幕間 相馬城・藤の間

槇之葉村から五里ほど南——黒に沈む城下町の中央から突き出す、白漆喰の天守閣。月明かりを浴びて白銀に輝くそれは、相馬国のすべてを取り仕切る中枢・相馬城だ。


空が紺に沈んだ頃。澪虎は一通の書簡を手に相馬城の廊下を歩いていた。簡素ながらも上品な藤が描かれた襖の前で跪座し、声をかけた。

「失礼いたします、結々様。槇ノ葉村より書簡が届きました」

「——槇之葉村から?入りなさい、澪虎」

作法通りに入室すると、ほの明るい蝋燭の光に照らされた結々が座していた。文机の上には二冊の書と筆、使用した跡のある五色の彩墨。写本でも作っていたのだろうか。

「澪虎、書簡には何と?」

「『槇之葉村に大ムカデ、および数体の低級魔出現せり。昨晩、水鏡結界の結界守の負傷せることに、結界の効力弱まれり。この一件もそれに因るものと覚ゆ。危ふきため、姫には、水沢村に訪るることはとばかり休まるるやう、申したてまつる』と、あります」

「そう、大ムカデが……」

柳を揺らすような声音で、結々は復唱する。

「これには私も同感致します。結界守の負傷は私達の滞在中に起こったこと……帰りに襲撃されなかったこと自体、奇跡に等しい」

「……そうですね、帰りに襲撃されなかったのは奇跡。水沢村への訪問は、しばらく休むことといたしましょう——」

「御意にございます」

一礼して澪虎が退室した後、結々は衣擦れで掻き消されてしまいそうな声で呟いた。

「——もとより、しばらくは城内で大人しくするつもりでしたから」

蠟燭の炎がかすかに揺れた。



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