陸 渡川結界
水沢村を護る第一の関門・渡川結界を通るべく、二人、それぞれ馬に乗って川を渡る。水音と馬具の触れ合う音以外は聴こえない。周りは微妙な川霧に包まれ、水墨画のような趣を感じさせる。しかし霊力ある者には、景色の他にも感じるものがある。
「あの~……渡良瀬様、陰陽術の『人払い』はどのような術なのですか?」
四方八方から様々な霊気を感じるこの空間。一体どれだけの術が施されているのか——。おずおずと尋ねた私を振り返って、結界守の渡良瀬様は微笑んだ。
「良い質問でございますね。魔が瘴気に引き寄せられるように、人も又、霊気のある場所に引き寄せられます。ですから水や風の巡りを用いて霊気の流れを変え、水沢村に通じる道から意識を逸らすようにしているのです。もちろん、他にも目眩しの術なども展開しておりますが……」
なるほど、と私は頷いた。『霊気』とは、生き物や自然が宿す霊力が外へ流れ出したもの。それを利用する陰陽術に対し、霊術の人払いは、指定した場所のみ神様の加護を外して本能的に避けさせる術。効力は同じだが、その原理は似て非なるものだ。人払いの川の向こうに渡川結界はあるのだろう。
しばらく進んだところで、渡良瀬様が言った。
「琴殿、こちらが羅焔大結界の最外層・渡川結界でございます」
ゆっくりと霧が晴れた先に現れたのは、白い水面のように揺らめく結界——。
「——……!」
こちらを飲み込んでくるような圧に、呆然と立ち尽くす。離れていても感じる霊力の密度、こんなにも作り込まれた結界は見たことが無い。
渡良瀬様がほほ笑む。「素晴らしい結界でしょう。これがあと四つもあるのですよ」
「よ、四つも……」
馬を下りた渡良瀬様が、懐から一枚の書状を渡した。父上が持っていたものと似ている。
「こちらが渡川結界の通行証明、こちらは結界通行の申請書にございます。通行証明には次の結界守の家まで案内する術が織り込まれておりますので、道に迷う心配はございません。そして、これら書状無しには結界守の家へ立ち入ることはできぬゆえ、厳重に保管されますよう……」
「もし通行証明を持たずに、強引に結界の中に入ろうとしたら……どうなるのですか?」
恐る恐る私が尋ねると、
「問答無用で拘束されて八つ裂き、心身共に一片の灰塵も残らず焼き払われます」
「……」
(噓でしょ⁉そこまでして守られてるの、水沢村って……)
「その分、鬼神の力は余すところなく封殺されております。たとえ、万が一のことがあっても、わたくし共結界守が総力をあげて、皆さまをお守りいたします」
渡良瀬様の優しくも力強い言葉に、心身が少し軽くなる。
「……ありがとうございます。心強いです」
私が笑うと渡良瀬様は頷いて、結界に手をかざした。結界の揺らめきが大きくなり、人ひとりが通れるほどの隙間が空いた。結界の向こう側には、青々とした芝生を貫く一本道。それは鬼神の住処へ続く道なのに、不思議なことに怖くない。
「それでは琴様、いってらっしゃいませ」
「はい、行って参ります!」
私は一礼し、馬にまたがって駆けだした。
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