を取り返すべくこの村の酒場に来ていた。
もちろん目立たないように変装をして、細心の注意を払う。
この村には賭博はこの酒屋に併設された一件のみで、その主なゲームはトランプとルーレットだった。
シスターから、教会が村人から集めたお布施を穏便に分けて貰い、俺とルーナは少額の当たりを少しずつ重ねていくという作戦で稼ぐことにした。
*
負けた。大負けして身ぐるみ剥がれた。
父から貰った剣だけはさすがに目立つと言う理由もあり、シスターに預けて挑んだのだが借りた金だけでなく領主様から餞別で頂いた金も全部やられた。
本当にやばい。
「それで2人揃って下着まで剥かれたと……」
「なんでだ……逆にここまで負け続くなんてありえるのか……?」
「私は最初勝ってたのに!絶対あのディーラーイカサマしてるんだ!」
「それはいいですけど、お金どうやってご返済なさるおつもりですか?」
「……」
「……」
シスター、目が笑ってないよ。
俺達は落ちていたボロ布を巻いて、どうにか教会まで逃げ帰った。
「ここまで来たらもうルーナに売春宿に行ってもらうしかないか……」
「それは昔にもうやったが、エルフとはいえさすがにこの見た目では摘発される、と断られた」
「試してるの引くわ」
ルーナはエルフでは若い区分に入るらしいが、100歳は越えてるので全然俺の倍以上生きてる。
しかし見た目は10代の俺と同じかちょい上位なので、まあそう言われても納得がいく。
「本当にどうなさるおつもりですか?」
「もう直接買い戻すしかないだろ」
「無茶言うな!あの至高の杖が買い戻そうとしたらいくらになると思ってる!」
「試しに聞いてみようよ。聞くだけタダだし」
そんなわけで、俺達は翌日同じ酒場にやってきた。
村に1つしかない酒場だけあって今夜も賑わっている。
ルーナの杖は、価値のわからない俺が見てわかるほど存在感を放っており、見事に店のインテリアとして壁に掛けられていた。
彼女は杖を飾りにされたことに対してキレ散らかしていて、理性的に話せる状態じゃなかったので俺がかわりに話をつけることにした。
「こんばんは。あそこに飾ってある杖、すごく立派ですね」
「そうだろう!兄ちゃんあんま見ない顔だな。あれは先日、賭けに負けたバカなエルフの魔法使いから貰ったんだ!」
「今なんつったオラァアアア!!」
「落ち着け、全部事実だろ。実は僕も魔法を嗜むんです。あんな杖使ってみたいものですね!」
「そうなのか。まあ巻き上げたはいいものの、使われてる素材がどれも一級品ばっかりでこんな小さい村じゃ買い取りに出すにも支払う金がなくなっちまうってんで、やり場に困ってたんだ。使わねえ人間には価値なんてわからねえもんだな」
「愚かな人間が……ろくに物の価値も知らないで……」
その台詞、全部自分に帰ってきてるぞルーナ。
しかしこの様子なら、交渉次第で安く譲って貰えるのではないか?
「よかったら、値段次第で買い取らせてくださいよ」
「うーん、正直売れなきゃタダも同然だしな。買い取ってくれるならありがたいが……そうだ、ここはせっかくだし俺と一回勝負しないか?」
「勝負?」
「お前が賭けに勝てばこいつは……そうだな、金貨5枚で売ってやる。今夜の飲み代もタダだ」
「金貨5枚!?舐めてんのかジジイ!この杖にそれっぽっちの……」
「騒ぐなら帰らせるぞ。元を辿ればお前のせいだし。やるよ、マスター」
「そうこなくっちゃな!待ってろ、すぐ準備する」
さすがにこんなチャンス、乗らない手はない。
店主が持ち掛けてきたゲームは、いわゆる丁半博打。
サイコロの出目の合計が、偶数か奇数になるかを予想して賭けるゲームだ。
しかし店主が奥から持ってきた物は、俺も見覚えがあるものだった。
「これ、もしかして畳ですか?」
「よく知ってるな兄ちゃん。職人の手で作られた上物だ。これ用に買い付けたんだ」
なんでこんな中世ヨーロッパな世界に畳が……?
