逢魔が時の帰り方

賽乃目れいか

記録・甲

今は昔、鬼神ありけり。鬼神、天を衝くほど高く、山覆ひ隠す際大きに、大鹿のごとき角を持てり。鬼神はらうがはしき極みを尽くしき。目は赤く光り、金色に輝く口より火吹き、剣にわたりの喉掻き切り、奪ひし金銀財宝を龍のゐる洞穴に隠せり。

ある日、鬼神の噂を聞きて、ある宮司、ある陰陽師、ある僧侶やりきたり。かの者ども鬼神と戦ひ、鬼神を東国のかく山に封印せり。かくて二筋の川作り、さて結界を作りき。火の鬼神物は水の川を超ゆべからず、その山にさし込められき。かの山、押絵山を言ふ。                      ——諸國異聞集——


いとすごげなり話を聞きき。今は昔、男ありけり。野山に分け入りて山菜を取れると、黒き影があまたうちいでき。皆、異形のさませる妖なれば、男は惑ひて山を下りき。されど妖鬼神どもは男追ひかけ、村まで降りきたり。男の門はみな村追ひ出ださるれど、妖鬼神どもはなほも山より降りきたり。田畑捨て村より逃ぐる者もありき。残されし村人どもは、今も妖鬼神におびえつつ暮らせばいふ。彼らは日々、いかにし暮らすらむ。                     ——菫花日記——


ちはやぶる 神なる焔も 水川の 羅にかかりしは 稚魚と見ゆる

                           ——相馬国国司の歌——


平安のほど、羅焔は、いとこはき鬼神なりき。体は千六百五十尺、二百六十六貫もあり、羅焔の座せしためしに座興渓谷が、土を盛りしためしに押絵山えきといふ。鬼神と戦ひしため、国を一つ焼ききと言ふ。八百万の魔物従へ、蓄へし黄金に人だに惑はせき。

羅焔の畏くなりしうへは、こはき力を持ちし三人の者に封印を命じき。その一人が、水鏡家の祖先、水鏡余三郎永源なり。あららかなる戦ひの後、永源は二人と共に羅焔を押絵山に封じ込めき。かくて永源は押絵山に社建て、その娘に「代々押絵山の結界護り、わたりの安泰を願へ」と命じき。

その教へ受け継ぐが、水鏡神社なり。          ——水鏡記——


乍恐御差奉申上候御事    

我ラ水沢村ガ百姓ハ、朝ハ田植ヱ、昼ハ牛馬養ヒ、夜ハ俵作リ、懸命ニ働ケリ。サレド、ヲシエ山ヨリ下リクル魔ヲ以テ、田畑ハ荒サレ、牛馬ハ殺サレ、ツヒニハ家屋マデ壊サレヌルナリ。コレニハ年貢モ納メラレズ、日々ヲ凌グコトスラエセズ。如何デカ、コハキ陰陽師ヲ、コハキ法師具シキタマヘ。我ラガ田畑ヲ、鬼神ヨリ如何デカ守リ奉リ給ヘ。

嘉元二年 五月三十日  水沢村名主 山下仁兵衛

                        ——水沢村百姓より訴状——

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