3-2 恩返し
下宿側の玄関を出た目の前の駐車場に水色のコンパクトカーが止まっており、俺たちは後ろへ荷物を積み込む。全員が乗り込んだのを確認すると、辻堂はエンジンをかけて慣れた手捌きでハンドルを動かした。その様子に助手席の後ろに座った夏帆が反応する。
「ずいぶん使い慣れているのね。普段からおばあちゃんの車使っているの?」
「入居した時からスペアキーを預かっている。この車で買い物や病院の送り迎えの手伝いをする代わりに、家賃安くしてもらっているんだ。自分勝手なことには使ってないからな」
家の入り口にパトカーが停まっていたが、車内には誰も乗っていないようだ。ひとまずピンチを乗り越えられたようで、ほっと胸をなでおろす。大きな通りに出ると、ふと辻堂が俺たちに聞いてきた。
「3人は車の運転免許持っているのか?」
「俺と春哉は持ってません。夏帆は持ってるけどペーパーなんだよな?」
「そうよ。ペーパーで悪かったわね」
夏帆がふてくされる。これ以上彼女の機嫌を悪くしたくないので、助手席に座る春哉へ話題を振った。
「それにしても、なんで仙台駅に向かうのをやめたんだ?」
「
「そこまで考えてたの?長年住んでいた私でもそんなこと思いつかなかった」
夏帆に続いて「春哉さん凄いです!」と美柚も彼を讃える。機転が利く春哉みたいになれたら、俺だってモテるのにな。
「辻堂さんもありがとうございます。本当に助かりました」
美柚がお礼を言うと、辻堂は何も言わずバックミラー越しに軽く礼をする。彼はぶっきらぼうだが、根は良い奴なのかもしれない。
「もしかして、美柚ちゃんが追われていることを知ってて、俺たちのこと手助けしてくれているんですか?」
俺が問いかけると、少しの沈黙を挟んで辻堂は口を開いた。
「・・・・・・この子とは同郷でな。美咲さんにはとても助けて貰ったんだ」
「辻堂さん、私のお母さんをご存知なんですか?」
美柚の質問に辻堂は頷く。目の前の信号が赤になり、前の車に続いて停まってから彼は話を続ける。
「俺は中学時代いじめを受けていて不登校だった時期があった。ある時、俺なんてこの世から消えてしまえばいいと思って、大量に鎮痛薬を買おうと薬局を訪ねたんだ。そのとき対応してくれたのが美咲さんだった」
信号が青へと変わり、辻堂はアクセルをゆっくり踏み込む。
「美咲さんは親身になって俺の話をじっくりと聞いてくれた。他人を傷つける人はいつか自分に還ってくるから、何も相手にしなくていい。辻堂君は誰かの役に立てる才能があるから胸を張って相手を労われる人になりなさいと、勇気をくれたんだ。あの人と出会わなければ、俺は今ここにいなかったかもしれない」
きっと辻堂だけでなく、美柚の母の影響を受けて救われている人は数多くいるに違いない。それは、美柚が占いで人助けをしているところに通じるものがあるように思える。素晴らしい親子だな。
「君が巻き込まれている事件のせいで、今は美咲さんが追い込まれているはずだ。事件について調べられる範囲で協力してやる。それが、俺が今できる恩返しだ。何かわかったことがあれば、コイツのアカウントを介してアウモンのチャット機能で連絡をする。そっちからも聞きたいことがあればいつでも教えてくれ」
「わかりました。ありがとうございます!」
俺たちは深々と礼をする。医者の見習いが協力してくれるのなら、違う視点から事件の解決を進められそうだ。こんなに心強いことはない。
辻堂の運転で国道を急ぎ、東仙台駅のロータリーに着いたのは発車3分前だった。大慌てで全員分の荷物を車からおろして彼へお礼を伝えると、改札で18きっぷに美柚の分と合わせて2回分の判子を押してもらう。
ホームに着くと、ちょうど右手から
「危ねー!間に合った!」
ボタンを押して乗り込むと、定刻の8:16に東仙台を後にした。自宅のソファに腰を下ろすかのように、ドスンと座席に座り込む。
仙台方面のホームに立っていた客の数と裏腹に、車内には片手で数える程度しか乗っていない。ひんやりとした車内の冷房が肌へと突き刺さる。
「辻堂さん、良い人でしたね」
「ホントにそうかな?私、ああいうタイプはどうにも苦手なんだよね」
ピンチを救ってくれたにも関わらず、夏帆は未だに辻堂を信用できずにいるようだ。懐疑的な彼女の性格はどうにかならないものか。
ひとまず辻堂のおかげで目的の列車に乗れたので、終点に着くまでは神経を一旦休めることにしよう。
塩釜を過ぎて幾つか短いトンネルを抜けると、仙石線と並走する形で小刻みに島が見えてきた。これが日本三景の一つである松島なのだろう。久しぶりの海の景色をもっと満喫したかったが、列車はすぐに内陸側へと離れてしまう。
その後は丘陵地帯を越えて品井沼から続く平野部を疾走し、終点の
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