さらに店主も、着物に着替えやってきた。
帯はまともに結べていないが。
客が一斉に机を退かし、畳を置くスペースを空ける。
よく見ると、床にはバミリがあり畳をどこに置くのかわかるようになっている。
いわゆるというより、これでは本当に日本の昔の賭博みたいになってきたな。
「今回は特別ルールだ。勝負は3回、兄ちゃんが一発でも当てれば価値にしてやるよ」
「は?今なんて……?」
「おいおい、こんなの楽勝じゃないか!」
いやおかしいだろ。
いくらなんでもこっちに有利すぎる。
確率は2分の1、それが3回もあり1度だけ当てるなら勝つ確率の方が高い。
「そういえば、兄ちゃんが負けたときどうするか決めてなかったな」
「ハンッ!こんな勝ち同然の勝負、決める必要もないわ!」
「お前は黙ってろバカエルフ」
「勝つならなに賭けたっていいだろう?例えば……その腰に下げた立派な剣とかな」
しまった、今日は借金の形にシスターに売り飛ばされそうだったから剣を持ってきていたんだ……。
これは父さんから貰った大事な剣……いくらなんでも賭けに出すわけには……。
「乗った!」
「乗るなバカ!」
「じゃあ決まりだな」
半ば強引に博打は始まった。
1回戦は、俺が丁(偶数)に賭けたが半(奇数)でハズレ。
「冴え先悪いな兄ちゃん」
「けどまだ2回ある。確率的にはこっちが有利」
「その威勢、どこまで続くかな?さぁ、張った張った!」
「丁だ」
俺は次も丁に賭けた。
このゲーム、一見勝つ確率は純粋に50%だが実際は出目の割合は丁が12つ半が9つとなる。
つまり丁の方が出やすい……って昔ネットで見た気がする!
そうでなくても3回中1回当たればいいわけだから、片方に賭け続ければ勝てる。
「悪いな、シソウ(3と4)の半だ」
「くっ……」
「おいどうする!次で最後だ!」
「兄ちゃん、コツはわかってるみてえだがついてねえなぁ。賭け金を増やせばもっと遊んでやるぜ?」
まずい、後がない……。
とはいえここで焦って変える意味もないし、それこそ相手の思うつぼだ。
だとしても今は進むしか……。
「ダメだシオン、降りよう」
「ルーナ?」
「もし負けたらお前の剣まで取られる。それ大事な物なんでしょ?シオンとは会って数日だけど、それを大事にしてるのは見てたらわかる。私の杖も同じくらい大事なんだ」
俺のことを思って止めてくれるのか……。
賭けに乗ったのコイツだけど。
「私の問題はキッチリ私が片付ける!」
そうしてくれるのはありがたいけど、だから元を辿ればコイツのせい。
「いや大丈夫だ。最後まで俺がやる」
「シオン……」
「打ち合わせは終わったか?それとも剣を置いて帰るか?」
「やるよ」
しかしどうする?ここで作戦を変えたところで当たるかどうかは……。
逆に3回連続半が出る確率の方が低いしここはまた丁で……いややっぱり半?
考えれば考えるほどドツボにハマりそうだ……。
背後の客の中から、声が聞こえた気がした。
「目がついているのは、人だけじゃないよ」
「……そうか!次も丁だ!」
その言葉を聞いて、迷わず丁に賭ける。
「残念!またまた半だ!いやこんなこともあるもんなんだな~本当に運が悪い……」
「ルーナ、これ借りるぞ」
「え?」
「お前、何を!」
俺はルーナのローブに手を入れ、腰にしまってあったサバイバル用のナイフを取り、2つのサイコロの間を目掛け突き刺した。
「ぎゃあああああ!!!痛ぇ!!目が……目がああああああ!!!」
「畳から声が!この畳、生きてるのか?」
「そんなわけないだろピュアか!この下に人が隠れて、畳の目から針で出目を俺の宣言と真逆に変えてたんだ!」
「つまりイカサマってことか!私の時もイカサマして金を巻き上げてたのか!」
「バレちゃあしょうがねぇが、そっちの姉ちゃんが負けたのはただの運だ。勝ってるうちに帰ればよかったのに」
「それはそうだろうなと思ってたよ」
「なんだと!!!!」
これに関しては店側が正しい。
