俺の異世界転生じゃない

水瀬智尋

少年編

1話 神にも見放された男

「ここは……」


 何もない白い場所。さっきまであったはずの痛みもなく、俺は死んだのだと悟った。

 隣に人影が見えた。

 学生服を着た、高校生くらいだろうか。


「あれ、さっき助けてくれたお兄さん。てかここどこ?」

「多分あの世……それより、君も死んじゃったのか?」


 そうだ、俺はトラックに轢かれそうだった彼を庇って死んだのだと思っていた。

 横断歩道を渡っていた彼の方にすごい勢いでトラックが突っ込んできたところに俺は飛び出した。

 どうにか彼を突き飛ばし、強い衝撃で一瞬で意識は飛んでしまっていた。

 でも間に合っていなかったのか。やっぱり俺にはなにも……


「あー、まあしょうがないですよ!僕の方こそすいません。もとは僕の不注意だったのに巻き込んでしまって」

「そんなことは……俺だけだったら死んでも悲しむ人とかいないし」

「おしゃべりはそれくらいでいいだろう」

「うわ!ビックリした」


 俺たちが視線を移すとヤンキー座りの立派な髭を蓄えた老人がいた。

 俺は驚くと声が出なくなるタイプだった。


「いつからいたこのおじいさん!?」

「もしかして、死後の世界の神様……みたいな?」

「そんなところじゃ。は死んでしまったが別の世界で新たな人生を送るチャンスをやろう」

「え、それって異世界転生ってやつですか!?チートスキルかアイテムもらえたりします?」


 老人の話に、少年は死んだとは思えないくらい興奮していた。

 異世界?まあ死んだのなら輪廻転生なんてものが本当にあったのか、くらいに思った。


「あの……?」

「あっ……」


 少年も俺の言いたいことにすぐに気づいたようだった。

 神を名乗る老人はずっと、少年の方に目線も体も向け、俺などいないかのように話していた。

 老人は小さくため息を吐きこちらに少し目線をやった。


「お前はたまたま居合わせて死んだだけじゃ。元々この少年を転生させるつもりでトラックを操作したのに、勝手に飛び出してきおって」

「は……?」

「数多の世界には時たま独裁者や魔王といったその世界の人類を滅ぼしかねない者が現れる。それらを間引くために死んだ他の世界の住人に力を与え、勇者として転生させるのだ。そしてその役割に適応しやすいのがお前たちの世界の10代の少年だ」

「でもなんで俺みたいなガキが?」

「お前たちの世界はそういった危機はしばらく訪れてないし、娯楽が溢れかえり異世界転生に適応するどころか前向きで、なぜか現世に未練もない者が多い。ワシらにとっては大変都合のいい連中なのだ」

「それってほぼ誘拐……ていうか俺はどうなるんですか!」

「知らんよ。運がよければ虫かなんかに生まれ変わるじゃろ。お前も見たところ、生前は大した人生を歩んでたわけじゃないし死のうが誰も悲しまん。そういうやつは誰からも忘れられて無になることもあるが」


 なんで死んでまでこんな老ぼれにそんなことを言われなければいけないんだ……。

 確かに散々な人生だった。親はクズだし友人と言える人もほとんどいない。

 でも自分なりに努力して大学まで行ったし社会人として働いてた。無駄に終わったけど最後には人助けまでしようとしたのに。

 それをこんな言い方をされる筋合いは……


「そんな言い方ないんじゃないですか神様?」

「なんじゃと?」

「僕を助けようとしてくれた人だし、この人も一緒に異世界転生させてください!」

「え、いや俺はそういうのやりたいわけじゃ……」

「僕もほとんど引きこもりみたいなもんで、お兄さんと一緒なんです。だから一緒に異世界で俺TUEEEEとかやりましょう!」

「そんな勝手に共感されても……絶対に君の人生とは違うし」

「しょうがない。だがスキルをやるのはそっちの坊主だけだ。必ず世界を救うのじゃ」

「勝手に話進めないでもらえますかー?せめて元の世界で生まれ変わらせて欲しいんですけど」


 俺の話は誰にも耳を貸してもらえず、俺と少年は激しい光に包まれた。

 


 頭に強い衝撃を受けて、俺は意識を取り戻した。

 どうやら瓶で殴られたらしい。

 俺は生まれ変わった。


「また親ガチャ失敗か……」







「お前なんて生まれてこなければよかったのにな」


 生前、父の口癖だった。

 俺は父親にあたるこの男が外で作った子供だと物心ついた頃から何度も聞かされ続けた。

 母親にあたる人は俺をこっそり出産し、父との親子関係を証明するDNA鑑定書類とともに家の前に置いて消えた。

 当時の妻は当然隠し子の発覚に激怒し離婚。5歳になるまでは父方の祖父母が度々様子を見てくれていたが、2人が他界してからは父と2人でいることが増えた。

 男は酒癖も悪くギャンブルにもハマっていたから金を注ぎ込んではいつも負け続けていた。

 金のない人間は心の余裕を無くしていく。

 何かにつけて殴られた。子供の俺は、父の機嫌を損ねないにように振る舞った。

 そんな生活が当たり前だったから逃げ出したり周りに助けを求めるなんて思いもしなかった。

 中学生になった頃、テレビで自分と同じような境遇の子どもたちの特集を見た。


「俺って、親ガチャ失敗だったんだ……」

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