「普段は回収日でもないとこんなことはしないんだけどな、俺は目は良い方。その剣は売れば一生遊んで暮らせる代物だ。こんなせこい商売やるよりそっちの方がいいだろ」
「なにおぅ!?私の杖はその倍以上は値がつくハズだぞ!」
「それはわかるが、結局杖は魔術師じゃねえと使い道がないし、さっきも言った通り買い手がつきにくい。剣は飾るだけでも絵になるからコレクターにも人気がある。需要の問題さ。それに使われる材料の希少性に関しても、剣の方に軍配が上がるな。」
「変なとこ論理的だな……」
「ともかく、イカサマがバレちゃ店の信用問題で商売は続けられねぇ。退職金代わりに金目のもん剣を含めて置いていきな!」
「まあ、そうなるよな……」
奥から蜂のようにわらわらと、武器を持った巨漢たちが沸いて出た。
こんな狭い店内で他の客もいるなか、剣を振り回すわけにはいかない。
俺は杖を出し応戦する構えを見せる。
「シオン、君杖持ってたのか!だったら早く言ってくれればこんなまどろっこしい事しなくてすんだのに」
「そりゃ持ってるけど……なんで?」
「力ずくで取り返せばいいんだよ。杖なんてありゃなんでもいいんだ、貸して」
そう言うとルーナは、俺から杖を取り上げペン回しのようにクルクルと振った。
「なんだこれ、安もんだな」
「借りといて失礼な」
「ほいっ。これで上々♪」
杖を振り、風魔法の応用で飾られていた自分の杖を引き寄せると、俺の杖をその辺に放り投げ今度は自分の巨大な杖を振り始めた。
たちまち台風のごとき強風が、店内を掻き回し始める。
風は段々と強くなり、屋根ごと悪漢を空高く吹き飛ばしてしまった。
俺は窓枠にしがみつき何とかやり過ごしたが、風で飛んできた家具や食器でボロボロだった。
「よし、杖も戻ったし悪は滅んだ。金も奪ったし一件落着だな!」
「結果的に見たらほぼ強盗だけどね」
「いいじゃない、シスターに金返せるんだし」
「いやそうだけどギャンブルで稼いだ金よりタチが……あ、そこのお兄さん。ちょっと待って!」
外には吹き飛ばされた客がぞろぞろと帰り出そうとしていた。
俺はその中の1人を呼び止める。
「君たち、派手にやったねぇ。何か用かな?」
「あんたでしょ、さっき俺にヒントくれたの」
「よくあの人混みでわかったね」
「今声を聞いて確信したよ。なんであんなことを?」
「僕はこう見えて商人なんだ。儲かりそうなものに投資するのは当然さ」
メガネをかけた男は、小綺麗な格好をしており歳はそんなに離れてないだろうに、不思議な雰囲気を感じる。
男はポケットから何かを取り出して俺に渡した。
その渡し方は、俺に前世の匂いを感じさせる。
「僕はミゲル。何かあったらこれに魔力を込めれば僕に連絡が通じるよ。儲かりそうな話があればなんでも相談してくれ」
「これって、名刺か?なんで……」
「名刺知ってるんだ!これ便利なんだよね~。連絡用にもなる魔法は僕が組み込んだんだけど、教えてくれた人に感謝だよ。印象に残りやすいし仕事で大活躍!」
その見覚えのある長方形の紙は、まさに名刺そのもの。
所属、名前、書き方のフォーマットまで日本で使われてるそれと言語以外、完全に一致する。
確か、名刺が使われ出したのは日本でさえ19世紀頃、この世界は推定15世紀以前の世界、外国だとしてもまだ少し早かったはずだ。
ただ俺のいた世界とは異なる進歩なのか、それとも……。
「それ、どこで……?」
「まだ内緒。なんか儲かる話あったら呼んでよ。そしたら対価に教えてあげるよ」
そう言うとミゲルは去っていった。
「一体どう言うことだ……」
*
このあと騒ぎを聞き付けた兵隊がわんさかやってきて、俺達はどうにか教会に逃げ帰った。
「まあ!本当に倍にして返ってくるなんて、相当勝ったんですね!」
「あ、ああ……」
「まあね……今日は2人とも運が良くて……」
「今日はお夕飯、少し奮発しますね!」
心が痛い。まっすぐな笑顔が痛いよー。
俺の異世界転生じゃない 水瀬智尋 @minase_tihiro
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